314.「1799」の後継者たち?
「1799」。それは社会現象となった。
それを見る事が一つのステータスになった、貴族も、平民も。
そしてあまりに長く、難解で、途中で襲って来る睡魔と戦いつつ最後の衝撃的な映像の意味を解ったように語るのが知的な人間の嗜みであるかの様に言われた。
そしていつしか映画史上最高傑作とまで呼ばれるまでになったのだ。
そんな評価にはお構いなしで、リック社長は次回作のパイロットフィルムの撮影のため、電子計算機と機械制御の支持棒の操作テストに熱中していた。
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ある日、17th世紀プロのエンリケ社長から悲鳴の様な電話が入った。
「『1799』の撮影に使われたミニチュアやセットが破壊されてしまいます!」
「そんな事許してたまるか!」リック社長は瞬間移動した。
「そのミニチュア全部買うぞ!映画史の、人類史の宝だ!」
「それを言うなら監督に言ってくれ」
倉庫の管理人が我関せずという感じで答えた。
「わかった、だがこの倉庫は17th世紀プロのものだ、破壊するなら四天王に出て来てもらうぞ?!」
「し、四天王?!」
脅しは効いたようだ。
監督は既に後事を代理人に任せたため、代理人経由でのやりとりとなった。
先方の趣旨は
「映像に記録されたものが全てであり、作り物として感じさせるミニチュアやセットは残すべきではない、折角の映像イメージを矮小化させる」
これに対しリック社長は
「全額トリック特技プロが出資し、キリエリア映画博物館に5年間保管する。それ以後の公開については監督の許可があれば一般公開し、映画技術研鑚の教材として、人類の遺産である映画史の偉大な遺物として保存する」
との条件を付けて1億デナリを投じた。
完璧主義者の監督は一度だけリック社長に電話した。
なぜそこまで拘るのか、と。
リック社長は
「だってあの宇宙船も宇宙基地も全部超カッコいいじゃないですか。
画面全部がカッコイイ。何にも残さないなんて寂し過ぎますよ」
あまりに子供じみた単純な理由に呆れつつ、追加条件を出した上で主要なミニチュアやセットが譲渡された。
「ちょっと待て、それを持つべきは我が国じゃ」
更にマキウリア女王陛下の待ったがかかって、新たに建設されるマギカ・テラ王立演劇映画博物館の所有となった。
5年後、その遺産は映画を志す者にとって必見のものとなった。
完璧主義者のスタニス・トゥーニカ監督も、この時ばかりはリック監督の判断が正しかったのか、また何故子供じみた欲望に1億デナリもの大金をポンと出し、しかも他社にポンと明け渡したのか、その真意がわからず大いに悩んだという。
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製作準備が続くトリック特技プロの新作2本。
その噂を聞きつけた新聞業界では
「怪獣を捨てた変節漢」
「敗北の末、二番煎じに堕した旧時代の産物」
とケチョンケチョンであった。
しかしそんな「二番煎じ」との批判など全く意に介する事なく飛び出した者がいた。
そのトップバッターは、例によってショーウェイだった。
古典的名作冒険活劇「ホラ吹き伯爵の世界旅行」の舞台を宇宙に置き換え、しかも行った先々で主人公が悪を懲らす、まさに荒唐無稽な英雄譚だ。
但し、服装や乗り物、異星人やその宇宙船だけは「1799」風である。
そして最後は強化宇宙服に変身し、エリアル合成で光線を飛ばしつつ剣戟を演じる、実にショーウェイ的な展開だ。
更に続いたのはアニメだった。
放送中のゴーレムアニメでは主人公が途中で宇宙へ旅立ち、様々な惑星を探索しつつ敵を倒して行った。
中には地球の古代文明との戦いだったのがイキナリ宇宙人との戦いに路線変更させられたものまであった。
「こりゃもうちょっと企画を練り直そう」
リック社長は急いで企画を見直した。
今やライバルはショーウェイだけではなく、数多いアニメ作品群もまた強力な商売敵となっていた。
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17th世紀プロからまた連絡が入った。
「次回作の予定なし、ご意見を伺いたい」
との事。
行ってみれば
「『1799』が大成功したにも関わらず、監督が『宇宙を題材にした作品はやり切った、もう続編はあり得ない』と言った。
17th世紀プロはゼロから企画を始める必要がある」
との事。
「あのね。
みんながやりたいって思う企画をやればいいよ、それだけだよ」
「しかし、あんな奇抜な発想と大予算を注ぎ込んだ作品は不可能です」
「あれは奇跡の一作だ。マキウリア女王陛下がこの国の未来のため御自らプロデューサーとなって活躍した上に成り立ってるんだよ。
だから、次は気楽に構えて、やりたい事やりゃあいいんだ」
リック社長の言葉に、一同は気が楽になった。
「また、未来兵器が活躍する話をやりたいなあ」
「そう!それでいいんだよ」
リック社長は発言者を励まし、懸念する声にも声を傾けた。
「でも『1799』の後だぞ?相当リアルじゃなきゃ」
「17th世紀プロの詳細な未来兵器特撮はウチの向こうを張るレベルだ。
いや、ウチを超えている部分もある。
自信をもって新作に臨もうよ!」
「今考えられる未来の戦いとは何か。
一同よく考えよう!」
方向性は決まった。
未来兵器が活躍する、想定される現実的かつ娯楽性の高い作品。
一同が志したのはリアリズムだった。
しかし今惑星間航行はあまりに非現実的、せいぜいが宇宙基地か月面基地。
そして昨今、世界各国が飛行機を開発し失敗を繰り返し、中には「まさか宇宙人の宇宙船か?!」と騒がれる例もあった。
その結果、
「既に宇宙人が地球に潜入し、大規模侵略を画策している。
未来の世界各国は秘密裏に対抗手段を構築し、反撃を開始した」
という「ありそう」な話を考え、宇宙戦闘艇、宇宙基地、監視衛星、連絡艇、迎撃潜水艦等がデザインされた。
「そうそう。
これこそ17th世紀プロ作品だねえ!」
現実の軍艦や飛行機、電探基地や電算機室などもロケする予定で、セットは「1799」と現実の宇宙基地の中間にありそうなもので、インテリア性の高いデザインになった。
「こりゃ出来が楽しみだよ!」
「ありがとうございます、リックさん!あなたの励ましのお陰でみんなの肩の荷が下りた気がします!」
「やっぱ『1799』はね、色々特別過ぎるんだよ」
そう言いつつも、リック社長は自社作品の企画に対しては別のアプローチを考えていた。
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「さてこうなるとウチはもっと別の手を考えなきゃね」
自宅に戻って企画会議。
「もう宇宙をひたすら旅する話にしようか」
「いいや、やっぱり時々地上の姿を見ないと、白と黒ばっかりで見ていて落ち着かないよ。色は必要だ」
「ほー、そういう見方もあるか」
「やる事決まってるスプラコスモスの方を先に進めよう、なにしろそっちはフィクションじゃないからね」
「あたし、がんばるよ~」
学院や魔導士協会との協業は今やアイディー夫人の独壇場だ。
学院、そして宇宙公社から、主役俳優に相当する解説者、コメンテイターはアイディー夫人本人かリック社長でいいのでは、というムチャな意見も出たが
「ムリー!ダメダメダメー!!」
当然アイディー夫人は拒否。
「これから宇宙に考古学に生物、医学、学術史へと知は進化する。
その進化の担い手にその役目を頼むべきじゃないかな?」
と、リック社長も辞退。
その結果、「宇宙からの便り」という宇宙観測を物語調に書いた若き学士がコメンテイター、いや主演俳優となった。
彼は学際的で貪欲かつ、難解な理論を他人へ解りやすく伝える天才だった。
「スプラコスモス」の構想を聞き企画書を読むや、彼は急ぎ
「この構成を変更したい」
と訴えた。
「この企画書は尊重しつつ、自分の知識を元に、多くの人に宇宙と地球と人間を知る大切さを伝えたい」
俳優にも負けないキリっとした容姿で、そして熱い情熱をもたぎらせ、学士は言い放った。
「では、執筆と撮影を並行できませんか?」
「もし文脈が変わったり、新たな事実が判明すればやり直しになってしまいます」「では、あなたの著書を待ちましょう」
リック社長もアイディー夫人も、「宇宙からの便り」を読み込み、その非常に解りやすい語り口、解りやすい比喩、そして子供でも学問に疎い人でも引き込む魅力に心酔した。
「これは人間の、『知の探究』への一つの記念碑にするぞ!」
「思ったより大事になっちゃったよ~」
「はは!いいじゃないかディー!俺達がいなくなって学問や技術が止まっちゃったら面白くないよね?」
「でも責任重大ですね」
「今の学問や技術じゃあ限界はあるさ。
でも、宇宙を知りたい、古代から続く知の歴史を繋ぎたい、そんな思いを少しでも多くの人に伝えられたら、俺は趣味を飛び越えて世の中のためになんか良い事した、って事になるんじゃないかな」
「あのなあ…」
「何を今更…」
「それが主だ」
こうして「スプラコスモス」は撮影までもう少し時間がかかる事になった。
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一方の宇宙活劇は、敵を宇宙海賊ではなく、宇宙開拓団と異星人の文明の衝突の戦いと和解の物語へと練り直された。
物語は一話完結ではなく、30分26話の連続ドラマとした。
地球人類の開拓惑星が襲撃され、傭兵団が迎撃に向かう。
既に地球は幾つかの宇宙人と接触、交戦の後和解し、惑星条約会議を組織していた。
今回は既知の宇宙人ではなく、未知の軍事勢力だ。
惑星条約会議は未知の軍事大国との大規模衝突を懸念し、対処を現地に任せる。
地球との戦争で孤児となった異星人の主人公は不満に思うが、まず敵宇宙船を拿捕した。
主人公の宇宙戦闘艇は、ゴーレムの様な作業スタイルに変形出来る。
拿捕した宇宙船は自爆し、乗員も敵愾心をあらわにしてこれに殉じた。
「これは新たな文明の衝突だ!
戦って勝てば終わりという生易しいものじゃない!」
辺境惑星を巡る星間戦争が、いや価値観の異なる世界と世界の出会いが始まった。
描かれた絵コンテはやはり「1799」を意識したもの、実は「昔から変わらないものではあったが、白と黒を基調にし、明暗や画面に迫るカットを意識し、本編セットもインテリア性を重視したという意味では「1799」的であった。
ヨーホーテレビの承認を経て、「ヴェネトステラル」は「宇宙開拓戦」という副題が着いて製作される事になった。
反面、リック監督が本当にやりたかった「スプラコスモス」は製作待機。
製作期間が空いた事で、技術検討中だったビデオ合成、現在の走査線による映像再現ではなく、一度縦横千の画素を超える電機信号にして、毎秒24秒ではなく30秒、または60秒で映像を再構成し、これを加工して合成できないか、という研究がなされた。
しかし、余りに処理する映像信号が多すぎ、電算機が過熱し緊急停止した。
そのため高画質でのビデオ合成を断念し、35mmフィルムによる合成、限られた部分で現在の低画質映像信号でビデオ合成を試行する事とした。
しかしこの低画質ビデオ合成は、短時間かつ安価に合成処理を行うため、王立放送局が期待を込めて出資する事になった。




