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113話 甘い甘い

「両手を見える位置に出して、跪け!」


怒号が制御室に響いた。


銃を構えた兵士たちが、一斉に天涯とチー牛へ銃口を向けている。


十人。


全員が訓練された兵士。

その構えには一切の迷いがない。


天涯はそんな状況にもかかわらず、口元に薄い笑みを浮かべた。


「はいはい。」


両手をゆっくりと上げる。

そして言われた通り、床へ跪いた。


「……。」


チー牛も慌てて同じようにする。

心臓が嫌なほど速く鳴っていた。


銃口。

それも一丁ではない。

十丁だ。


少しでも変な動きをすれば、次の瞬間には頭に穴が開くだろう。


二人の頭へ銃口が向けられる。


「どうやってここまで来た?」


兵士の一人が問う。


「目的は何だ?」


チー牛は答えようとした。

しかし。


「おい。」


別の兵士が口を挟む。


「命令では、侵入者は無条件で殺せと言われている。」


その言葉に。

兵士が銃口をわずかに押し付け直した。

チー牛の喉が鳴る。


「……。」


その隣で。


「ククク……。」


天涯が笑った。


「……。」


チー牛は横目で天涯を見る。

この状況で笑っている。

何がおかしい?


いや。

待て。

まさか。


チー牛の背中に冷たい汗が流れる。


(……この人。)


(もしかして。)


(何も考えてないんじゃないか?)


(作戦もない。)


(策もない。)


(ただ頭がおかしいだけなんじゃ……。)


そんな疑念が、頭の中を駆け巡る。


「おい。」


兵士が再び銃を構え直す。


「最後に聞く。」


「何をしに来た?」


「……!」


チー牛は咄嗟に口を開いた。


「あ、あの!」


「……?」


全員の視線が集まる。


「道に迷ってたら……。」


「大きな扉を見つけて……。」


声が震える。


「誰かいないかなって探してただけなんです!」


「入っちゃいけない場所だったなら、帰ります!」


「だから……!」


「撃たないでください!」


情けない。

情けないほど必死な命乞い。


だが。

チー牛にとっては。

生きるためなら、恥なんてどうでもよかった。

兵士の一人が、少しだけ表情を緩める。


「……まだ若いな。」


「道に迷ってただけで殺すのはなぁ。」


その言葉に、周囲の空気がほんの少しだけ緩んだ。


「おい。」


別の兵士が警戒する。


「嘘かもしれないぞ。」


「油断するな。」


すると。

別の兵士が、ぽつりと呟いた。


「……いや。」


「嘘は消えてる。」


「?」


「つまり。」


その兵士はチー牛を見つめる。


「こいつが言ってることは、本当なんだ。」


チー牛は。

自分の胸元に視線を落とした。


そして。

個人モニターへ表示された文字。


【伊佐地牛尾】


【防衛キーワード】


“嘘”


それを見たチー牛は。

心の中で、静かに息を吐いた。


(……助かった。)


兵士は少し迷った後。

銃口を下げる。


「そうか。」


「坊主。」


「分かった。」


「本来なら即射殺命令だが……。」


「ここのことは誰にも言うなよ?」


その瞬間。

天涯が笑った。

兵士の手元が僅かに緩む。


その一瞬。

天涯の身体が跳ねた。


「え?」


兵士の銃が。

一瞬で消える。

天涯の手の中にあった。


「なっ――!」


パンッ!

一発。

パンッ!


二発。

パンパンパンパンパンッ!!


乾いた銃声が。

制御室に連続して響き渡る。


チー牛は反射的に目を閉じた。

耳を塞ぐ暇すらなかった。


ただ。

銃声だけが。

何度も。

何度も。

響いた。


やがて。

静寂。


「……。」


チー牛は恐る恐る目を開けた。

目の前に広がっていた光景に。

言葉を失う。


床。

そこには。

十人の兵士が倒れていた。

誰一人として動かない。


「……。」


チー牛の顔が引きつる。

天涯は銃を下ろし。

何事もなかったかのように首を左右へ動かした。


コキッ。


「甘いなぁ。」


「……。」


「命令は絶対だ。」


天涯は倒れた兵士たちを見下ろす。


「俺は昔、何度も教えた。」


「敵かもしれない。」


「その時点で撃て。」


「敵じゃない可能性が99.9%あっても関係ねぇ。」


天涯は笑う。


「残りの0.1%で味方が死ぬなら。」


「そっちのほうが、よっぽど馬鹿らしい。」


チー牛は呆然と天涯を見る。


「……。」


そして。

ぽつり。


「元政府関係者って。」


「こんな感じなのか?」


天涯が振り返る。


「俺が特殊なだけだ。」


「……。」


チー牛は苦笑した。


「普通に強くて草。」


天涯は笑った。


「褒め言葉として受け取っとく。」


元政府特務護衛隊長。

天涯帝。


かつて国家の中枢で。

命を守る側にいた男。


そして今。

その男は。

自分たちが守っていた人間を討つために、ここへ戻ってきた。



一方。


「……広すぎる!」


不知火とブリ子は、一階層をひたすら走っていた。


何本もある通路。

似たような扉。

似たような壁。

どこまで行ってもエレベーターが見つからない。


「ねぇ、不知火さ〜ん。」


「なんだ?」


「下の名前は〜?」


走りながら。

あまりにも場違いな質問が飛んできた。


「……焔だ。」


「ほむら?」


「そう。」


ブリ子が楽しそうに笑う。


「へ〜!」


「焔かぁ。」


「名前に火が二つも入ってるんだねぇ。」


「なんか、かっこいい〜。」


不知火は少しだけ照れくさそうに前を向いた。


「……そうか?」


「うん!」


ブリ子は笑顔で頷く。

そして。


「じゃあ〜。」


少し考える。


「ほむほむね!」


「……は?」


不知火が足を止めそうになる。


「ほむほむ。」


「今からそう呼ぶ〜!」


「いや。」


「なんでだ?」


「だって可愛いじゃん。」


「……。」


不知火は困ったように頭を掻く。

人生で。

あだ名で呼ばれたことなんて、一度もなかった。


昔から。

不知火焔。

それだけ。


名字で呼ばれるか。

名前で呼ばれるか。

それ以外なんて、考えたこともなかった。


「……ほむほむ、か。」


不知火は小さく笑った。


「悪くないな。」


「でしょ〜?」


ブリ子も嬉しそうに笑う。


「じゃあ、ほむほむ!」


「……なんだよ。」


「エレベーター探そ!」


「あぁ。」


二人は再び走り出す。

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