311.巨匠とアニメと乾燥麺
映画界最大の巨匠、セプタニマ監督の新作!
この報道は世間の話題を攫った。
往年の傑作の再来を望む声が高まり、出資はあっという間に5億デナリを超えた。
条件は、撮影風景をテレビの広告映像に使うという事。
「俺もテレビなんかに出る羽目に堕ちたか!」
とセプさんはテレビに対する嫌悪感タップリに、しかし金策のためと割り切って条件を承知した。
その一方で、「1799:太陽の外側へ」も遅々としながらも製作は続けられた。
完成した映像の一部は、監督の意志に背いて部分的な映像が特報として公開された。
この時点で製作期間は1年以上超過、消化した予算も数億デナリとあって、宣伝しない訳にはいかなかった。
だがその映像は、人々の想像を遥かに超えるものだった。
近年楽器や音階の進化が著しく、それに伴い神殿音楽も壮大に進化した。
その神殿音楽の序曲をバックに、月、地球、その遥か彼方に輝く太陽が現れる!
そして数秒毎現れる巨大な宇宙基地、何十ものモニターが情報を映し出す操縦席、月面の宇宙都市、巨大な外惑星探査船内の生活、謎の多面体。
僅か30秒の映像に、人々は信じられないものを見たかの様な衝撃を受けた。
「どのカットも実に丁寧に撮影されているなあ」
トリック特技プロでも、ヨーホー映像特技部でもこの映像、30秒特報は研究された。
「合成を使っていない。
強度に明暗を付けた露出で一発撮りで処理してる。
しかも70mmの高画質だ」
「結構バカデカいミニチュアへカメラを近づけて、機械で動きを記憶してピントを是正しつつ撮影しているとしか思えない。
しかも過剰に凹凸が激しいデザインだ」
「物凄い労力に時間、そして予算を注ぎ込んでいるなあ」
「俺だったらその分で別の映画撮っちゃうなあ」
「…それがいいのか、悪いのか、わかんないよ~」
案の定、世間は「1799」に熱い視線を注いだ。
「映画の新時代来る!」
「特撮はもう古い、これからの映像は『1799』だ!」
「キリエリアはオモチャ遊びから卒業せよ!」
「好き放題言ってくれるなあ!」
「そもそも宇宙映画が誕生したのも主の功績ではないか!」
「まあまあ。世間ってものは新しい刺激を求めるモノだよ。
先ずは『1799』が成功しなきゃ、その先が無い。
俺はアチラが何と言おうと成功を信じるし、出来る事があれば応援したいね」
「お人好しねえ」「それが主だ」
「それよりウチの次回作なんですけど!」
色々紛糾したが、リック社長は考え込んでいた。
(向こうにも異世界の特撮の記憶を持ってる人が…
偶然の一致なのか、あるいはある程度映画が進化した先の収斂なのか)
リック社長はこの強力なライバルへの対抗策は考えていたのだが、先ずは先方の成功を祈る事にした。
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一方「極北案内人」。
冬の間に撮影計画を入念に練る予定だったが、
「この冬にしか撮れない映像がある!行くぞ!」
「バカ言ってんじゃありませんよ!」
「バカとは何だ!親に似て失礼な奴だな!」
「今ほど親を誇らしく思った事はありませんよ!」
早速セプタニマ監督と英雄ブライが対立
「仲いいなあ」
「いやダメだろ、セプさんああ見えてナイーブだからな」
結構他人にはムチャを言う割りに、チョットの陰口にも酷く傷つく、面倒くさいのがセプタニマ監督という人だった。
「先ずは今までの記録映像と地図を見て下さい!
それと過去の気象記録!
その中から一番期待できそうな場所、時期、そして往復の計画!
行き当たりばったりで出かけて全員凍死なんて俺が許しません!」
英雄ブライは流石に先々を考えて準備をしていたのだ。
「おお…
流石に大口叩くだけの事はあるな」
「他人の命に責任を負ってるんです。
あなたと同じにね!」
「お、おう」
「ちょっとちょっと!ブライ君!」
スタッフや脚本家がここで止めに入る。
「あの人、思いついた時の勢いで映画を固めていくんだよ!」
「出来るだけあの人の考えを自由にさせてくれないかな?」
一瞬何を、と思った英雄ブライであったが。
余りに死にそうな顔をしている一同を見て、
「解りました。ただ、人命を損なう危険については意見します」
一瞬で色々悟ったのだ。
「監督、冬の間で撮影するなら、天気予報を根気よく観察して、僅かな晴天を狙うという手があります。
後、猛吹雪の撮影なら、半永久的な拠点を夏の内に建設する手もあります。
実際の鉄道敷設計画と過去の気象データを照合して、理想的な場所を探しましょう」
「…解ったよ」
「はい」
(うわあ、面倒な事に巻き込まれたなあ)
英雄ブライは心底後悔したという。
なお、彼は案内費用だけで一千万デナリの報酬を得ていた。
無論その大半はクルス・ボランテスの部品代や輜重、計画立案のための電算機使用代に消えるのだが。
その時彼は、過去の探検に対する各国からの謝礼も合わせて一生困らない程度の財を既に貯えていた。
そしてその膨大な報酬に見合った計画を立案し、また好天を逃さずセプさんを乗せてロケ予定地へクルス・ボランテスを飛ばした。
「もっと下を飛べ!」
「危険です、この高度が限界ですよ!」
「下から見なきゃわかんないんだよ!ここまで来た意味がない!」
「じゃあここで着陸したら第二予定地行きは中止!いいですね?」
「仕方ねえなあ」
こんなやり取りをしつつ、当初予定を前倒しにすべく英雄ブライはロケ地選定を進めた。
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「で、社長!我が社の新企画もそろそろ!」
「宇宙モノで進めるか。でもタイミング的になあ」
「あなたを追い出した他社の事心配するより自分の会社心配して下さいよマッタクー!」
ミーヒャー専務とそんな事を言いつつも、アイディー夫人は電算機相手に頑張っていた。
一つは、「1799」で使用されていると思われる、カメラ操作の機械による記録・再現技術。
もう一つは、それに伴うピントの自動修正技術。
ミニチュアの宇宙船にカメラが近づき、その都度ピントを修正する事でミニチュアの大きさ以上の巨大感を出せる、という構想。
その操作は電算機に記憶させ、更にピントの補正も電算機が対象物との距離を測定して自動で行わせる。
早い話が、子供が飛行機や宇宙船のオモチャを手に持って「ギュイーン!」と目の前に持ってきて遠く離れていく動作を楽しむ。
これを電算機と、それに連動したクレーンが動きを記録・再現し、子供の目と同じ様にピントの補正も電算機とそれに連動したカメラが行う。
ミニチュアを操作する方法、カメラの方を操作する方法。
更には、細かいミニチュアの中に、電算機に操作された小さなカメラが潜り込んでいく方法。
いずれも可能になるという、特撮の概念を覆す技術が開発されつつあった。
勿論、既に特許を出願している「1799」の技術とぶつからない様に配慮されている。
だが、予算が物凄く掛かる。
高速電算機が必要なため、試作品に1億デナリを要した。
「これはね、将来の工業や建設業、図面作製技術にね、絶対必要だよ~」
アイディー夫人は、この「電算機が腕を正確に繰り返し動かす技術」の重要性を理解していた。
「…い、1億デナリの投資を!け!決裁します!ひい~!!」
その重要性と、それゆえの膨大な投資額、それを可能にするリック社長の財力に、ミーヒャー夫人は恐怖を感じた。
「これもう映画の話じゃありませんわー!」
「そういう世界でもあるのだぞ、妻よ」
「旦那様、私もう何が何だかー!」
(なかよしさんだな)
リック社長は気楽であった。
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そんな巨額投資におののくトリック特技プロが懸念していた世間の不景気であるが。
ある程度持ち直していた。
ボウ帝国産の食料品が安価に輸入されて来たのだ。
特に乾燥麺が飛ぶように売れた。
東国の風味を利かせた乾燥スープと合わせて大人気となった。
麺やスープを乾燥させる技術は、例によってリック社長経由レイソン電機の特許であるが、この特許は戦時食、災害支援食に対しては免除され、それがボウ帝国で大量生産され、逆輸入されて来たのだ。
高い栄養素と熱量を含んだこの新食品は若い学士に愛された。
彼らは深夜にカセットラジオを聞いて乾燥麺を茹でて食べつつ学問に励んだ。
しかし乾燥麺の最大の恩恵を受けていたのは、アニメ技師達だったかもしれない。
スプラシリーズ無き今、今やゴーレムアニメはほぼ毎日放送されている人気ジャンルになっていた。
そのため、アニメを志す若者たちがアニメ会社に殺到し、夜通し必死にゴーレムたちの戦いを描いていたのだ。
そんな彼らにとって、すぐ美味しくすごく美味しい乾燥麺は救い主だったのだ。
「駄目だー!!こんなの!許!せ!な!い-ッ!」
リック社長がアニメスタジオに乗り込んだ。
「あ!あなたは英雄で特撮のリック監督ー!」
「乾燥麺の事ですかー?」
「違ーう!!
雇用主は再度深夜残業の禁止!
後夜間残業に対しては!自社内で栄養管理!
これ絶対!このまんま乾燥麺ばっか食ってたら高血圧で病気になるぞー!
野菜も食べなぁだちかんどー!!」
「そんな事したらこのスタジオは潰れてしまいます!」
「若者の健康を害する事でしか生き残れないスタジオなんか潰れちまえー!」
キリエリア初のアニメスタジオ誕生以来、リック社長の主張は変わる事が無かった。
急遽招聘された両者の協議。
結局妥協策として、アニメスタジオ連合が組成され、従業員の労働条件と各社に対する監視体制、そして先進技法の保護、有償での共有に向けて話し始めた。
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この動きは周囲にも伝わった。
「バカモーン!アニメを作っているのはアニメ技師だけではないぞー!」
「そーだ!オラムカムカして来たぞ!」
「キリキリノプリリンコ!」
安価にこき使われて来た声優も抗議の声を上げた。
待遇改善を求め、何と大手声優プロダクションから録音スタジオまで、王都の目抜き通りで大行進を行ったのだ。
警備のため動員された騎士団員。
「え~、これは何の行進なのかな?」
「バカモーン!ワシの声を知らんのか!」
相手は安息日の夕方で大人気の家族アニメのガンコな父親役の声優さんであった。
「はーっ!これは失礼しましたー!」
声の大スターたちと一緒に行進している間に、騎士団員は声優たちの苦労話を聞いたり仲良くなったり、最後に行進が解散する事は整列して敬礼を捧げるまでになった。
こんな社会全体から見れば一隅の出来事に過ぎないアニメ業界の動きだったが。
食料品価格が落ち着き、さらに世間前半に賃上げが広まり、世の中の不況感は徐々に薄らいでいった。
そのため、消費動向が持ち直し、また経済実態と乖離して上昇を続けた物価も落ち着きつつあったのだ。
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「ワシももう財務卿を辞めたいものです」
「何を言う、人々の暮らしを安定させた功労者が」
報告会を終えたザナク財務卿とカンゲース6世国王陛下が冗談交じりに話す。
「本当の功労者は東国擾乱を1週間で解決した上、皇帝直接の収束宣言を放送させたリック君でしょう」
「それはそうなんだがなあ」
「もし彼がいなかったらと思うとゾッとしますなあ」
確かに今の平和も安定も繁栄も、全て気まぐれな一人の少年…すでに40近いのだがそうは見えない英雄の賜物だった。
「我々も負けてはおれん。彼の護ってくれた世の安定を一日でも長く守り続けるのだ。
隠居などまだ早いと思ってくれ」
「一日も早く後進を育て上げます」




