106話 連れてこい
神様サバイバル16日目
「あちぃ……。」
照りつける太陽の下。
盗丸は、もはや何度目か分からない言葉を口にした。
「あちぃ、あちぃ……。」
額から流れ落ちる汗を、腕で乱暴に拭う。
先日。
世界から“四季”が消えた。
残された季節は夏。
それからというもの。
朝から暑い。
昼はもっと暑い。
そして夜になっても暑い。
一年中。
これが続くらしい。
「ったく……。」
盗丸は空を見上げる。
青い。
腹が立つくらい綺麗な青空。
いや。
「……腹も立たねぇのか。」
昨日までなら。
この暑さに苛立っていた。
汗で服が身体に張り付く感覚も。
蒸れた空気も。
じっとりとした自分の身体も。
全部。
鬱陶しかった。
今も暑い。
不快なはずの状況は何一つ変わっていない。
それなのに。
嫌じゃない。
暑さそのものへの嫌悪がない。
「暑いのに、暑いのが嫌じゃねぇって……。」
盗丸は頭を掻く。
「文句のぶつけどころがねぇな、これ。」
それでも。
口から出る。
「あちぃ……。」
もはや。
ただの口癖だった。
盗丸は歩き続ける。
目的地は。
金剛堕落が支配する刑務所。
そして。
懐には。
一通の手紙。
歩くたび。
胸元で僅かに紙が擦れる。
盗丸は時折。
そこへ手を当てた。
ある。
大丈夫。
何度も確認する。
藤崎栞から預かった。
金剛への手紙。
「必ず渡す。」
「……ん?」
歩いていた盗丸の足が止まった。
道路脇。
二人の子供が座り込んでいる。
兄弟だろうか。
兄と思われる少年。
その隣に。
まだ幼い弟。
二人とも。
着ている服は古く。
決して裕福な暮らしをしていたようには見えない。
盗丸は少しだけ目を細めた。
しかし。
次の瞬間。
弟の顔が明るくなった。
「お兄ちゃん!」
「ご飯!」
「あぁ。」
兄が笑う。
二人が。
それぞれ自分の指定ポケットへ手を入れる。
そして。
食事を取り出した。
神様サバイバル。
人類全員へ平等に与えられている。
最低限の食事。
二人は嬉しそうに並んで座り。
食べ始めた。
「うまい!」
「ゆっくり食えよ。」
「お兄ちゃんも!」
「食ってるって。」
二人の笑い声が聞こえる。
盗丸は。
何も言わず。
その光景を見ていた。
神様サバイバルが始まる前。
金を持っている奴。
持っていない奴。
食える奴。
食えない奴。
生まれた家だけで。
最初から差があった。
それが今。
少なくとも。
腹を満たすための食事だけは。
神から。
全員へ平等に配られている。
「……。」
盗丸の口元が。
僅かに緩んだ。
「腹いっぱい食えよ。」
誰にも届かないほど小さく呟き。
再び歩き出した。
歩く。
休む。
また歩く。
「あちぃ……。」
休む。
水分を取る。
そして。
また歩く。
朝山がいれば。
空を飛んで。
あっという間だっただろう。
だが。
もういない。
「……あいつ、便利だったなぁ。」
今更ながら思う。
それでも。
盗丸は歩いた。
一時間。
二時間。
三時間。
何度も休憩を挟み。
さらに歩く。
四時間。
そして。
五時間。
「……やっとかよ。」
盗丸は顔を上げた。
巨大な壁。
鉄柵。
監視塔。
その向こうにそびえる。
刑務所。
「はぁ……。」
盗丸は大きく息を吐く。
「長ぇ散歩だったぜ。」
門へ近づいていく。
その瞬間。
「止まれ!」
鋭い声。
直後。
数人の見張りが。
一斉に銃を向けた。
「おぉ。」
盗丸は足を止める。
そして。
銃口を眺めながら笑った。
「相変わらず物騒だなぁ。」
古民家。
「ねぇ。」
楓が突然口を開いた。
廃人はモニターを操作していた手を止める。
「なに?」
「あんたさ。」
楓は廃人を見る。
「二十回も神様サバイバルやってるんでしょ?」
「うん。」
「だったら。」
少し考えてから。
楓は尋ねた。
「あんた以外にはいないわけ?」
「……何が?」
「リセマラできた人。」
廃人の表情が。
僅かに止まった。
「……。」
医楽も顎へ手を当てる。
「確かにのう。」
「毎回、廃人くんが人類最後の一人というわけでもあるまい?」
的場も身を乗り出す。
「他の奴がリセマラ券を使ってても、おかしくないってことか。」
「……。」
廃人は答えない。
何かを思い出すように。
視線を落とした。
そして。
「……多分。」
小さく答えた。
「いる。」
楓が眉をひそめる。
「多分?」
「分からないんだ。」
廃人は頭を掻く。
「僕は二十回やり直してる。」
「でも。」
一周目。
二周目。
三周目。
二十周目。
全てが。
少しずつ違った。
「毎回、敵も違う。」
「味方も違う。」
「人の動きも違う。」
「消滅ワードだって違う。」
楓と的場は黙って聞いている。
「同じ人が生き残るとも限らない。」
「前の周回で強かった人が、次の周回じゃ序盤で死んでたりする。」
「逆もある。」
未来を知っている。
二十回も経験している。
それでも。
完全な攻略法にはならない。
人間が違う。
選択が違う。
出会いが違う。
そして。
世界そのものが。
毎回違う。
「だから。」
廃人は自分の手を見る。
「他にリセマラした人間がいたとしても。」
「僕には分からない。」
的場が腕を組む。
「じゃあ。」
「なんで“いる”と思うんだ?」
廃人は黙った。
一秒。
二秒。
そして。
ゆっくり顔を上げる。
「……邪魔されるから。」
「邪魔?」
「うん。」
廃人の表情から。
いつもの軽さが消えていた。
「毎回。」
「僕が神を殺そうとすると。」
「どこかで必ず。」
「邪魔が入る。」
楓が眉をひそめる。
「それ、神じゃないの?」
「違う。」
即答だった。
「神じゃない。」
「……。」
古民家の空気が変わる。
「誰かは分からない。」
「同じ奴なのかも分からない。」
「でも。」
廃人は過去を探るように。
遠くを見る。
「僕が神に近づくほど。」
「何かに邪魔されてる気がするんだ。」
二十回。
その全てで。
あと少し。
もう少し。
そう思うたびに。
何かが起きた。
「だから。」
廃人は小さく息を吐いた。
「僕以外にも。」
「このゲームを繰り返してる奴がいる可能性はあると思ってる。」
誰も。
すぐには言葉を返せなかった。
二十一周目。
廃人だけが。
過去を知っているはずだった。
だが。
もし。
もう一人いるとしたら。
⸻
刑務所。
「おぉ。」
所長室へ入った盗丸を見て。
桐山の目が僅かに見開かれた。
「これはこれは。」
「随分と早いお帰りですね。」
「早くねぇよ。」
盗丸は汗だくのまま笑う。
「五時間歩いてんだぞ。」
部屋の奥。
大きな椅子へ腰掛け。
葉巻を咥えている男。
金剛堕落。
煙を吐き出しながら。
盗丸を見る。
「盗丸ぅ。」
口元を吊り上げる。
「もう借りはねぇぜ?」
「分かってるよ。」
盗丸は笑った。
「今日は別件だ。」
金剛は露骨に面倒そうな顔をする。
「暑くて機嫌が悪いんだ。」
葉巻の灰を落とす。
「要件は?」
そして。
何でもないことのように続けた。
「無いなら殺す。」
「相変わらずだなぁ、大将。」
盗丸は苦笑する。
そして。
懐へ手を入れた。
金剛の目が。
その動きを追う。
取り出したのは。
一通の手紙。
盗丸は歩み寄り。
金剛の前。
所長机の上へ。
そっと置いた。
「……なんだ?」
金剛が手紙を見る。
「遺書か?」
ニヤリと笑う。
盗丸は。
笑わなかった。
「読めば分かる。」
その声に。
金剛の目が僅かに細くなる。
手紙を手に取る。
封を開ける。
そして。
読む。
「……。」
最初の一行。
表情は変わらない。
二行。
三行。
「……。」
盗丸は黙って見ていた。
桐山も。
何も言わない。
やがて。
金剛の葉巻から。
長く伸びていた灰が。
ぽとり。
机へ落ちた。
だが。
金剛は気付かなかった。
ただ。
手紙を見ていた。
先ほどまでの。
人を殺すことすら冗談のように口にしていた男の顔から。
笑みが。
完全に消えていた。
「……桐山ぁ。」
低い声。
桐山の目が細くなる。
いつもと違う。
「はい。」
金剛は。
手紙から目を離さないまま尋ねた。
「今。」
「この刑務所に医者は?」
「いませんね。」
桐山は答える。
「応急処置程度でしたら、私でも――」
バギィッ!!
凄まじい音。
「……っ!」
盗丸が思わず身体を強張らせた。
金剛の拳。
それだけで。
分厚い所長机が。
真っ二つに割れていた。
葉巻が床へ落ちる。
「大将……?」
盗丸の顔から笑みが消える。
金剛は。
ゆっくり顔を上げた。
「盗丸。」
「あぁ?」
「この手紙を持ってるってことは。」
金剛の目が。
盗丸を射抜く。
「会ったんだな?」
「……あぁ。」
「栞に。」
盗丸は頷いた。
「あぁ。」
「会った。」
金剛の拳が。
僅かに震えた。
「懐中時計も渡した。」
「手紙は、栞から預かった。」
「ただ。」
盗丸は割れた机の上に残された手紙を見る。
「中身は知らねぇぜ。」
「……そうか。」
金剛は再び。
手紙へ視線を落とした。
ほんの数秒。
だが。
盗丸には。
それが異様に長く感じられた。
そして。
金剛は桐山を見る。
「医者だ。」
「……。」
「今すぐ。」
声に。
先ほどまでの余裕はない。
「医者を連れてこい。」
桐山が静かに頷く。
「承知しました。」
「使える連中全員に伝えろ。」
金剛は手紙を握り締める。
「医者だ。」
「今すぐ――」
その目には。
盗丸が今まで一度も見たことのない感情が浮かんでいた。
「連れてこい。」
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”
14日目 “ 嘘”
15日目 “ 四季”
16日目 “ 嫌悪感”




