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103話 マスターキー

神様サバイバル15日目

「お、おい……。」


盗丸は恐る恐る下を見た。

遥か下。


建物の屋根。

道路。

放置された車。


それら全てが、まるで玩具のように小さく見える。


「絶対……。」


ごくりと唾を飲む。

朝山の背中を掴む手に、無意識に力が入った。


「絶対落とすなよ?」


「おいおい!」


朝山は楽しそうに振り返る。


「振りか? 兄弟!」


「違ぇよ!」


「絶対だからな!」


盗丸の叫び声が空へ消えていく。

朝山はケラケラと笑いながら、そのまま空を進んでいった。


「安心しろって!」


「今まで人を落としたことなんて――」


一拍。


「たぶんない!」


「たぶんってなんだよ!」


盗丸はさらに強くしがみついた。

しかし。

しばらく飛んでいると。


恐怖よりも。

別の感情が勝ってきた。


「……すげぇ。」


風が頬を撫でる。


地上ではあれほど鬱陶しかった暑さも、ここまで来ると不思議と心地いい。


髪が風に靡く。

どこまでも広がる空。

遮るものは何もない。


盗丸は少しだけ腕の力を緩めた。

初めて見る景色だった。


地上を歩いているだけでは、絶対に見ることのできない世界。


「……鳥になったみてぇだな。」


思わず零れた言葉に。

朝山は嬉しそうに笑った。


「だろ、兄弟!」


「空はいいぞ!」


その声は。

どこまでも自由だった。


「あそこだ!」


朝山が高度を下げていく。

盗丸はモニターを見る。


矢印が示している場所。

間違いない。


「ここか……。」


辿り着いたのは、小さな賃貸マンションだった。

決して新しくはない。

外壁にはひびが入り、ところどころ塗装も剥げている。


盗丸は地面へ降ろしてもらうと、改めてモニターを確認した。

矢印は。

上。


「二階か。」


盗丸はマンションの外階段へ向かう。

途中で振り返った。


「朝山!」


「お前も来いよ。」


「あっ、あぁ!」


朝山はそう答えると。

そのまま、ふわりと身体を浮かせた。


階段へ向かうことなく。

盗丸の横を通り過ぎ。

二階の廊下へ着地することもなく、その場にぷかぷかと浮かぶ。


「……。」


階段を上ってきた盗丸は、呆れたように朝山を見る。


「ほんっと便利だな、お前。」


「だろ!」


朝山は得意げに笑った。

二人で部屋番号を確認していく。


そして。

盗丸の足が止まった。

表札。

藤崎。


心臓が一度、大きく鳴った。


「……間違いねぇ。」


モニターを見る。

矢印は。

目の前を指している。


「ここだ。」


盗丸は玄関横のチャイムを押した。

……。


何も起きない。


「あぁ、そうか。」


電気はない。

チャイムなど鳴るはずがなかった。


盗丸は拳を作り。

コンコン。

ドアを叩く。


「……。」


返事はない。

もう一度。

コンコン。


「藤崎さん。」


「いるか?」


静寂。

朝山が隣で首を傾げる。


「留守みたいだぜ? 兄弟。」


盗丸は答えなかった。

じっと。

扉を見る。


「……。」


今。

僅かに。

聞こえた。


室内から。

何かが擦れるような音。

盗丸の耳は、それを聞き逃さなかった。


「いや、いる。」


朝山の表情が少し変わる。

盗丸はドアノブを見る。


鍵は、もう存在しない。

世界から“鍵”そのものが消滅している。


だから。

その気になれば、開けられる。

盗丸はドアノブへ手を伸ばした。


「……。」


止まる。

盗むことを生業にしてきた男。

他人の家へ勝手に入ることなど、今までなら躊躇すらしなかった。


けれど。

今日は違った。

ゆっくり手を離す。


そして。

懐から、あの懐中時計を取り出した。


玄関ポストを開く。

そっと。

時計を中へ落とす。


ゴトン。

硬い音が、室内へ響いた。


盗丸は何も言わず。

玄関前へ座り込んだ。


「待つのか?」


朝山が尋ねる。


「あぁ。」


「出てくるまでな。」


「そっか!」


朝山も盗丸の隣へ移動する。

座るわけではない。

地面から僅かに浮いたまま。

胡座をかくような格好で、ぷかぷかと漂っていた。

盗丸が横目で見る。


「……器用だな。」


「楽だぞ!」


「だろうな。」


数分。


二人は黙って待った。

やがて。

ガサッ。


室内から物音。

盗丸の目が細くなる。


次の瞬間。

バンッ!

勢いよく玄関が開いた。


一人の女性。

乱れた髪。

警戒するような瞳。


その手には。

古びた懐中時計が、強く握り締められていた。


盗丸は写真と女性の顔を見比べる。

間違いない。


藤崎栞。

栞は盗丸を見る。


そして。

その隣で浮いている朝山を見る。


一瞬だけ戸惑ったあと。

すぐに懐中時計へ視線を戻した。


「……どこで。」


声が震えていた。


「どこで、この時計を?」


盗丸はゆっくりと立ち上がる。

そして。

少しだけ笑った。


「うちの大将の宝物さ。」



古民家。


「神様サバイバルは。」


廃人の言葉に、全員が耳を傾けていた。


「後半になるほど、人間同士の殺し合いが増える。」


的場が眉をひそめる。


「なんでだ?」


「こんな状況で、人間同士で殺し合ってどうする。」


廃人は自分のモニターを開いた。


「魂レベル。」


その言葉だけで。

的場は察した。


「……奪い合うのか。」


「そう。」


廃人は頷く。


「人を殺せば、その人の魂レベルを獲得できる。」


「それだけじゃない。」


「殺した相手の所持金も、自分のものになる。」


楓が嫌そうに顔をしかめる。


「最悪。」


「後半は、それが当たり前になってくるよ。」


強くなるため。

金を得るため。

生き残るため。

人間が人間を狩る。


それが。

廃人が二十回見てきた神様サバイバルの後半だった。


「上級プレイヤーなんて。」


廃人は苦笑する。


「毎食食べてたよ。」


「一億円の最後の晩餐セット。」


「毎食!?」


楓が思わず声を上げる。


「一食一億円でしょ!?」


「うん。」


廃人は平然と頷く。


「でも、それくらい後半になると金を持ってる人は持ってる。」


神様マーケット。

最後の晩餐セット一億円。


その時、

その人が食べたいと思ったものが、望んだだけ現れる。

消滅ワードで世界から消えた食べ物でさえ関係ない。


満腹になれば、

食べ残した料理も自然と消滅する。


「だから人気だった。」


廃人は小さく笑った。


「あと、防衛キーワードについて。」


全員の表情が少し引き締まる。


「二十回やって分かったけど。」


「どれが最強、とかはない。」


的場が首を傾げる。


「そうなのか?」


「同じ言葉でも。」


「誰が設定するかで、能力が変わる。」


廃人は的場を見る。


「例えば的場の“正義”。」


「悪人が“正義”を選んだ場合と。」


「的場が選んだ場合。」


「同じ“正義”でも、全然違う能力になる。」


「その人がどう生きてきたか。」


「何を経験してきたか。」


「その言葉をどう捉えているか。」


「そういうのが関係してるんだと思う。」


的場は自分の拳を見つめた。

同じ言葉。

同じ防衛キーワード。


それでも。

宿る力は違う。


「じゃあ。」


楓が廃人を見る。


「あんたが知ってる私の能力は?」


「楓は今回も同じ、“電気”。」


廃人は即答した。


「魂レベル30まで上げれば、能力が使えるようになるはず。」


「ただ。」


廃人は楓をじっと見る。


「なんで雷まで扱えたのかは、僕にも分かんないんだよね。」


「……。」


「小さい頃、雷に打たれたことでもある?」


冗談半分だった。

だから。


「あ、あるある!」


「……え?」


「子供の頃、一回だけ雷に打たれたのよ。」


楓は平然と答える。


「奇跡的に無傷だったけど。」


廃人はしばらく固まった。


「……あるのかよ。」


思わず笑う。

的場も吹き出した。

楓だけが不満そうに眉をひそめる。


「なによ。」


「いや。」


廃人は笑いながら首を振った。


「そりゃ雷女にもなるよ。」


「だから誰が雷女よ!」


少しだけ。

古民家にいつもの空気が戻る。


しかし。

廃人は次に夢見を見た。


「羽衣さんは。」


夢見が自分を指差す。


「私ですかぁ?」


「うん。」


「“予知”。」


夢見の表情が変わる。


「前の周回では、それで次の消滅ワードを百パーセント当ててた。」


「百パーセント……。」


医楽が驚いたように呟く。


「普段の占いと何が違うのかは、僕にも分からなかった。」


廃人の声が少しだけ低くなる。


「でも、負担がすごい。」


脳裏に、

血を吐きながら笑っていた夢見が浮かぶ。


「だから。」


廃人は真っ直ぐ夢見を見る。


「できる限り、使わない方がいい。」


夢見は少し驚いたように瞬きをして。


やがて。


「……わかりましたぁ。」


静かに頷いた。


「医楽とピエロは?」


的場が尋ねる。

廃人は首を横に振った。


「分からない。」


「二人とも前の周回で同じ組織にはいたんだけど。」


「ほとんど話したことなかったから。」


医楽とピエロが互いを見る。

自分たちが未来で何をしていたのか。

本人たちにすら分からない。


その時。

的場が身を乗り出した。

目が輝いている。


「で。」


「神を殺すには。」


口元が僅かに上がる。


「何をすればいい?」


その声には。

恐怖よりも。

これから未知の敵へ挑むことへの高揚が混じっていた。

廃人は少しだけ呆れたように笑う。


「まずは。」


表情を引き締める。


「“万能鍵(マスターキー)”を手に入れなきゃ。」


万能鍵(マスターキー)?」


「そう。」


この世界から。

すでに“鍵”は消滅している。


家の鍵も。

車の鍵も。

金庫の鍵も。

全て。


だが。

ただ一つ。

神様サバイバルのルールの外に存在する鍵がある。

廃人は静かに告げる。


「神の間に。」


「こっちから行くための鍵。」



同時刻。


神愛教本部。

静寂に包まれた祭壇。


何人もの信者が頭を垂れ。

祈りを捧げている。


その最奥。

呪崎黄泉(のろいざきよみ)は一人。

神へ祈っていた。


そして。

祭壇の中心。

世界から消えたはずの“鍵”が。

静かに祀られていた。


万能鍵(マスターキー)

消滅ワード


1日目 “法律 ”

2日目 “ 電気”

3日目 “ 罪悪感”

4日目 “ 鍵”

5日目 “ 痛覚”

6日目 “ 肉”

7日目 “ 地図”

8日目 “ 鏡”

9日目 “ 約束”

10日目 “ アルコール”

11日目 “ 血の繋がり”

12日目 “ 疲れ”

13日目 “ 財産”

14日目 “ 嘘”

15日目 “ 四季”

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