12話 救出
ホームセンターの裏手は、異様に静かだった。
表の喧騒が嘘みたいに、音が薄い。
その分、気配だけが濃い。
空気が、重い。
「……こっちだ」
的場が低く言う。
搬入口のシャッターは半分だけ開いていた。
人が出入りした跡。
靴底の擦れ。
引きずられた跡。
「裏は手薄だが、ゼロじゃない」
「了解」
廃人が小さく頷く。
楓はスタンガンを握り直す。
指先に汗が滲んでいる。
四人は、音を殺して中へ入る。
油と鉄の匂い。
それに混ざる、人の匂い。
長く閉じ込められた空気。
「……あっち」
廃人が指を差す。
倉庫の奥。
簡易的に仕切られたスペース。
人影。
動かない。
座り込んでいる。
壁にもたれている。
目が、死んでいる。
「……いたな」
的場の声が、わずかに震える。
喜びじゃない。
昂りだった。
一歩踏み出す。
その瞬間。
不知火が腕で制した。
「待て」
足音。
奥から、一人。
黒闇の一員。
気づいていない。
距離は、近い。
「……俺がやる」
的場が前に出る。
呼吸が整う。
視線が、細くなる。
パンッ。
腕に当てる。
殺さない。
動きを止めるためだけの一発。
「ぐっ……!」
声が出る前に、詰める。
押し倒す。
口を塞ぐ。
抵抗を消す。
静かに終わる。
「……いける」
廃人が小さく笑う。
二人目。
三人目。
同じ手順。
無駄がない。
“狩り”の動きだった。
楓も一人を止める。
スタンガン。
バチッ、と音。
身体が跳ねる。
崩れる。
「……効く」
自分でも驚いた声。
「今のうちだ」
的場が仕切りを開ける。
「大丈夫か」
声をかける。
最初は反応がない。
目が合わない。
理解が追いついていない。
やがて。
一人が、ゆっくり顔を上げる。
「……助けに来たのか」
掠れた声。
その一言で、
空気が変わる。
「動けるやつから出ろ」
不知火が言う。
短く。
強く。
その声に、わずかな力が宿る。
止まっていた人間が、動き出す。
支え合う。
引きずる。
それでも、前に進む。
「……お母さん」
小さな声。
女の子。
震えながら立つ。
その隣。
女性。
田中から預かった写真と同じ顔。
楓が息を呑む。
「……田中さんの」
女性がこちらを見る。
怯えと、希望。
両方が混ざった目。
不知火が言う。
「迎えに来た」
それだけで、
崩れそうだったものが、繋がる。
一歩、踏み出す。
その瞬間。
パンッ。
音が違う。
重い。
速い。
壁に弾がめり込む。
空気が、変わる。
温度が下がる。
「……誰だ」
低い声。
奥から、影。
黒闇。
その後ろ。
銃。
本物。
迷いのない構え。
「……撤退だ」
的場が即答する。
判断が早い。
「人を先に出せ!」
声が鋭い。
命令になる。
「走れ!」
人が流れる。
悲鳴。
足音。
混ざる。
楓が振り返る。
「的場は!?」
「いいから行け!」
怒鳴る。
その声に、迷いはない。
不知火が一瞬止まる。
「……来い」
短く言う。
的場は動かない。
銃を構えたまま。
「無理だ」
一言。
「今動いたら、全員死ぬ」
視線は前。
一切逸らさない。
「……行け」
それで決まる。
不知火は歯を食いしばる。
楓の腕を掴む。
引く。
「ちょっ――!」
抵抗ごと引きずる。
外へ。
光へ。
車へ。
「的場は!?」
楓が叫ぶ。
「……走れ」
それだけ。
楓は迷う。
一瞬だけ。
だが。
アクセルを踏む。
車が跳ねる。
離れる。
バックミラー。
建物。
小さくなる。
銃声。
まだ続いている。
消えない。
やがて。
それも、消える。
的場は、一人残った。
息を吐く。
ゆっくりと。
「……いいね」
小さく呟く。
銃を構える。
パンッ。
牽制。
動きを止める。
位置を変える。
撃つ。
パンッ。
「来いよ」
笑う。
ほんの少しだけ。
「正しいこと、してるんだからさ」
足音が迫る。
銃口が向く。
数。
多い。
「……でもまぁ」
息を吸う。
「これでいい」
撃つ。
もう一発。
時間を削る。
その瞬間。
パンッ。
衝撃。
脇腹。
熱。
「……っ!」
遅れて痛み。
膝が落ちる。
血が広がる。
呼吸が乱れる。
視界が揺れる。
「……当たるかよ」
笑う。
まだ。
終わっていない。
這う。
進む。
一秒でも長く。
そのとき。
足元。
空洞。
視線を落とす。
半開きのマンホール。
暗い。
深い。
底が見えない。
後ろ。
足音。
近い。
銃。
上がる。
「……あぁ」
息を吐く。
「ここか」
一瞬だけ。
考える。
そして。
迷わない。
「悪くない」
呟く。
そのまま。
落ちる。
奈落へ。
音が消える。
光が消える。
残るのは、
荒い呼吸だけだった。




