310.巨匠の新作、製作決定
セプタニマ監督、キリエリアへ帰還。
それも、北方未踏の世界を舞台にした超大作の企画を携えて。
そのニュースは世間を賑わせた。
だがその当人は、既に映画の製作が決定したかの様に能天気に白亜の殿堂を闊歩して旧知のスタッフとともに企画を進めていったのだ。
そして夜には、酒と肉を持って鉄道でリック邸へ。
「時計の針が10年巻き戻った感じだなあ」
「あんまり遅くまでバカ騒ぎになるならアタシ先に失礼するからね!」
「私も付き添いますよ」
「待てセワーシャ、俺も…」
「どーせアンタは何だかんだ駆り出されるんだからあの困った人達の面倒見てなさいな」
「え”~?」
すると庭園鉄道が走って来て
「ヨー!リッちゃん!」
「俺も来たぞー!」
「スゴーイ!世界最高の巨匠と大スターがー!」
「妻よ…」
「皆さん、お久しぶりです!」
浮かれるミーヒャー夫人、落ち着いて迎えるアイラ夫人、呆れるセワーシャ夫人、自室で研究中のアイディー夫人。
四者四様であった。
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アモルメ王立映画公社からキリエリアの外務卿宛てに
「この度北方諸国に向け鉄道を敷設する。
その社会的、国際的意義を広めるため、世界的巨匠であるセプタニマ監督の映画に出資する事とした。
ついては、ヨーホー映画の承認と、更なる出資を募りたい」
との意向が伝えられた。
「国同士の騒ぎになっちゃったわ…」
「セシリア様、どうか気負い過ぎぬ様に!
交渉事は私が取り仕切ます!」
セシリア社長の心身を案じたマッツォ社長から総合プロデューサー役を切り出して来た。
そして迎えた製作会議。
「経験上のお話をします。
この作品は10億デナリの予算を超える可能性があります!」
セシリア社長が予定にない事を言い出した。
「それでも資金を調達し切る覚悟があるというのであれば。
我がヨーホー映像は、セプタニマ監督と彼の選抜したスタッフの提供、そして製作費の内3億デナリを用意します!」
過去、何か一つでも気に入らない事があれば撮影が1年でも2年でも伸ばしてしまうセプタニマ監督を良く知っているセシリア社長ならではの宣言に、アモルメ側は驚いた。
「製作費は5億と聞いていたが…」
「そう言うなら倍以上かかると思って下さい。
そう言う人なんですよ、あの人は」
しかしアモルメ側としては、今国際鉄道事業の主導権を握っているキリエリアに対して一矢報いたい、せめて北方貿易に高速鉄道を敷いて北部諸国の主導権を握るなり北国観光を進めるなりして存在感を示したかった。
また、未知の北方部族に対する備えも固めたかったのだ。
20年前とは比べ物にならない国力を蓄えた今、それを成し遂げるのがアモルメの夢でもあった。
「で、何で俺ここにいるの?」
「なんかあった時の調停役よ」
「え~?」
「父上、何回同じ問いをするんですか?」
リック社長と英雄ブライも同席している。
配布されたのは、セプタニマ監督がヨーホーの旧知の脚本家を勝手に呼びつけて書かせた、検討用台本。
内容は既に聞いた通りだが、細部が詰められていた。
森にすむ猛獣との邂逅。森の精霊と讃える老猟師と戯れる猛獣。
豪雪、極寒の中身を護る知恵を持つ老猟師と、それに従う士官。
「これ、どうやって撮影するんですか?」
「あの人の事だ、極寒で猛烈な吹雪の中、スタッフに撮影させるつもりだろうね」
「ここに描かれている描写を読むだけで、不慣れな人なら凍死しかねませんよ!」
幾度も北部探検に向かった英雄ブライの放つ「凍死」という言葉に、一同はまさに凍り付いた。
「下手をすれば石油暖房も止まりかねない、人間を寄せ付けない地獄!
それが北の世界です!
俺は何度もその手前で引き返して来たんですよ?」
「だったらその先に行けばいいだけさ」
セプさんが事も無げに言う。
「俺は探検家です。
多くの人に助けて貰って、未知の世界に向かいました。
俺の使命は、そこで得た情報を持ち帰る事です。
安易にその先なんて言うな!」
「俺は何度か行って帰って来たんだ。
小僧とは経験が違う」
「何人の人を巻き込むつもりだったんだ!
運よく帰って来れたからいいものの、失敗したらあんたは人殺しだ!」
流石は英雄リックの子、世界の巨匠相手に歯に衣着せない。
だが、親であるリック社長が英雄ブライの肩に手を乗せて話した。
「どの程度の防寒対策をするのか、どの程度で撤退するのか。
それが明確に出来なければ、俺はこの集団自殺みたいな企画を黙って見過ごせないなあ」
撮影条件を記した別冊が配布された。
衛星撮影による予報と、通信体制、待機場所の構築。
一応考えられる事は考えられていた。
一読して英雄ブライはある程度納得した。
「許されるなら、この計画に加筆したい」
「おう、やってくれ」
「少なくとも5千万デナリは増額が必要ですよ」
「我らが映画の女神様が何とか…」
「しませんわよ?!」
波乱含みの企画会議となった。
英雄ブライは待機させていた北国調査での協力者に条件書を説明し、早速練り直しを行い、見積に必要な情報、不足している情報を洗い出させた。
「すげえ傑物だなあ、リッちゃんちの子は」
「じゃあ人の息子を小僧とか言うのヤメテ。ウチ出禁にするから」
「ははは。悪かったよ」
「それにしてもさ」
リック社長は検討用脚本の結末に意見した。
その終わりは。
鉄道が完成し雪原に都市が出来る。
故郷が変貌した老猟師は街の生活になじめず乞食となり、ついに大都会からあぶれた移民に略奪され撲殺された。
士官は恩人に齎したものが何だったのか悩み、そのまま終わる。
「そうなるのは分かるけど、王家はよくこれを鉄道開発のタイアップに使おうとしたよねえ」
「接触して日が浅い部族に、選ばせるためだよ。
厳しい自然との共生か、繁栄とそれに伴う変化の受け入れか。
それを訴えるんだとさ」
「冒険だなあ」
事も無げに言うセプさんにリック社長は呆れた。
「ああ。アンタのこぞ…英雄君も連れていくぞ!」
「あの遣り取りの後でそう来たかー!」
「彼しかいないよ。
あの子は俺達を本気で案じてくれている。
だけどな、映画の最高の瞬間ってのは残酷なもんだ。
そこを解って欲しいもんだなあ」
「解った途端、全員凍死だよ!」
この会議はその後も続き、その間にセプさんは英雄ブライへの協力を申し出た。
最初はキッパリ断った英雄ブライだが。
「現地に住む人達に、一方的に開発を押し付けるよりは遥かにいい姿勢です。
だが具体的な計画は、この冬の内に立案する事。
初夏に現地の経験者を訪ねて助言を請う様にします。
鉄道開設を求めるか否かの意見も、その時聞きましょう」
「ほほう。流石だな」
王立学院で思考法を学びつつ逆に非効率や固定観念を打ち破る方法を提言し、システム開発技法を開発した、当世最高頭脳である。
「そして、条件です。
お…私が撤退命令を出したら、直ちに撤退して下さい。
拒否は許しません。危険な時はカメラもフィルムも捨てて人命優先で撤退します。
これは、私からの『命令』です」
「面白ぇ、リッちゃん以上に面倒臭ぇヤツだな」
(ああ。これ結局仲たがいしてブライちゃんが帰って来るパターンだな)
親として英雄ブライを見て、また撮影所仲間としてセプさんの行状を知って、リック監督はそう判断した。
「最悪ブン殴ってでもあの人連れ帰っていいからね?」
「そうするよ」
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検討用台本は素晴らしいものだった。
そしてそれに対する意見も。
「随分変ったものね」
「文明と自然の対比と、結論のない終わりか…」
「アモルメ国王陛下は下手したら反対する集落を迂回して鉄道を敷設するつもりでしょうね」
台本の後ろに隠れている関係者の思いが見えて来る。
「でも、あの完璧主義者がブライと折り合い着くわけないなあ」
「そうなれば撮影期間は伸びるわねえ」
「10億は甘いんじゃないですか?
20億くらいは覚悟しないと」
セシリア社長とリック社長の小声の話だったが、誰もが耳を傾けていて「20億」と言った瞬間全員が二人を見つめた!
「そんな予算誰が出すの?!ウチは出せませんよ!」
「昔はホイホイ出したじゃないですか、コッチが数千万デナリでがんばってたのに」
「それだけリックさんは手堅く期待されてたんですのよ!」
「その所為で1799から出禁食らいましたよ!」
「オホン!
公爵夫人セシリア社長、英雄リック殿。
ナイショ話は別室で願います」
「怒られちゃったー」
「「「ブッ!!!」」」
最近怒られっ放しのリック社長であった。
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製作費はアモルメで3億。
キリエリアだが、2億は集まった、しかし。
「北方鉄道の除雪や高速運転はどうするのだ?」
「今でもテラ・マギカでは豪雪で運休や脱線もあるのだ。
高速鉄道で突き進めるとは行かんだろう?」
「除雪の技術を磨かねば」
「北の果てに何があるのか?資源地帯であれば投資する価値はあるが、何もなければ無駄金だぞ?」
「しかも往来が出来るのは年に数か月だけだ」
ヨーホー公社本社は大騒ぎだった。
「まあアモルメに数億デナリで貸しを作るのも、悪くは無いだろうなあ」
ヨーホー公社の社長でもあるザナク財務卿の一言で、ヨーホー運輸公社から2億の出資が決まった。
こうしてセプタニマ監督久々の超大作「極北案内人」の製作が決定した。




