315.極寒の中の衝突
父であるリック社長が自社や他社の新作にアレコレしている最中、その子である英雄ブライもまた、セプタニマ監督の新作「極北案内人」のため空を飛んでいた。
厳冬期の終わりと共に、彼は鉄道で拠点まで移動する撮影陣を先導し、拠点設置可能な北東の限界で設営した。
撮影に赴いた一団はヨーホー映画ではなく、主たる製作者のアモルメ王立映画公社だった。
ヨーホー映画は一歩出遅れた。
これから起こるであろう撮影延期に製作費の増額にヨーホー映像のセシリア社長が難色を示していたからだ。
「今製作費を2~3億追加なんて言われたらヨーホー映像は、いえヨーホー映画全体が傾くでしょう」
その間に世界の巨匠に期待を抱いたアモルメが撮影班を組織し、製作の主体となる様申し出たのだ。
「リックさん。
あなたの言う逃がした魚は大きかったのか、毒菓子を食べずに済んだのか。
どっちにしろ、これが私の最後の仕事よ」
結局ヨーホー映画は古参のスタッフを送り出す事、キリエリア内の配給を行う事に留まった。
「後は隠居してあなたの新作、特にあの『教育番組』をゆっくり眺めるわね」
「俺の作品見たら、また復帰したくなりますよ?」
「ふふ!楽しみにしてるわよ!」
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アモルメ王国を遥かに超え、北方諸国の国境をも超えた北東部の大雪原。
そこでの撮影は、本物の鉄道敷設軍を動員して、いや、実際の鉄道工事そのものが撮影された。
かつて英雄ブライが先導した北東鉄道の延伸工事だ。
目的地は、大陸の更なる北部へ続く全人未踏の地。
そこには地質学的に有望な鉱物資源があると期待されていた。
この工事現場の撮影に当たって、テンさん監督がチーフ助監として演技指導した。
しかし、寒波が南下してくると気象予報が警告した。
「撤退か待機か。
いずれにしろ撮影は明日は行うべきではありません」
「ここまで来たんだ。可能な限り撮影は続けるぞ!」
だが予報は正しかった。
撮影は中止され、更にその後数日吹雪が続いた。
「これはいい吹雪だ。
ここから、いやこの先数十mくらいで撮影しよう」
セプタニマ監督に英雄ブライが食って掛かった。
「駄目です!死にます!」
「え?何でだよ、すぐ近くじゃないか?」
英雄ブライは前人未踏の地での吹雪の怖さを幾度か体験していた。しかし監督はその手前までしか訪れていなかったのだった。
「この吹雪だと何も見えません!自分がどこにいるかもわからなくなり、命綱も意味を成さなくなります!」
「そこまでの事になならなかった…」
「今まではそうかもしれないけど、今寒波は確実に強くなってるんです!
今この吹雪の中じゃ人間なんて10cm離れただけで簡単に死ぬんだ!」
「ヘッピリ腰だな!」
「そのお陰で俺はいまここにいられるんだ!
死にたけりゃアンタ一人であの中行けよ!」
そう言い放って拠点の入り口を開ける英雄ブライ。
忽ち拠点の灯が見えなくなり、暖炉も消えてしまった。
「行け!行ってさっき言った言葉の意味を知れ!」
「わかった!わかったから落ち着け!」
拠点の入り口付近は、この数十秒の遣り取りで雪だまりとなってしまった。
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吹雪は2日続き、周囲は5m以上の積雪に晒された。
「リッちゃん…じゃねえ、ライちゃんの言う通りだったなあ」
誰もがあの吹雪の中外に出たら命はない、そう実感した。
そして、いつのまにか英雄ブライの呼び方がかつてのクラン撮影所風になっていた。
「いえいえ。
でも、これから帰るので一苦労ですよ。
鉄道連隊から500mも離れてるんですけどね」
「たった500mだろ?!」
「向うもこっちを見失ってるでしょう」
魔導士が火球を打ち上げ、スタッフが除雪を始めた。
「雪の中じゃこの数百mも命とりになるんですよっ!」
ライちゃんも除雪に加わった。
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そんな事がなどかありつつ、アモルメの俳優はブライに感心しつつ、撮影は進んだ。
だが、この年の冬の到来は早かった。
「撤退しましょう、長期予報では恐らく撮影は不可能です」
折角調子に乗って来た所に待ったがかかり、セプタニマ監督はガックリ来た。
「ライちゃんのクルスナントカなら、何とかできないか?」
「外気が低すぎて墜落します。
一度止まってしまったら、あとは氷漬けです」
「様子は見られないか?絶好の撮影条件なんだ」
「恐らくですが、カメラも止まりますよ」
イライラしてきたセプさんがキレた。
「出来る方法を探せよ!
出来ないなんて誰でも言えるんだ!」
だが、外の吹雪を前に、
「いつか、誰かがやるべき事かもしれない」
そう英雄ブライは判断した。
「撤退を命じます。
そして、気候が落ち着いた後に、この吹雪の中でも撮影できる設備を築きましょう!」
「何呑気な事言ってんだよ!折角の吹雪なんだぞ!」
「帰ればまた来ることが出来ます!」
気が付けば、英雄ブライは父親の映画の台詞を叫んでいた。
「…『奇跡の脱出』か。
ありゃ、悪い映画じゃなかったなあ」
「6千万、7千万デナリの追加は要りますが、死んだらそれまでです」
「少しでも撮れねえかなあ、悔しいなあ」
英雄ブライはしきりに無念がるセプさん監督と、こういう時には割とキッパリ諦める父親の違いを実感した。
「自分はどうすべきなんだろうか」
彼は、今まで慎重にやって来た。
しかし心のどこかに、目の前の巨匠の様に、その先に、限界の先に挑んでみたかったのではないか。
そこにしか無い、「本物」があるのではないか。
「行ってみましょう!」
「そ?そうか。よし!」
しかしこの判断は甘かった。
クルス・ボランテスは機動に10分を要し、離陸直後に凍結し不時着。
車内でカメラセットをしている最中に全機能を停止した。
記録された気温は-20度。危険限界を10度超えていた。
乗員4名はクルス・ボランテスを放棄し、全魔力を使った除雪技でキャンプへ撤退した。
親譲りの魔力を全開にした英雄ブライもこの荒天の中で全力を使い切って昏倒した。
そして一行は晴天を見て鉄道連帯まで逃げ込み、撮影を中断した。
「無理を言ったなあ、すまない、ライちゃん」
「決断したのは俺です。皆が無事でよかった…」
「俺一人カメラ担いで行ってたらなあ」
「どっちみち凍死ですって!」
「だがなあ、3年前は」
「その時は今より10度気温が高かったんですよ!」
異常寒波はこの年最強を誇ったのだった。
「そっかあ…」
「こうやって帰って来れたんです、また行きましょう!」
「そっかあ。そうだな!」
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英雄ブライは一旦撮影を離れ、異常寒波の観測へ飛び、各国に対し警戒を広め、晩秋に自宅へ戻った。
「どうだい、あの難物と一緒は骨が折れるだろ」
途中相当無茶をしたという話を聞いたリック社長は、事も無げに聞いた。
「あの人の気持ちはわかるけど、解りたくないなあ…」
「本物を突き詰める人には限界なんてないんだよ」
そう言うリック社長も「1799」の執念を前に、割といい加減な自分に疑問を感じたのか、嘆くように呟いた。
「お父さんは本物を撮りたくないんですか?」
ふと問いかけられた英雄ブライの質問に、これもまた苦々しくリック社長が返した。
「そもそも特撮はニセモノだよ。
でも、時々これじゃ駄目だって撮り直したくなる時はあるよ。
ニセモノにだって本物を志す意気ってもんがあるからね」
「そっか、そうだよね」
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その後、撮影されたフィルムを現像していく中で判明したのだが、あの猛吹雪の中では被写体がロクに写らず、もう少々降雪量が低くないと使い物にならなかったのだ。
そのため、撮影隊は若干早めに出動し、最も困難と思われていた場面を無事撮影し終えた。
「…違うなあ。やっぱり違うんだよ!」
そう言うとセプタニマ監督は一度「使い物にならなかった」とされたフィルムのネガを焼き直す様指示した。
極限までコントラストを強調しつつ、色飛びを抑え、白と灰色と、僅かな空の色が微かにでも出る様に。
「これならいけるんじゃないか?」
そして再度、吹雪の中撮影に挑んだ。
英雄ブライの助言に従って、遭難しない様な設備を基地にして。
主演の二人は死を覚悟したという。
そして冬が空け最後の撮影が行われた。
大自然の雄大さの撮影を終え、その自然を制して未踏の地を踏破した二人の困難だった撮影が完了した。
そして物語の最後の場面が撮影された。
鉄道を敷き、街を拓いた影の恩人である案内人の猟師は、街に住む事は出来ず郊外で野宿の身となった。
ついには仕事にあぶれた工夫によって強打され、金品を奪われて死ぬのだった。
構想実に4年、製作期間2年を費やし、最終的な製作費はやっぱり9億まで膨らみ、公開は撮影に協力した北部諸国から優先して始まった。




