視界の端の黒衣
二年生の春。
セオドリック・フォン・ランカスターは、学園の「顔」として、副会長の地位を盤石なものにしていた。
「セオドリック様、次の予算会議の資料ですが……」
「ああ、預かろう。君、少し疲れているね? 後の仕事は僕が引き受けるから、今日はもう休むといい」
聖者のような微笑みで後輩を労い、セオドリックはいつものように人の輪の中心にいた。
彼が歩けば、淀んでいた空気が清流のように澄み渡る。それが「ランカスターの太陽」に許された特権だった。
だが、その碧眼は、友人たちと談笑しながらも、常に「ノイズ」を探していた。
一年間追い続けた名前。レイモンド・アシュクロフト。
父の警告も、周囲の蔑みも、セオドリックにとっては最高級のスパイスでしかなかった。彼は既に、レイモンドが「いつ」「どこに」現れるかの統計を取り終えていたのだ。
(火曜日の放課後、人通りの途絶えた第三図書室。木曜日の深夜、警備魔法の巡回が入れ替わる瞬間の旧演習場。……君はいつも、計算された隙間にだけ存在しているね)
ある日の放課後。
セオドリックは、自分を追おうとする取り巻きたちを「一人で考えたいことがあるんだ」と優雅に制し、初めて自らの光を抑制して、北校舎の裏手へと向かった。
そこは、華やかな本校舎とは対照的な、石造りの冷たい影が支配する場所だ。
古びた資搬入口の階段に、彼はいた。
黒い制服の袖を捲り、細く繊細な指先で複雑な魔導基板を弄ぶ背中。
陽光を拒絶するように深く被った前髪。
周囲の喧騒など一切届かない場所に一人で座っている、孤高の影。
「――レイモンド・アシュクロフト。……やっと、見つけたよ」
セオドリックが声をかけた瞬間、その背中が、まるで電流が走ったかのように硬直した。
ゆっくりと振り返った少年――レイモンドは、セオドリックの眩しすぎる姿を視界に入れた瞬間、その瞳に嫌悪を剥き出しにした。
「……ランカスターか。何の用だ」
その声は、セオドリックが想像していたよりもずっと低く、そして冷たかった。
「用があるわけじゃないんだ。ただ、君と友達になりたくて」
「……友達、だと?」
驚くべきことに、レイモンドはセオドリックの「太陽の微笑み」を浴びてもなお、一歩も引かなかった。どころか、毒を吐くように言葉を重ねる。
「断る。お前のような、光の中で称賛を浴びていれば満足な人間に、俺の時間は一秒たりとも割きたくない。……消えろ」
周囲の誰もが自分に傅き、愛を乞う中で、これほど鮮やかで、これほど純粋な拒絶をぶつけられたのは、人生で初めてだった。
セオドリックの胸の奥で、何かがパチンと弾けた。
それは怒りではない。……歓喜だ。
(ああ、期待以上だ。君は、僕という太陽を鏡のように反射するだけの有象無象とは違う。君は、僕の光を飲み込み、否定し、そしてなお、独自の理論で自分という個を確立している……!)
「酷い言い草だね。僕はただ、君という類まれな知性に、相応しい場所を提供したいだけなのに」
「場所? ……吐き気がするな。没落した家名を、お前の『慈悲』という名のお遊びで汚すつもりか」
レイモンドは道具を乱暴に鞄に詰めると、セオドリックの肩をわざと強くぶつけるようにして、その場を立ち去った。
残されたセオドリックは、ぶつかった肩に手を置き、去りゆく影を凝視していた。
彼の目には、もはや周囲の美しい薔薇も、自分を呼びに駆けつけてきた友人の姿も映っていない。
ただ、自分を拒絶した黒い背中だけが、網膜に焼き付いている。
「ふふ……あははは!」
セオドリックは、一人で声を上げて笑った。
初めてだ。自分の思い通りにならない変数を見つけたのは。
(いいよ、レイモンド。君が僕を拒めば拒むほど、僕は君を救わなければならないという義務に駆られる。……君が僕の隣で、その毒を吐き続ける未来。……それを実現させるためなら、僕は『王』にだってなってみせるよ)
この日、セオドリック・フォン・ランカスターは決意した。
次期生徒会長の椅子は、学園を導くためのものではない。
「レイモンド・アシュクロフトという獲物」を、合法的に、永劫に、自らの隣に縛り付けるための檻として、手に入れるのだと。




