102話 乗ってけよ
神様サバイバル15日目
「あちぃ……。」
盗丸は額から流れ落ちる汗を腕で拭った。
「あちぃ、あちぃ……。」
何度口にしても涼しくなるわけではない。
分かっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
空には雲一つなく、容赦のない日差しが降り注いでいる。
熱せられたアスファルトから立ち昇る熱気。
景色すら、ゆらゆらと歪んで見えた。
盗丸はモニターへ目を落とす。
藤崎栞
現在地まで、
あと12km。
「……遠いって。」
げんなりしながら呟く。
途中までは自転車を使っていた。
正確には、
道端に放置されていたものを勝手に拝借した。
盗丸としては、いつものことだった。
だが、
数キロも進まないうちに。
パァン!
派手な音と共に、後輪がパンクした。
道路に散らばっていたガラス片を踏んだらしい。
結果。
現在、徒歩。
「運ねぇなぁ……。」
足を引きずるように歩き続ける。
暑い。
喉が渇く。
頭もぼんやりしてきた。
それでも。
懐中時計を握り締める。
(あと十二キロ。)
(日が暮れる前には着きてぇ。)
その時だった。
「よう、兄弟!」
「今日は暑いな!」
「……んあ?」
盗丸は足を止めた。
振り返る。
誰もいない。
左右を見る。
やはり、誰もいない。
「……へっ。」
盗丸は乾いた笑いを漏らす。
「とうとう幻聴まで聞こえてきやがったか。」
再び歩き出す。
すると。
「汗だくじゃないか!」
「ちょっと休憩でもしたらどうだ?」
また聞こえた。
しかも、やけにはっきりと。
盗丸はもう探すことすらしなかった。
「あぁ、そうだな。」
見えない相手へ普通に返事をする。
「俺も休憩してぇけどよ。」
「日が暮れる前には目的地に着きてぇからな。」
「そうか!」
「じゃあ俺はちょっと休憩しようかな!」
「おう、そうしろそうしろ。」
適当に返事をして、
盗丸は違和感に気付いた。
(……ん?)
声が。
近くなっている。
それだけではない。
自分の足元。
地面に、もう一つ。
人の形をした影が落ちている。
その影が。
徐々に。
徐々に。
濃く、大きくなっていく。
盗丸はゆっくりと顔を上げた。
「……は?」
空から。
人が降りてきていた。
「よっ!」
ドサッ。
男は盗丸の目の前へ軽やかに着地した。
満面の笑み。
まるで空から降ってきたことなど、何でもないかのように。
「腹減った!」
盗丸は無言で男を見る。
空を見る。
もう一度、男を見る。
「……。」
数秒。
「いやいやいやいや!」
思わず声を張り上げた。
「なんで空から人が降ってくんだよ!」
男はケラケラと笑う。
「飛んでたから!」
「見りゃ分かるわ!」
男の名は、
朝山空
盗丸が額を押さえる。
「暑さで頭おかしくなったのかと思ったじゃねぇか……。」
「大丈夫か、兄弟!」
「お前のせいだよ!」
朝山は気にする様子もなく、腹を押さえた。
「それより腹減った!」
「飯にしようぜ、兄弟!」
「さっき会ったばっかなのに距離近ぇな、お前……。」
呆れながらも。
盗丸は思わず笑っていた。
二人は日差しを避けられる場所を探し、腰を下ろした。
「そういや!」
朝山が何かを思い出したように立ち上がる。
「いいもの拾ったんだ!」
近くに置いていた荷物から取り出したのは。
「じゃーん!」
古びたフライパン。
朝山は得意げに掲げる。
「これでどうだ、兄弟!」
盗丸は受け取り、底や取っ手を確認する。
少し汚れてはいるが。
十分使える。
「お、いいじゃねぇか。」
「使える使える。」
「ありがとよ。」
「だろ!」
朝山は嬉しそうに笑った。
盗丸は指定ポケットへ手を入れる。
取り出したのは。
食パン。
そして、卵。
盗丸はバッグから油を取り出す。
調味料。
簡単な調理器具。
細かな生活用品は、普段からバッグへ詰め込んでいた。
朝山は感心したように覗き込む。
「用意いいな、兄弟!」
「こういう小物が大事なんだよ。」
フライパンへ油を引く。
卵を落とす。
ジュウゥゥ――。
食欲を刺激する音。
白身が固まり。
黄身の周囲がぷくぷくと焼けていく。
「うおぉ……。」
朝山は真剣な顔で見つめていた。
「美味そう〜!」
「子供かよ。」
盗丸は笑いながら食パンへ目玉焼きを乗せる。
軽く調味料を振りかけ。
一枚を朝山へ差し出した。
「ほらよ。」
「いいのか!?」
「フライパン代だ。」
「ありがとな、兄弟!」
「だから距離近ぇって。」
二人並んで。
目玉焼きトーストへ齧りつく。
「うっま!」
朝山の声が響く。
盗丸も思わず頬を緩めた。
「こういうのでいいんだよな。」
世界がこんな状況でも。
腹は減る。
飯を食えば、美味い。
そして。
誰かと食えば。
少しだけ楽しい。
そんな当たり前のことが、妙に心地よかった。
「で。」
盗丸はトーストを齧りながら尋ねる。
「お前、なんで飛べんだ?」
「俺?」
朝山は胸を張る。
「防衛キーワード!」
「“飛行”!」
「飛行?」
「そう!」
朝山は空を指差す。
「自由に飛べる!」
「だから色んなところ旅してんだ!」
「へぇ……。」
盗丸は感心したように笑う。
「そりゃ便利だな。」
「最高だぞ!」
「渋滞もない!」
「道路もいらない!」
「山も川も関係ない!」
楽しそうに語る朝山を見ながら、盗丸は苦笑する。
世界が壊れて。
神様サバイバルが始まって。
それでも。
こうやって自由を楽しんでいる人間もいる。
「兄弟は?」
朝山が尋ねる。
「どこ行くんだ?」
「あぁ。」
盗丸は懐中時計へ視線を落とした。
「人探し。」
「ここから十二キロくらい先。」
「十二キロ!?」
朝山は驚いて立ち上がる。
「歩いて!?」
「自転車パンクしちまってよ。」
「それなら!」
朝山は満面の笑みを浮かべた。
「俺が乗せてくよ!」
盗丸は固まる。
「……は?」
「十二キロなんて飛べばすぐだ!」
「いや、乗せるって。」
盗丸は朝山を見る。
「どうやって?」
朝山は自信満々に両腕を広げた。
「任せろ、兄弟!」
⸻
同じ頃。
地下水路。
「……本気か?」
不知火は天涯を見つめていた。
先ほど聞かされた計画。
その規模を考えれば考えるほど。
現実味がない。
「相手は政府だぞ。」
「シェルターの中に、どれだけの戦力がいるかも分からない。」
「武器だってあるはずだ。」
不知火は周囲を見る。
ホームレスたち。
強い。
生きる力は間違いなく強い。
だが。
戦争となれば話は別だ。
「俺たちだけじゃ無理だ。」
不知火ははっきりと言った。
天涯は怒らなかった。
むしろ。
「そうだな。」
あっさりと認めた。
「人手がいる。」
そして。
少し嫌そうに眉をひそめる。
「だからよ。」
「癪に障るが。」
腕の個人モニターを見せる。
「神の言う“防衛キーワード”ってのを設定してみた。」
不知火が画面を見る。
そこには。
天涯の情報が表示されていた。
天涯 帝
魂レベル 150
「……150?」
不知火の目が見開かれる。
その数字がどれほど異常なのか。
今の不知火にも分かる。
だが。
驚くべきものは、それだけではなかった。
防衛キーワード
“召集”
そして。
その下に表示された能力。
【ヘルプ】
自身から半径30km以内に存在する、魂レベル30以上のプレイヤーを自身の目の前へ転移させる。
不知火は文章を読み終え。
ゆっくりと天涯を見る。
「……まさか。」
天涯は笑った。
「これで戦力は集まる。」
地下水路に。
水音だけが響く。
半径三十キロ。
魂レベル三十以上。
どこの誰であろうと。
何をしていようと。
条件を満たす者たちを。
この場所へ。
天涯はニヤリと笑った。
「まぁ。」
「協力的な奴がいるかは、別だがな。」
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”
14日目 “ 嘘”
15日目 “ 四季”




