11話 変化
目が覚めたとき、最初に感じたのは、軽さだった。
痛みはある。
腕は重い。
鈍く、脈打つように痛んでいる。
それでも。
身体の奥にあったはずの何かが、妙に静かだった。
「……起きたか」
声がした。
横を見ると、廃人が椅子に座っていた。
「水、飲む?」
差し出されたペットボトルを受け取る。
口に含む。
冷たさが、やけに鮮明だった。
「……何日目だ」
「三日目。さっき0時回った」
一拍。
「で、消えたのは――“罪悪感”」
その言葉を聞いたとき。
不知火は、少しだけ目を閉じた。
胸の奥。
引っかかっていたはずのものが、ない。
重さも。
痛みも。
残っていない。
「……なるほどな」
ぽつりと呟く。
違和感はある。
けれど、それすら長くは残らない。
思考が、やけに整っている。
判断が、早い。
迷いがない。
(……こういうものか)
そう処理する。
それで終わる。
「……便利だな」
小さく漏れる。
自分の言葉に、わずかに遅れて気づく。
立ち上がる。
足元は不安定だが、動ける。
窓へ向かう。
カーテンの隙間から外を見る。
街は、三日で別物になっていた。
煙が上がっている。
どこかで火事が起きている。
車は放置され、人はその間を縫うように動く。
奪う側と、奪われる側。
その境界は、もう曖昧だった。
「……早いな」
的場が窓の外を見ながら言う。
「たった三日で、ここまで崩れるか」
その声には、明確な“熱”があった。
恐怖じゃない。
焦りでもない。
もっと純粋なもの。
「やっとだな」
小さく呟く。
「こういう状況」
振り返る。
目が、少しだけ笑っている。
「間違ってるやつ、殴れる理由がある」
一拍。
「止められない」
その言葉に、躊躇いはなかった。
「最高だろ」
不知火は何も言わない。
ただ、その言葉に違和感を覚えなかった。
「……あれ」
的場が指を差す。
視線の先。
足を引きずる男。
明らかに様子がおかしい。
「行ってくる」
即座に動く。
止める間もなかった。
「……はや」
楓が小さく呟く。
少しだけ引いている。
数分後。
的場は男を抱えて戻ってきた。
ソファに寝かせる。
「大丈夫か」
男は荒い呼吸をしている。
顔は青白い。
「……水」
楓がコップを差し出す。
男は震える手で受け取り、飲む。
少しずつ、呼吸が落ち着いていく。
「……黒闇だ」
その一言で、空気が変わる。
「襲われた……」
「妻と……娘が……連れていかれた」
「俺は……足をやられて……」
ズボンをめくる。
骨がずれている。
見るまでもなく分かる。
「金も……食い物も……全部……」
言葉が途切れる。
医楽が近づく。
足を確認する。
「骨折だな」
「応急処置はする」
淡々とした声。
男は目を閉じる。
「……田中です」
小さく名乗る。
的場が振り返る。
目が、さっきよりもはっきりしていた。
「助けに行こう」
迷いはない。
即答だった。
楓が顔をしかめる。
「え〜、黒闇ってあの銃持ってるやつでしょ?」
「普通に危なくない?」
廃人も続く。
「戦力差がある」
「今の状態で突っ込むのは普通に詰む」
正論だった。
その中で。
「行こう」
不知火が言う。
静かに。
「……は?」
楓が反応する。
「無理でしょ」
「怪我してるし」
不知火は、自分の腕を見る。
痛みはある。
でも。
それ以上に。
“引っかかり”がない。
「動ける」
それだけ言う。
そして。
少しだけ続ける。
「今、行けるなら行くべきだ」
理由は、後からついてくる。
そんな感覚だった。
楓が眉をひそめる。
「……なんかさ」
少しだけ距離を取る。
「判断、早くない?」
廃人も、視線を向ける。
しばらく見てから言う。
「……ブレーキ、薄くなってる気はする」
断定はしない。
ただ、感じたままを言う。
不知火は答えない。
否定する理由が、見つからなかった。
的場が笑う。
「いいじゃん」
「止まらない方が、正しいことできる」
その言葉に、迷いはなかった。
「助ける理由があるなら、行くだけだろ」
むしろ当然みたいに言う。
空気が、少しだけ分かれる。
止まる側と。
進む側。
「……はぁ」
楓が息を吐く。
「どうせ止めても行くやつね」
諦め半分。
覚悟半分。
廃人も肩をすくめる。
「じゃあ勝てる形にするしかない」
的場が笑う。
「いいね、それ」
「ちゃんと正義できる」
その一言が、
やけに楽しそうだった。
消滅ワード
1日目“ 法律”
2日目“ 電気”
3日目“ 罪悪感”




