太陽による捕縛
二年生の終わり。学園の権力構造が塗り替えられる「その日」がやってきた。
大講堂で行われた生徒会長選挙。結果は、開票を待つまでもなかった。
セオドリック・フォン・ランカスター。彼が壇上に上がれば、割れんばかりの拍手と、全生徒からの熱烈な羨望が会場を埋め尽くす。
彼は完璧な所作で一礼し、演説を終えた。誰の目にも、新しい時代の王の誕生に見えただろう。
だが、セオドリックの心は、そこにはなかった。
彼は壇上から、一度もその姿を見せなかった「特定の一点」――欠落したパズルの最後のピースを探していた。
(――さあ、準備は整ったよ、レイモンド)
就任後の祝賀会。セオドリックは、自分を囲もうとする教師や貴族の子弟たちを、至極真っ当な「正義」の言葉で煙に巻いた。
「すまない、会長としての初仕事が残っているんだ。学園の隅々にまで光を届けるという、ね」
彼が向かったのは、華やかなパーティー会場とは真逆の方向。誰もいない図書室だった。
重厚な扉を、蹴破らんばかりの勢いで押し開ける。
そこには、いつもと変わらぬ様子で、魔導書片手に回路の修復に没頭するレイモンド・アシュクロフトの背中があった。
「……チッ。またお前か。俺にかまうなと言ったはずだ、ランカスター」
レイモンドは振り返りもせず、吐き捨てるように言った。その声には、隠しきれない疲労と、世界に対する深い諦念が混じっている。
セオドリックは、その背中へ迷いなく歩み寄った。一歩ごとに、彼の「陽」のオーラが空気を満たしていく。
「レイ。僕は今日、生徒会長になった」
「……そうか。『おめでとう』。これで満足だろう、今すぐ出ていけ」
「いいや、満足などしていない。僕の隣が、まだ空位だからね」
セオドリックは、レイモンドの座る机に、一通の「特待生処遇改善に関する決定書」を叩きつけた。
そこには、レイモンドが密かに進めていた研究への予算援助と、アシュクロフト家の名誉回復に向けた「ランカスター家による再調査」の誓約が記されていた。
レイモンドの手が、初めて激しく震えた。彼は弾かれたように振り返り、セオドリックの碧眼を睨みつける。
「……何の真似だ。これは……俺を、買おうというのか!」
「買い被らないでくれ、レイ。こんなものはおまけだよ。僕はただ、君と一緒にこの学園を作り変えたいだけだ」
セオドリックは、レイモンドの手を、逃がさないよう強く握り締めた。
陽光のような微笑み。だが、その瞳の奥にあるのは、二年間、レイモンドを追い続けてきた狂気にも似た執着だ。
「君がこの十年、どれだけ姿を隠し、どれだけ独りで戦ってきたか。……僕は、君自身よりも君を知っている。君の数式、君の孤独、君の矜持。そのすべてが、僕には必要だ。他の誰でもない、君が」
「必要だと……っ? ふざけるな、俺は……!」
「拒絶は許さない。これは僕の独善であり、君と共に歩みたいという僕の『我が儘』だ。……さあ、レイモンド・アシュクロフト。泥の中で朽ち果てるか、僕という太陽の隣で、世界をその手で作り替えるか。……選ぶがいい」
それは選択肢の形をした、容赦なき捕縛だった。
レイモンドは、セオドリックの瞳の中に、底知れない「善意という名の深淵」を見た。
逃げ場はない。この男は、自分が死ぬまで追いかけてくるだろう。
長い沈黙の後。
レイモンドは力なく、しかし毒を含んだ声で、ついに折れた。
「…………ああ、わかったよ。お前は、本当に……救いようのないお節介だ」
「ははは! 最高の褒め言葉だよ、副会長!」
セオドリックはレイモンドの肩を引き寄せると、躊躇いもなく抱き締めた。




