112話 草
ゴゴゴゴゴゴ……。
低く、重い音が響く。
十年間。
誰にも開かれることのなかった巨大な鋼鉄の扉が、ゆっくりと動き始めた。
扉の向こう。
そこに広がっていたのは、想像していた以上に広大な空間だった。
「……。」
不知火は思わず息を呑む。
広い。
あまりにも広い。
天井は遥か高く、薄暗い照明の代わりに松明が等間隔に並んでいる。
巨大な倉庫。
長く続く通路。
何本にも分かれた道。
まるで地下に造られた、一つの街だった。
「これが……一階層。」
不知火が呟く。
十年前。
世界が神の存在を知らなかった頃。
この場所は、一部の人間だけが生き残るために造られた。
食料。
水。
医薬品。
生活用品。
あらゆるものが大量に保管されていたはずだ。
しかし。
「……ん?」
不知火が足を止める。
目の前にある巨大な保管庫。
扉は開いている。
中を覗く。
「……何もない。」
棚。
棚。
棚。
どこまで見ても。
空っぽだった。
別の保管庫も。
その隣も。
何もない。
「……。」
天涯はしばらく無言で眺めていた。
そして。
「ははっ。」
小さく笑った。
「ざまぁねぇな。」
不知火が振り返る。
「天涯……。」
「十年かけて作ったんだぜ?」
天涯は空っぽの棚を見回す。
「外の人間には何も知らせず。」
「自分たちだけは安全な場所で生き残ろうとして。」
「食料も。」
「水も。」
「全部ここへ詰め込んだ。」
それなのに。
財産が消えた。
世界中の食料や物資が、神によって平等に分配された。
この場所にあったものも例外ではなかった。
「今じゃ。」
天涯は肩をすくめる。
「ただの空っぽの倉庫だ。」
口元には笑み。
だが、その目は笑っていなかった。
「……自分たちだけ助かるつもりだった奴らが。」
「外と同じ条件で生きる羽目になってる。」
「皮肉なもんだ。」
その言葉を最後に。
天涯は歩き出した。
「行くぞ。」
「ここからは時間がねぇ。」
六人が動き出す。
広大な一階層。
三組に分かれた六人は、それぞれ別の方向へ走り始めた。
⸻
「こっちだ。」
金剛が迷いなく走る。
「えっ!?」
ビビりが慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
金剛は振り返らない。
「早くしろ。」
「いやいやいや!」
ビビりは必死に足を動かす。
「こっちで合ってるんですか!?」
「知らねぇ。」
「えぇ!?」
金剛は止まらない。
地図もない。
案内役もいない。
それでも金剛は、まるで何かを感じ取っているかのように迷わず進んでいく。
「なんで分かるんですかぁ!」
「勘だ。」
「勘!?」
「うるせぇ。」
「ひぃっ!」
ビビりは泣きそうになりながら、それでも必死に追いかけた。
置いていかれたら。
この広すぎる地下施設で一人になる。
それだけは絶対に嫌だった。
「ま、待ってぇぇぇ!」
二人の姿が、長い通路の奥へ消えていく。
⸻
「エレベーター……。」
不知火は周囲を見回しながら走っていた。
「どこだ……?」
「こっちじゃないですかぁ?」
ブリ子が別の通路を指差す。
「分かるのか?」
「全然!」
「……。」
不知火は思わず足を止めた。
「じゃあなんでそっちを指差したんだよ!」
「なんとなくです!」
「なんとなくで決めるな!」
ブリ子は楽しそうに笑った。
「でも、こういうのちょっとワクワクしません?」
「しない!」
不知火は即答した。
「俺たち今、シェルターに侵入してるんだぞ!」
「だからワクワクするんじゃないですかぁ!」
「……。」
不知火は呆れた。
だが。
ほんの少しだけ。
この状況を楽しんでいる自分がいることにも気付いていた。
神様サバイバルが始まってから。
毎日が生きるか死ぬかだった。
それでも今は。
知らない場所を走り。
仲間と目的地を探している。
まるで。
冒険だった。
「……行くぞ。」
「はいっ!」
二人は再び走り出した。
⸻
一方。
天涯とチー牛。
「……。」
二人は走っていた。
だが。
他の二組とは違う。
天涯には、ある程度の位置が分かっていた。
「制御室は?」
チー牛が尋ねる。
「もう近い。」
「本当に?」
「あぁ。」
チー牛は眼鏡を押し上げる。
「……あんた、なんでそんなに詳しいんだ?」
「昔、調べたことがある。」
天涯はそれだけ答えた。
「ふーん。」
チー牛はそれ以上追及しなかった。
やがて。
一つの大きな扉が見えてくる。
「……ここか。」
天涯が足を止めた。
扉の横。
小さなプレート。
管理室。
「当たりだ。」
天涯は笑う。
チー牛が扉を見る。
「鍵は?」
「消えた。」
「そうだったな。」
天涯が扉へ手をかける。
そして。
ゆっくりと開く。
ギィ……。
その瞬間。
「動くな!!」
怒号が飛んだ。
「――!」
チー牛の身体が固まる。
目の前。
管理室。
そこにいたのは。
銃を構えた兵士。
一人。
二人。
三人。
次々と視界へ入ってくる。
その数。
十人。
全員が特殊な装備を身につけ。
全員が。
天涯とチー牛へ銃口を向けていた。
「……。」
チー牛の顔から血の気が引いていく。
銃口。
逃げ場はない。
「……。」
天涯は。
その光景を見つめ。
ゆっくりと口角を上げた。
「おぉ。」
一歩だけ前へ出る。
「こぇこぇ。」
「……。」
チー牛は完全に固まった。
そして。
小さく呟く。
「……死亡フラグしかなくて草。」
十丁の銃口が。
二人へ向けられていた。




