104話 狩る?
神様サバイバル15日目
「うちの大将の宝物さ。」
盗丸の言葉を聞いた瞬間。
藤崎栞の表情が固まった。
手の中にある懐中時計へ視線を落とす。
何度も。
何度も。
確かめるように指先で表面を撫でる。
長い時間を経て、細かな傷の増えた懐中時計。
それでも。
見間違えるはずがなかった。
ゆっくりと蓋を開く。
中に収められた一枚の写真。
そして。
刻まれている文字。
daraku&siori
「……大将って。」
栞の声が震える。
「金剛……堕落?」
盗丸は静かに頷いた。
「あぁ。」
その返事を聞いた途端。
栞は懐中時計を胸元へ抱き寄せた。
目を閉じる。
懐かしむような。
苦しむような。
その表情を見て。
盗丸は何も聞かなかった。
なぜ離れたのか。
何があったのか。
聞きたいことはいくらでもある。
だが。
自分が踏み込むところじゃない。
そんな気がした。
「……生きてるの?」
しばらくして。
栞が小さく尋ねた。
「あぁ。」
盗丸は笑う。
「ピンピンしてるぜ。」
「俺より元気なくらいだ。」
「……そう。」
栞の口元が。
ほんの少しだけ緩んだ。
それだけで。
盗丸には十分だった。
「会いに来ねぇか?」
栞が顔を上げる。
「俺が連れてく。」
隣で浮いていた朝山も、勢いよく胸を張った。
「俺もいるぞ!」
「空からならすぐだ、姉ちゃん!」
盗丸が横を見る。
「お前、まだ手伝ってくれんのかよ。」
「とくにやる事ないからな!」
朝山は当たり前のように笑った。
「それに兄弟だろ!」
「いつからそこまで深い仲になったんだよ……。」
盗丸は呆れながらも笑う。
しかし。
栞は首を横に振った。
「……行けない。」
盗丸の笑みが消える。
「なんでだ?」
栞は一度。
部屋の奥へ視線を向けた。
その仕草だけで。
盗丸は何かを察した。
「子供がいるの。」
小さな声だった。
「……そっか。」
外は無法地帯。
法律もない。
安全を保証してくれる警察もいない。
いつ。
どこで。
何が起こるか分からない。
そんな世界を。
子供を連れて歩く。
簡単に決断できることではなかった。
盗丸、朝山悪い人間には見えない。
だが、
誰かを守りながら戦えるかと言われれば。
話は別だった。
盗丸は無理に誘わなかった。
「分かった。」
栞が少し驚いたように盗丸を見る。
「いいの?」
「あぁ。」
盗丸は頭を掻く。
「あんたにはあんたの事情があるだろ。」
そして。
少しだけ笑った。
「大将には、ちゃんと会えたって伝えとく。」
「……。」
栞は懐中時計を見つめる。
何かを考えているようだった。
やがて。
「待ってて。」
そう言って部屋の中へ戻っていった。
数分後。
再び姿を現した栞の手には。
一通の手紙が握られていた。
封をされた手紙。
中に何が書かれているのか。
盗丸には分からない。
栞はそれを両手で差し出した。
「これ。」
「金剛に渡して。」
盗丸は手紙を見る。
そして。
何も聞かずに受け取った。
「分かった。」
懐へ大切にしまう。
「必ず渡す。」
「……お願い。」
栞は静かに頭を下げた。
盗丸は背を向ける。
そのまま数歩進んで。
「あ。」
振り返った。
「時計。」
栞の手の中にある懐中時計を指差す。
栞は戸惑ったように見る。
盗丸はニッと笑った。
「持っとけよ。」
「大将には俺から言っとく。」
「……。」
栞は何も答えなかった。
ただ。
懐中時計を握る手に。
少しだけ力が込められた。
マンションを離れ。
しばらくして。
「じゃ!」
朝山が空へ浮かび上がる。
「俺、そろそろ行くわ!」
盗丸は手を上げた。
「おう。」
「助かったぜ。」
「ありがとな。」
朝山は満面の笑みを浮かべる。
「気にすんな、兄弟!」
「またどっかで会おう!」
「おう。」
「また空でな!」
「俺は飛べねぇよ。」
「ははは!」
朝山の笑い声が空へ響く。
その身体が。
どんどん高くなっていく。
「じゃあな、兄弟ー!」
「おう!」
盗丸は手を振る。
朝山も空から大きく手を振り返す。
そして。
風に乗るように。
遠くへ飛んでいった。
盗丸はしばらく、その背中を見送っていた。
「……変な奴。」
そう呟きながら。
自然と笑っていた。
そして。
懐へ手を入れる。
一通の手紙。
「さて。」
盗丸は歩き出した。
「大将んとこ、戻るか。」
古民家。
「……じゃ。」
楓は個人モニターを睨んでいた。
「本当にこれで上がるのね?」
「上がる。」
廃人は即答した。
「僕が実証したでしょ。」
「いや。」
楓は廃人を指差す。
「だからって、寿命削るの普通に怖いんだけど。」
「まぁね。」
「軽っ!」
楓は頭を抱える。
だが。
このままではいられない。
廃人の記憶の中にいた自分。
落雷の女帝。
その姿を聞かされて。
何も思わないわけがなかった。
今の自分に。
そんな力はない。
けれど。
これから先。
神を殺すというのなら。
神様サバイバルを生き抜くなら。
力が必要になる。
「……五年。」
楓は小さく呟く。
五年分の寿命。
決して。
軽いものではない。
それでも。
楓は神様通話を押した。
「行ってくる。」
光が。
楓を包み込んだ。
そして。
しばらくして。
再び古民家に光が溢れた。
「……っ。」
楓が姿を現す。
「楓!」
的場たちが駆け寄る。
廃人は真っ先にモニターを確認した。
水無月 楓
魂レベル 30
「よし。」
廃人が笑う。
「成功。」
「……。」
楓は自分の身体を見る。
五年。
神と向き合い。
自ら寿命を差し出した。
その経験は。
確かに魂へ刻まれていた。
そして。
個人モニターに新たな表示が現れる。
能力解放
楓の目が輝く。
「来た!」
廃人も画面を覗き込む。
楓は期待に胸を膨らませながら表示を見る。
そこに書かれていたのは。
【電気ショック】
「……。」
楓の表情が消えた。
廃人も黙る。
的場も黙る。
医楽が画面を覗き込み。
「ほっほっ。」
嬉しそうに笑った。
「心臓マッサージに使えるのう。」
「ちょっと!」
楓が叫ぶ。
「雷なんて使えないじゃない!」
「僕に怒らないでよ。」
廃人は苦笑する。
「レベルが足りないんでしょ。」
「じゃあもっと上げろって!?」
「たぶん。」
「嫌よ!」
楓は即答した。
「もうこれ以上、寿命削って歳取りたくないわよ!」
「じゃあ。」
廃人はあっさり言った。
「狩りに行く?」
「……狩り?」
楓が眉をひそめる。
「何を?」
「人。」
あまりにも。
普通の声だった。
古民家から。
音が消えた。
楓の顔から怒りが消える。
的場も。
医楽も。
夢見も。
ピエロも。
廃人を見ていた。
廃人だけが。
なぜ全員が黙ったのか。
一瞬、分からなかった。
楓はゆっくりと口を開く。
「……あんた。」
廃人を見る目が変わっていた。
「本気で言ってんの?」
「……。」
廃人は答えなかった。
二十回。
二十回も。
この世界を経験してきた。
殺し。
奪い。
裏切り。
魂レベルを上げるために人を狩る者など。
いくらでも見てきた。
いつからだったのか。
廃人自身にも分からない。
それを。
“攻略方法”の一つとして考えるようになったのが。
⸻
その頃。
不知火と天涯は。
シェルターを目指して歩いていた。
「なぁ。」
不知火は額の汗を拭う。
「あとどれくらいだ?」
天涯は笑った。
「分からん。」
「……は?」
「地図がねぇんだ。」
「詳しい距離なんて分かるかよ。」
「おい。」
不知火は呆れたように笑う。
「大丈夫なのか、それ。」
「方角は合ってる。」
天涯は豪快に笑った。
「そのうち着くだろ。」
「そのうちって……。」
「今日は野宿だな。」
「……。」
不知火は周囲を見る。
道端。
荒れた建物。
伸び放題になった草。
そして。
天涯を見る。
「まぁ。」
不知火は笑った。
「段ボールハウスも、そこらで野宿も。」
「大して変わらないか。」
「言うようになったじゃねぇか。」
天涯も笑った。
午後九時。
二人は焚き火を囲んでいた。
パチパチと。
木が爆ぜる音が響く。
簡単な食事。
決して美味いものではない。
それでも。
不知火は黙々と口へ運んでいた。
「なぁ、不知火。」
天涯が炎を見つめたまま尋ねる。
「防衛キーワード。」
「設定しねぇのか?」
不知火の手が止まる。
「魂レベルは足りてるだろ。」
「……あぁ。」
不知火は炎を見る。
揺らめく火。
その向こうに。
過去の自分が見える気がした。
教師だった自分。
千夏から目を逸らした自分。
古民家から逃げた自分。
そして。
天涯の前で。
変わると決めた自分。
「決めてる。」
天涯が不知火を見る。
「もう決めてんのか。」
「あぁ。」
「じゃあ、なんで設定しねぇ?」
不知火はしばらく答えなかった。
炎の中へ。
一本の枝が崩れ落ちる。
「……まだ。」
ようやく口を開く。
「今の俺じゃ駄目な気がするんだ。」
天涯は何も言わない。
「その言葉を選ぶなら。」
不知火は自分の手を見る。
「ちゃんと、その言葉に恥じない人間になってから選びたい。」
「だから。」
拳を握る。
「まだ設定しない。」
天涯は不知火の横顔を見つめた。
何を選ぶつもりなのか。
聞かなかった。
やがて。
小さく笑う。
「そうか。」
焚き火へ枝を放り込む。
「いらねぇ心配だったな。」
不知火も少しだけ笑った。
「なんだよ、それ。」
「そのまんまの意味だ。」
「意味分かんねぇよ。」
静かな夜だった。
世界が滅茶苦茶になっていることを。
ほんの少しだけ。
忘れてしまいそうなほどに。
二人は焚き火を囲んだ。
くだらない話をして。
時々笑って。
そして。
時間は流れていく。
やがて。
不知火の個人モニターに表示された時刻。
23時59分。
「……来るな。」
不知火が呟く。
天涯もモニターを見る。
「あぁ。」
二人の間から笑みが消えた。
十五日目が終わる。
そして。
神様サバイバルは。
後半へ。
数字が切り替わった。
0時。
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”
14日目 “ 嘘”
15日目 “ 四季”




