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105話 愛しなよ

神様サバイバル16日目

0時。

日付が変わった。


それとほぼ同時に。

世界中の空と個人モニターが、一斉に光を放つ。


不知火も。

天涯も。

古民家にいる楓たちも。

帰路についていた盗丸も。


そして。

この世界に残された全ての人間が。

否応なしに、その画面へ視線を向ける。


見慣れた顔。

見慣れた笑顔。


十五日間。

毎日、人類から何かを奪い続けてきた存在。


神が、

今日も楽しそうに笑っていた。


『やぁ。』


『神だよ。』


両手を広げる。


『神様サバイバル、十六日目。』


『始めようか。』


ついに。

折り返しを越えた。


残り十五日。

それでも神にとっては。

今日も昨日までと何も変わらない。

ただの楽しいゲームの続きでしかない。


『昨日ね。』


神は思い出したように人差し指を立てる。


『四季がなくなって、一年中夏にしてあげたよね?』


まるで、

何か良いことをしてやったとでも言いたげだった。


『そしたらさぁ。』


神は楽しそうに笑う。


『神様通話で、色々リクエストもらったんだよ。』


指を一本立てる。


『汗臭いおじさんを消して、とか。』


二本目。


『ゴキブリを消して、とか。』


三本目。


『生ゴミを消して、とか。』


やれやれと肩をすくめる。


『酷いよねぇ。』


『汗臭いおじさんだって。』


『ゴキブリだって。』


『必死に生きてるんだよ?』


一拍。


『ま、生ゴミは生きてないけど。』


神は自分で言って。


『あははっ!』


楽しそうに笑った。

誰も笑っていないことなど。

当然、気にも留めない。


『仲良くしなよ。』


『せっかく同じ世界にいるんだからさ。』


そして。

神は優しく微笑んだ。


『でもね。』


『神は優しいから。』


『少しだけ、お手伝いしちゃうよ。』


画面いっぱいに。

文字が浮かび上がる。

神様サバイバル 16日目

消滅ワード

神が笑う。


『今日消すのは“ 嫌悪感”』


その瞬間。

世界から。

また一つ。

人間が当たり前のように持っていた感情が消えた。


『汚いとか。』


『臭いとか。』


『気持ち悪いとか。』


『そんなこと言うの、よくないよ?』


神は諭すように人差し指を振る。


そして。

満足そうに笑った。


『どんな匂いを嗅いでも。』


『どんな見た目でも。』


『愛しなよ。』


『じゃあ。』


手を振る。


『またね。』


画面から。

神が消えた。



古民家。


しばらく。

誰も言葉を発さなかった。


「……。」


楓は自分の胸元へ手を当てる。

何か。

変わったような。

変わっていないような。

不思議な感覚だった。


神に対する印象を思い浮かべてみる。

昨日までなら。

顔を見るだけで腹が立った。


喋り方も。

笑い方も。

人間を玩具のように扱う態度も。


全部。

生理的に受け付けなかった。

なのに。


「……なんか。」


楓が首を傾げる。


「神のこと、うざいって思ってた気持ち……なくなったかも。」


「そうなのか?」


的場は不思議そうに自分の胸へ手を当てる。

少し考え。


「分からんな。」


「元々、俺は神のこと嫌いじゃなかったからな。」


「……あんた変よ。」


楓が呆れたように言う。

しかし。

その言葉にも、

以前のような棘はなかった。


「嫌悪感……か。」


医楽が静かに呟いた。

その脳裏に。

二人の顔が浮かんでいた。


息子。

そして。

孫。


嫌われている。

憎まれている。

許されなかった。


2人は今自分をどう思っているのか。


「……。」


医楽は何も言わず。

静かに目を閉じた。


少し離れた場所では。

ピエロもまた、黙っていた。


浮かんでいたのは。

元嫁の顔。


夫として最低だった自分。

華の聴力を奪ってしまった自分。


泣かれた。

罵倒された。


記憶は何一つ変わっていない。

全部覚えている。

ピエロは空を見つめた。


その時だった。


夢見が。

ゆっくりと立ち上がった。


いや。

正確には。

すでに表情が違っていた。


目つき。

姿勢。

纏っている空気。

Bちゃん。


夢見のもう一つの人格が、身体の主導権を握っていた。


「……。」


Bちゃんは何も言わず。

煙草を一本取り出した。

ピエロの目が見開かれる。


嫌な予感がした。

Bちゃんは煙草を咥える。

火を点ける。


「すぅ……。」


ゆっくり吸い込み。


「ふぅ……。」


煙を吐き出した。


「……。」


ピエロは固まっていた。

煙草の匂いが。

古民家の中に広がっていく。


Aちゃん。

夢見羽衣本人は。

煙草の匂いが大嫌いだった。


だからこそ。

Bちゃんが煙草を吸うたび。

後から大変なことになる。


しかし。

今日だけは。

Bちゃんの口元が僅かに上がっていた。


(……嫌悪感。)


どうやら。

しっかり理解しているらしい。


一本。

最後まで吸い終える。


そして。

ピエロの目の前に置いてあった灰皿へ。


ジュッ。

煙草を押し付けた。


ピエロの頬が引きつる。


Bちゃんはニヤっとしてなにも言わなかった。

そのまま目を閉じる。


数秒後。

ゆっくりと瞼が開いた。


「……あれぇ?」


声が変わった。

Aちゃん。


「私ぃ……。」


夢見は鼻をひくつかせる。

ピエロの身体が固まる。


夢見はもう一度。

すんすん。

間違いない。


煙草の匂い。

そして。

目の前には灰皿。

吸い殻。


「……。」


ピエロは冷や汗を流す。


絶対に。

気付いた。

夢見は灰皿を見る。

煙草を見る。


そして。

ピエロを見る。


「……。」


数秒。

何も言わない。


夢見はそのまま自分の場所へ戻っていった。

ピエロは呆然と見送る。


そして。

心の底から。

安堵した。


その頃。

夢見の奥底では。

Bちゃんが。


(よっしゃあああああ!)


盛大にガッツポーズしていた。


「……嫌悪感か。」


廃人は一人。

モニターを眺めていた。


二十回。

神様サバイバルを経験してきた。


だからこそ。

消滅ワードを聞けば。


ある程度。

その日の難易度が分かる。


「どうなの?」


楓が尋ねる。


「ヤバい?」


廃人は少し考える。

そして。


「いや。」


肩の力を抜いた。


「これは当たりだね。」


「当たり?」


「少なくとも。」


廃人は周囲を見る。


「僕たちが今すぐ困る消滅じゃない。」


食料がなくなるわけでもない。

移動手段がなくなるわけでもない。

戦えなくなるわけでもない。


むしろ。

嫌いなもの。

気持ち悪いもの。

生理的に受け付けないもの。


そういった感情に振り回されなくなる。

今日だけを見れば。

楽になる人間の方が多いかもしれない。


「今日はもう遅いし。」


廃人は欠伸をする。


「一旦寝よ。」


的場が少し不満そうな顔をする。


「神を殺す作戦は?」


「明日。」


「万能鍵をどうやって奪うか。」


廃人は横になりながら答えた。


「ちゃんと作戦立てよう。」


「……そうだな。」


的場も頷いた。

一人。

また一人。

眠る準備を始める。


神様サバイバル。

十六日目。


人類から。

“嫌悪感”が消えた日。


今の彼らは。

まだ知らない。

嫌悪するという感情が。


人間にとって。

何のために存在していたのかを。

消滅ワード


1日目 “法律 ”

2日目 “ 電気”

3日目 “ 罪悪感”

4日目 “ 鍵”

5日目 “ 痛覚”

6日目 “ 肉”

7日目 “ 地図”

8日目 “ 鏡”

9日目 “ 約束”

10日目 “ アルコール”

11日目 “ 血の繋がり”

12日目 “ 疲れ”

13日目 “ 財産”

14日目 “ 嘘”

15日目 “ 四季”

16日目 “ 嫌悪感”

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