110話 協力しろ
神様サバイバル16日目
「待て待て。」
二人の間に割って入るように、不知火が手を上げた。
「揉めるために呼んだわけじゃないだろ。」
静かな口調だった。
だが、金剛の殺気はまるで収まらない。
鋭い視線が、不知火へ向けられる。
「あぁ?」
「誰だ、てめぇは。」
その一言だけで、倉庫の空気がさらに張り詰める。
普通の人間なら、その眼光だけで足が竦んでしまう。
それでも不知火は逸らさなかった。
「不知火だ。」
短く名乗る。
そして逆に問い返す。
「そういうあんたは?」
「金剛堕落。」
不知火が答えを待つより先に、天涯が笑いながら口を開いた。
「囚人の王だ。」
金剛の眉が僅かに動く。
「……なんで知ってやがる。」
「有名人だからな。」
天涯は肩をすくめる。
まるで世間話でもしているかのような軽さだった。
(金剛……。)
不知火は内心でその名前を反芻する。
盗丸が以前話していた男。
刑務所を支配する王。
あの潜入の時も、自分は直接顔を合わせてはいない。
だからこそ、今初めて目の前に立つ男から放たれる圧倒的な威圧感に、思わず息を呑んだ。
空気が重い。
誰も軽々しく口を開けない。
そんな空気を、場違いなほど明るい声が破った。
「えっとぉ〜。」
女が恐る恐る手を挙げる。
「自己紹介する感じですかぁ?」
全員の視線が集まる。
彼女はそんなことなど気にもせず、にっこり笑った。
「私は相武理子で〜す!」
「地下アイドルやってま〜す!」
「みんなからはブリ子って呼ばれてます!」
最後に小さくピースを作る。
「よろしくお願いしま〜す!」
「おう。」
天涯は笑って手を振り返す。
「よろしくな。」
金剛は無言だった。
ブリ子は苦笑いしながら肩をすくめる。
「こ、怖い人だぁ……。」
続いて、床へ座り込んだまま震えている男が、おそるおそる手を挙げた。
「え、えっと……。」
「雲雀……強です。」
「自己紹介……する流れですよね?」
その瞬間。
金剛と目が合う。
「ひぃっ!!」
雲雀は悲鳴を上げ、その場で身体を丸めた。
「殺さないでください……!」
「ぼ、僕まだ何もしてませんからぁ!」
涙声だった。
そんな様子を横目に、もう一人の男が眼鏡を押し上げる。
「伊佐地牛尾。」
ぶっきらぼうに名乗る。
「まぁ、神だとか消滅だとか。」
「こんな世界になってるし。」
「今さら瞬間移動くらいじゃ驚かないけど。」
冷めた目で天涯を見る。
「……で?」
「俺たちを集めた理由は?」
天涯は一歩前へ出る。
その表情から笑みが消えた。
「俺は天涯帝。」
「ホームレスだ。」
その一言に、伊佐地が「ホームレス?」と眉をひそめる。
天涯は気にせず続ける。
「あそこにある巨大シェルター。」
倉庫の奥。
半開きのシャッターの向こうに見える、巨大な鋼鉄の扉を指差した。
「あの中には。」
「神様サバイバルを十年前から知っていた政府の連中が隠れてる。」
「俺は、そいつらをぶっ壊したい。」
言葉は短い。
だが、その瞳だけは笑っていなかった。
金剛が鼻で笑う。
「ホームレスのおっさん。」
「今ぁ、おれは急いで気が立ってる。」
一歩前へ出る。
「元の場所へ戻すか。」
「死ぬか。」
「二択だ。」
倉庫の空気が凍る。
誰も口を開けない。
しかし。
天涯だけは変わらず落ち着いていた。
「お前が戻って。」
静かに問い掛ける。
「どうなる?」
「あぁ?」
金剛の眉が吊り上がる。
「てめぇに何が――」
言い終わる前だった。
「分かるさ。」
天涯が遮る。
「藤崎栞だろ。」
その一言で。
金剛の動きが止まった。
「盗丸が医者を連れて行った。」
「子供は、一命を取り留める。」
「だが、肝心の医療設備は?」
天涯は肩をすくめる。
「ないさ。」
「こんな世の中だ。」
「……。」
金剛の目が細くなる。
「てめぇ……。」
「一体、何者だ。」
その場にいた全員が驚いていた。
不知火も同じだった。
(なんで……。)
(そこまで知ってる。)
誰も口には出さない。
だが全員が同じことを考えていた。
天涯は答えない。
ただ、巨大なシェルターを見上げる。
「あの中には。」
「日本最高峰の医療設備。」
「最新の医薬品。」
「そして優秀な医者がいる。」
ゆっくりと金剛を見る。
「ガキは助かる。」
「最新の設備も手に入る。」
「安泰だ。」
そして。
真っ直ぐ金剛を見据えた。
「協力しろ。」
「金剛。」
「……。」
金剛は黙った。
胸ポケットに入れた手紙へ、無意識に手が触れる。
(桐山なら動く。)
(盗丸もいる。)
(あの盗丸が『腕は保証する』と言った医者だ。)
(応急処置は、できる。)
(だが……。)
(この先は。)
(設備が要る。)
(薬も要る。)
(……俺一人で戻ったところで、全部は揃えられねぇ。)
長い沈黙。
やがて。
金剛はゆっくり葉巻を取り出した。
火を点ける。
煙を一つ吐き出す。
「……チッ。」
舌打ちが静かに響く。
誰に向けたものかはわからない。
天涯へか。
盗丸へか。
それとも、まだ会ったこともない子供へか。
その答えを知る者はいなかった。
こうして。
思想も。
立場も。
生き方も。
何一つ噛み合わない六人は。
巨大シェルターの入口で、一つの目的のためだけに集うこととなる。
元教師――不知火焔。
ホームレスの王――天涯帝。
囚人の王――金剛堕落。
地下アイドル――相武理子。通称ブリ子。
極度の臆病者――雲雀強。通称ビビり。
皮肉屋の眼鏡男――伊佐地牛尾。通称チー牛。
奇妙な六人の物語が、静かに幕を開けた。
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”
14日目 “ 嘘”
15日目 “ 四季”
16日目 “ 嫌悪感”




