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13話 的場射檻

的場は、昔から“そういう人間”だった。


困っている人がいれば、手を貸す。

いじめられている人がいれば、間に入る。


ホームレスに小銭を渡すことも。

電車で席を譲ることも。

落とし物を届けることも。

誰かに褒められたいわけじゃない。


見返りが欲しいわけでもない。

それが、当たり前だと思っていた。


正しいことをする。

ただ、それだけで世界は回ると信じていた。

高校に入るまでは。


放課後だった。

校舎裏。

人だかり。


笑い声。

乾いた音。

誰かが殴られている音だった。


的場は足を止めた。

迷いは、なかった。


「やめてください」


人の輪が揺れる。

中では、一人の生徒が蹲っていた。


その周りに、三人。

力関係は、見るまでもなかった。


「……あ?」


リーダー格の男が振り返る。


「誰だお前」


「この人が何かしたんですか?」


的場はまっすぐに言った。


男は一瞬黙る。

そして、笑った。


「してねぇよ」


「生意気だからやってるだけだ」


周りも笑う。


「……それは理由になってない」


的場は言う。

はっきりと。


「暴力はよくないですし、一人に対して三人でやるのは卑怯です」


笑いが止まる。

空気が変わる。


男が、ゆっくり近づいてくる。


「へぇ」


顔を覗き込まれる。


「正義感、強いねぇ」


肩に置かれた手に、力がこもる。


「このヒーロー、連れてけ」


軽い声だった。


「体育館裏な」


逃げるという発想は、なかった。

自分は間違っていない。

だから、大丈夫だと思っていた。


体育館裏。

囲まれる。

人目はない。


「さっきの、もう一回言ってみろよ」


的場は、息を整える。

怖かった。


けれど。


「……あなたたちが間違ってます」


言った。


次の瞬間。

視界が横に流れた。


頬が熱い。

口の中に鉄の味が広がる。


何が起きたか理解する前に、

二発目が来た。


「もう一回だ」


笑っている。


的場は立ち上がる。

足が震えている。


それでも。


「……間違ってます」


腹に拳がめり込む。


息が消える。

膝が落ちる。


髪を掴まれ、顔を上げさせられる。


「なぁ」


男の声が近い。


「俺とお前、どっちが正しい?」


的場は答えようとする。


「……それは――」


殴られる。


答えは、最後まで言えなかった。

その日、意識を失うまで殴られた。

それで終わらなかった。


次の日も。

その次の日も。


放課後になると、身体が先に震えた。

呼び出しの声が聞こえる前に、喉が渇いた。


体育館裏。


同じ場所。

同じ顔。

同じ質問。


「どっちが正しい?」


答えなければ殴られる。

答えても、きっと殴られる。


でも。

最初の数日は、黙っていた。

自分が正しいと、まだ信じていたからだ。


五日目。


殴られる前に吐いた。


七日目。


声を聞いただけで足がすくんだ。


九日目。


“正しいことをした自分”を、少しだけ恨んだ。


十日目。


地面に横たわっていた。


立てない。

指が動かない。

片目が開かない。


呼吸が浅い。

視界が白い。


「……で?」


いつもの声。

いつもの問い。


「どっちが正しい?」


答えは、分かっていた。

自分が正しい。

それは変わらない。


でも。

もう一つの答えも、理解してしまった。


正しい方が、痛い。

間違っている方が、殴ってこない。


この世界では、

痛くない方が勝つ。


「……すいませんでした」


声が出る。

自分の声なのに、知らない声だった。


「僕が……間違ってました」


その瞬間。


暴力より先に、

自分自身が、自分を殴った気がした。


涙が出た。


悔しいのか。

情けないのか。

もう分からなかった。


男は笑った。


「最初からそう言えよ」


去っていく。

それ以降、呼び出されることはなかった。

暴力は止まった。


その代わりに。

的場の中の“正しさ”も、消えた。


困っている人を見ても、目を逸らした。

喧嘩を見ても、通り過ぎた。


正しいことは分かる。

でも、動けない。


分かってしまったからだ。

正しさは、力に負ける。


高校卒業後。

大学。


サークル勧誘の列に、それはあった。

サバゲーサークル。


軽い気持ちで手に取った。

モデルガン。


構える。

引き金に指をかける。


その瞬間。

身体が、震えた。


「……これが」


力。

そう思った。


これがあれば、覆されない。

これがあれば、黙らされない。


これがあれば、

自分の正しさを、最後まで言える。

その日から、のめり込んだ。


撃つ。

当てる。


勝つ。

強くなる。

世界は、驚くほど分かりやすかった。


武器を集めた。

改造した。

威力を上げた。


もっと強く。

もっと確実に。

もっと、二度と奪われないように。


そして。

空が、変わった日。

神が現れた。


「初日に消すのは“ 法律”」


その言葉を聞いたとき。

的場は、笑っていた。


静かに。

心の底から。


「……いいじゃん」


ぽつりと呟く。


「やっとだ」


拳を握る。


震えていた。

恐怖じゃない。

歓喜だった。


「これで」


目が、細く歪む。


「間違ってるやつを、止められる」


一拍。


「これで」


さらに笑う。


「誰にも、止められない」


その笑みは、

昔のものとは、少しだけ違っていた。

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― 新着の感想 ―
三つ目に消えるのが、罪悪感。初めピンと来ませんでしたが、そこはかとなく人間らしさを失いそうな感情だなと思いました。 防衛ワードが肝ですね!医療を手に入れたなら、次は水か?酸素か?と考えながら読み進めて…
なるほどね。 的場の過去 正義感の強さと 力への渇望はここから来てたんですね。 体育館裏で殴られ続けて 心は折れた。 トラウマになるほどの心の傷を抱えて。 だから銃という圧倒的な力を求めた。 真っ直…
的場にはこんな過去があったんですね。
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