エピローグ. 残響の目覚め
眩しすぎる春の陽光。レイモンドの微かに震える手。
それを掴み、二度と離さないと誓ったあの日の体温が、まだ手のひらに残っているようで――。
「……セオドリック。おい、セオドリック」
聞き慣れた、冷徹で事務的な声が、黄金色の追憶を切り裂いた。
「――っ」
セオドリックは微かに肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。
視界に飛び込んできたのは、二人きりの図書室――ではなく、現在の生徒会執務室。
そして目の前には、溜息をつきながら書類の束を机に置く、副会長レイモンド・アシュクロフトがいた。
三年前とは違う。
今の彼は、整えられた制服を纏い、その指先にはセオドリックが与えた魔導回路の同期を示す指輪が、鈍く光っている。
「……レイか」
「全く。定例会議まであと十分だぞ。こんな時間に居眠りをして、挙句に薄ら笑いまで浮かべるとは。……お前の脳内は、年中春の園なのか?」
相変わらずの毒舌。
だが、セオドリックは不快に思うどころか、愛おしげに目を細めた。
彼は椅子の背もたれに身を預け、まだ夢の残滓が残る頭を振り払う。
「ふふ……。いや、とても懐かしい夢を見ていたんだ。僕が君を追いかけ、ようやくその正体を暴き、僕の隣に閉じ込めるまでの……長く、愉快な夢をね」
「……何年前の話をしている。そんなことは疾うに忘れた」
レイモンドは露骨に嫌そうな顔をして視線を逸らした。だが、その耳朶が微かに赤くなっているのを、セオドリックの鋭い瞳は見逃さない。
「僕は忘れないよ。君がどれほど僕を拒絶し、そして今、どれほど僕の魔力なしでは生きていけなくなっているか。……夢の中の君も美しかったが、やはり目の前で僕に毒づく君が、一番僕を満足させてくれる」
「……いいから、さっさと会議の準備をしろ。それ以上ふざけたことを言うなら、次の予算案に『会長のティータイム廃止案』をねじ込んでやるからな」
「おや、それは困るな。僕の休息を奪うのは、君の仕事を増やすことと同義だよ?」
セオドリックは立ち上がり、完璧な所作で身なりを整えた。
夢で見た、影の中に消えそうだった少年はもういない。今は、自分の隣で苛立ちながらも、決して離れることのできない共生体がここにいる。
「お待たせ、僕の誇り高い副会長。会議の後は……夢の続きを、二人で語り合うのはどうだい?」
「…………断る」
レイモンドの、もう何度目か分からない「拒絶」。
だがセオドリックは、それがこれから先、永遠に続くことを知っている。
そして、そんなレイモンドのすべてを、自らの愛で塗り潰していく未来も。
「俺は先に行くからな」
レイモンドは、書類の束を脇に抱えて背を向ける。
その無愛想な背中には、かつて孤独を纏っていた頃の面影など、微塵も残っていない。
セオドリックは、ふふっと笑みを零すと、レイモンドには聞こえないほどの声で、小さく、呟いた。
「相変わらずだなぁ。……でも、そういう君が、僕はたまらなく愛おしいんだよ、レイモンド」
廊下へ出た二人の会話は、その後も止まることはなかった。
セオドリックの圧倒的な善意による押し売りと、それを冷徹に、けれど一歩も退かずに切り捨てるレイモンドの毒舌。
それは、三年前のあの日から一日たりとも欠かさず繰り返されてきた、二人の聖歌。
やがて足音が遠ざかり、残された生徒会室の扉が、春風に押されるようにして、静かに閉まった。
――二人の物語は、まだ、始まったばかり。
Fin.




