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313.「1799:太陽の外側へ」

 国際テレビへの助っ人をこなしつつ、次回作の企画を固めるトリック特技プロに、17th世紀プロからの連絡は続いた。


「本編、クランクアップ」

「特撮、クランクアップ」


 相変わらず結果だけの報告だが

「おー!いよいよ公開だねー!」

 僅かな情報からでも大体の進捗は解る。

 今までと異なるアプローチからの宇宙特撮超大作の誕生を、リック社長は商売敵としてではなく一特撮ファンとして喜んだ。


******


 あの衝撃的な特報に続き、ついに予告編が上映された。


 その短く連続する映像は衝撃的で、美しかった。

 最後に現れる光の洪水もまた意表を突いたものだった。


 その映像美の衝撃は、関係者に留まるものではなかった。

 ただ、「1799」への賛美とセットとなって喧伝されたのは、過去のヨーホー特撮への酷評。


 リック社長が懸念した通り、リック作品は「過去の物」となってしまった。

 実際は彼ら批判者が子供だましと酷評する「スプラグラディエ」「スプラ・ファブラ」に登場する宇宙船や宇宙艇は、「1799」より先に先に恒星間宇宙船のありかたを考証してデザインされたのだが、世論というものは些末の現実に注目するより、嘘でも言葉のインパクトを優先するものである。


******


「製作費が天井をブチ抜いてのう、それこそ外惑星とやらまで突き抜ける勢いじゃ」

 またまたリック邸にやって来てお悩み告発のマキウリア女王。


「ならばボウ帝国が配給権を買いましょう」と、居合わせたカチン大臣。


「ウチいつから迎賓館になったんだろうねえ」

「何を今更仰ってるんです?」

 慣れた手つきでワインを振舞うアイラ夫人。


「やはりリック殿を訪れれば悩みが自然と消えていくのう!」

「あの映画は恐らく宇宙というものをより身近に感じさせ、世の人により広い世界がある事を印象付けるでしょう。

 それこそ、地上の争いなどちっぽけなものだと思わせてくれればよいのですが…」


 このわずかな遣り取りで、国情不安定との事で興行計画から外されていたボウ帝国から2億デナリの費用がポンと出された。


「なんだかまたスゴイ事になってるけど乾杯ー!」

 ソラチムちゃんがすっかり離乳食を食べる様になり、セワーシャ夫人も乾杯に加わった。


「しかしじゃな、我が肝煎りの映画がリック殿への悪口の材料にされるとは心外な」

「俺は何だか新聞ってヤツに嫌われるんですよ」

「ならば『1799』を上回る作品を世に放つより仕方あるまい」


「ええ。一応考えてます」


「ほほう、それは楽しみじゃ」


******


「1799」公開は年内に決まった。


 トリック特技プロの新作は来年春を目指す。

その名も「スプラ・コスモス」、怪獣番組ではなく、天文学、地質学、物理学、更に学問の歴史を解説する半分、それもスタジオの机の前で、ではなく、特撮や世界ロケを駆使して、その場で過去の遺物、大自然に刻まれた覆い隠しようもない天然の遺物の中で、ドラマチックに宇宙と自然を体感して貰おうという壮大な学術番組だ。


 製作費は映画並みの億規模。

 ただ物価換算したら「スプラQ」程度相当だ。


「その話乗った!我が国の学院も参加するぞ!」

「我が帝国の頭の固いもの共にも思い知らせましょうぞ。

 大陸鉄道の運行も長距離航行も、合理的な計算や判断が出来ぬものが多く困り果てておるのじゃ!」


 この瞬間だけで3ケ国合作が決まってしまった。


「凄い勢いで色々決まるわねえ!」

「リックさんはそういう人なんです」


******


 しかし、肝心の最大出資者となるヨーホーテレビから待ったがかかった。


「もっと娯楽性の強いモノできないか?」

「あの難しそうな映画の後に、更に難しい学問番組など送ったところで飽きられないだろうか?」


 まあテレビ番組としては尤もな意見であった。


 ある程度予想していたのか、リック社長は別の企画書を提示した。

「それはそれ、これはこれ。

 こっちは国営放送に持ち掛けるとして、ドンパチ巨編は別にやりますか」


「しかし、あくまでもあの『1799』に引け目を取らない特撮、が大前提ですよ?」

「早速パイロットフィルムの撮影に入りますかあ」


 こうしてリック社長肝煎りの「スプラコスモス」は王立放送局と王立学院の出資で製作される事になった。


 更に宗教について客観視しつつ世界の宗教観を説明し、

「何故人間だけが宗教を持つのか」

という答えの無い問いかけを視聴者に投げかける話では、

「これだけ多くの国が交わる世に在って、避けがたい問いかけである!」

と例によってミゼレ司教が撮影協力と出資に応じた。


 そしてヨーホーテレビでは安息日の19時、レイソン精機アワーを想定して「ヴェネトステラル(星の狩人)」のパイロットフィルム撮影に入った。

 こちらは単純明快な、宇宙海賊から宇宙船団を守る傭兵団の戦い、勧善懲悪の30分ドラマだ。


 しかし『1799』対策とあって従来のミニチュア操演一発撮りから、機械操作のミニチュアが同じ動きを繰り返し、それをカメラが幾度も撮影を繰り返しつつピントを修正し、巨大感と迫りくる迫力を再現する、更に宇宙もホリゾントではなく星と暗黒の空間の明暗を際立たせた背景との合成にする、という非常に手の込んだ撮影法にした。


 そのため「ヴェネトステラル」の方が製作費がかかる想定となった。


 一方「スプラコスモス」の方は、脚本以前に、学院の論文との突き合わせが始められた段階だった。

 リック社長の持っている異世界の「知」の全てをブチ込み、アイディー夫人と必死に検証し、子供でも理解できる様に、しかし格調高く描き上げる。


 音楽は神殿音楽も手掛けていたアスペル師が監修し、必要に応じて既存の神殿音楽や、地方民族の古謡、滅亡した文明の悲劇を描く際には古典演劇の音楽をも流用する構想が立てられた。

 更に宇宙の深遠さをイメージするために、古典的楽器に加えて電子音楽をも演奏に加える試みがなされた。


 撮影に当たっては壮大な自然の姿を描くため、広大な神殿や都市の遺跡を収めるため、無線操縦の小型飛行機にカメラを仕込み、遥か上空から撮影する方法が取られた。

 35mmカメラに加え、操縦用のビデオカメラをも搭載した小型飛行機は小型機とは言えない寸法になった。


 しかしこの試みは報道に、学術調査に、更に軍に使用され、それだけで「スプラコスモス」の製作費が回収できる勢いだった。


 なお、同時にリック社長は「音を左右別チャンネルで放送できない?」とレイソン精機に持ち込み、試作品を先行販売する事にした。

 例によって好事家の貴族が飛びついたのだが、「いっそ大画面テレビはできない物か?」との問い合わせを受けた。

「ガラスで大画面だと嵩が張るから、強力な光源を持った反射投影式テレビなら出来るんじゃないかな?」


 こうして翌年には40インチ、ステレオ音声、重低音ウーファー付きで20万デナリという怪物商品「家庭映画館」が誕生、これもすぐ売れた。

「でもコレ一般家庭には売れないよねー」

「一般家庭じゃなくて役場や病院、人気の食堂や酒場から声がかかってます」

「恐るべし家電市場!!」


 この怪物商品、確かに世間には浸透しなかったが、「家庭映画館」という考え方は人々の夢、憧れとなったのだ。


「リックさん、もう今日はお休みください」

「そだよ~、明日は、『1799』だよ~」


 ついに噂の超大作『1799』の関係者向け70mm試写会が、ヨーホー映画本社、中央劇場で開催された。


******


 その日、ヨーホー映画本社前は試写の招待客だけではなく、正体からあぶれた報道関係者やその姿を見物しに来た野次馬等でごった返した。

「これは中に招待しなくていいですよね?」

「これからの話だからねえ。

 ま、近くで使える食事券でも出して道を塞がない様誘導すると化した方がいいかもね」


 前口上も無く、上映が始まる。

 最初に月、地球が僅かに照らされ、その先に太陽が現れる。

 鳴り響く神殿音楽、過ぎ越しの祭典の序曲が壮大な宇宙の物語の開幕を告げ、観客を圧倒した。


 原始の生命が氷河期に絶滅しかけるが、ほ乳類だけが謎の多面体に触れ、生き残る。巨大な獣に追われていた猿人が、多面体に触れ、地を掘って獣を倒す。

 そして分け前を巡って同類を殴り殺す。


 そして突然宇宙へ、始まる優雅な宮廷の舞曲。


 宇宙基地に向かう定期連絡宇宙船。

 実在のキリエリア航空公社だ。

 優雅かつあまりに美しく、本物の様な迫力。

 宇宙船の操縦席もまた、本物の飛行機の操縦席より遥かに未来的だ。

 かつ、「宇宙迎撃戦」のセットの様な武骨さより、王宮家具会社がデザインしたインテリア性の高く美しい操縦席であった。


 全てがミニチュアとセットの筈ながら、ミニチュアらしさ、セットらしさを感じさせない。


 だが。

「はあ…あ!寝てた!やっぱりこうなった!」


 何しろ3時間近い長尺の大作で、しかも無言のシーンが物凄く長い。

 そして、非常に会話が少なく抽象的な話。

 そして最後の光の洪水!


 閉幕と同時に、拍手喝采だった。

 上映後のサロンでも

「我々は宇宙を旅行した!」

「宇宙の果てにいたのは神なのか、我々より進化した人類なのか?」

と言った意見から


「もう過去の特撮映画はオモチャに過ぎない!」

「あそこに負け犬がいるぞ?」

と露骨にリック社長を誹謗するものもいた。


 文化・芸術を尊ぶ、と自負するものは、こういう誹謗をも愛するものらしい。


 早速新聞記者がリック社長を囲む。


「本作の出来を前に、負けましたか?」

「負けを認めますか?」

 それは質問ではなく詰問だった。


「俺の技術を一切使わずにあの映像を完成させた、これは完敗です。

 この作品の監督以下スタッフの皆様には、心の底から敬意を捧げます」


「では今までの作品はもう昔の物だという事ですか?」

「いやいや。

 俺だったらあの予算と製作期間で2~3本撮るよ、それが俺の流儀だからね」


「それは負け惜しみですか?」

 どうにも予め用意した敗北宣言に誘導尋問している様である。


「物を作る、考えるという事はあなた達には考えの及ばない高度な作業です。

 あなたは明日の朝までに世界を震撼させる記事を3つ書け、でなければクビだと言われたら書けますか?」

「問題をそらすのですか?」

「同じだよ。

 この超大作と俺の作品や考えとはね、条件も志向も違い過ぎるんだ」


 流石に失礼すぎる質問が続いたせいで、過去色々お世話になった貴族や関係者がリック監督へ挨拶に割って入り、無礼な記者を跳ね除けた。


「人の口に建てる戸は無いとはよく言ったもんだね」

「ああ、私だったらブン殴ってますわ」

 知人たちがリック社長を擁護する。


「まあまあ。

 誰だってああいう論調になる程スゴイ映像だったよ、これは時代を変える」

「あなたこそ時代を変える力を持っていたのではないか?」

「ああいう恩知らずな事を良く言えたもんだ」


「そんなの俺には関心ありませんよ。

 俺は彼らの言うオモチャ遊びこそ大好きなんだ、それが俺の特撮だよ」


「はは!やはりリックさんはリックさんだなあ!」

「これからも楽しみにしていますが、出来れば負けないものを一つお願いしますよ!」


******


 この後公開された「1799:太陽の外側へ」は、40億デナリを超える記録を打ち立てた。

 10億デナリの製作費は容易に回収出来、マギカ・テラとしても、最後に出資を決めたボウ帝国としても莫大な収入を得たのだった。


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