309.帰って来たセプさん
トリック特技プロは、スプラシリーズを終え、超大作「エクソダス」を成功させ、次回作の企画に入った。
ヨーホー映像特技部はテレビ超大作「大西洋 戦争の世紀」を成功させ、目下パニック・スペクタクル超大作第三作「内海炎上」を撮影中。
近い将来、国内の燃料を石油に頼った場合に起こる、産油国と消費国の格差と怨嗟を背景にし、油槽船を占拠し爆破するという空想サスペンスだ。
油槽船を占領した産油国下層民の要求である、内海深部沿海の石油基地爆破に応えたフリをして、特撮で誤魔化すという、ショーキ監督曰く「男として心に響かない筈がない」シーンの撮影。
夜の大プールで行われ、これまた近隣住民総出で見物。
リック社長一家も見物。セワーシャ夫人と生まれて間もないソラチムちゃん、二人の身の回りを預かるアイラ夫人とジッセイダー家のメイド達は、ヨーホー映画が用意した郊外の保養所へ、付近住民の病人や赤ちゃんを抱えたお母さんたちと一緒に一旦避難。
「波起こしーハジメー!」
プールの水面を、波起こし機と扇風機が海の様な波を再現する。
「ハイヨーイ、スターッ!
1列目ヨーイ!爆破ー!」
一つがかつての王都の城壁内に相当するという石油基地が、ショーキさんの号令一下、大爆発する!
遠くから見ていても熱と音が激しい。
「次、2列目ーっ!ヨーイ!爆破ー!」
ショーキさん、ノリノリである。これ以上ない嬉しそうな顔で爆破指示を出している。
いい加減周囲は冬にもかかわらず凄く熱いのだが、全く気にする様子も無い。
「うわ!臭ッさ!」
石油が焼ける臭いが周囲に充満する。
そう言いつつも、この賑やかな特撮風景、爆発するミニチュア、猛り狂う炎、それらを反射するプールの水面を眺め。
「やっぱりこれが特撮だよ!特撮は!爆発だー!!」
「うわ~!リックきゅんが狂ったよ~!いつも通りだけど~!」
「「「ぶわははは!!!」」」
英雄チームはピルスや発泡ワインを片手に、大いに笑った。
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マギカ・テラからは詳細こそ書かれていないものの
「1799、外惑星探査船航行場面撮影進行」
「1799、外惑星探査船電探機撮影進行」
等々、大雑把な報告が17th世紀プロを引き継いだエンリケ社長から寄せられた。
「当初の予定から3ケ月は遅れているねえ。
来年の公開に間に合うかどうか、いや、あの監督はそんな事気にしちゃいないだろうね」
「その分製作費も上がっちゃいますわね」
他人事とはいえ、かつて共に働いた仲間の事をアイラ夫人は懸念する。
アイラ夫人の懸念を遥かに超え、製作費は既に6憶デナリに嵩んでいた。最終的には8億デナリは超えるだろう。
「まあどう悪く見積もっても10億デナリは稼げるから赤字じゃないよね。
でも10倍で大ヒットっていう見方は通じない。
通じないけど…」
「「「けど?」」」
セワーシャ夫人もアイディー夫人も、アックス達も聞き入る。
「出来次第では絶賛されて俺たちの映画が昔の映画扱いされる事になるかもね」
「「「え~???」」」
今まで、世界唯一の特撮、未来映画を撮り続けて来た自負がその場にいた一同にはあった。
それが、親分格であるリック社長本人から否定される。
「それは面白くねえな!」
「全くよ!ポっと出の、今まで特撮なんて撮ってなかった人に!」
「まあ待て」
意外にも、冷静に言い放ったのはデシアス監督だった。
「今向こう側は撮影技法を次々に考え、特許を取っている。
その大部分は既に主が持っているのと同じ技法だ」
「なんか無駄な事してるだけじゃない?」
「いや。
これを『車輪の再発見』と言うのか?」
「うん」
「あっちは、既存の特撮の概念を打ち破るため、あの監督の頭の中の映像を、無から再現するため、『特撮の再発見』を覚悟の上でやっているのだ。
想像を絶する努力と執念、侮れない」
「じゃ、こっちはどーすんの?」
「黙って見てようよ」
「何でよー!」
何だかんだとセワーシャもリックの努力が無碍にされるのは気に食わない。
「気持ちは有難いよ。
でも、今までの特撮は俺の物ばっかりだったんだ。
もし、10億近い金と1年以上の製作期間があれば。
俺がそれを良しとしなかったせいでもあるんだけど」
「そんな条件なんて今まであり得なかっただろ…」
「今、マキウリア女王陛下が率先して出資を募っている。
だから、俺は黙って待ちたい」
「「「リック」さん」きゅん」「主…」
「だから、黙って見届けよう!」
こうして1799の成功を、リック社長達一同は祈る事とした。
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こんな親のアレコレとは全く無関係に、リック社長の長男、英雄認定されたブライ君…もう18歳、立派な大人である。
英雄ブライは各地で空を飛んでいた。
勝手気ままに飛んでいる訳ではない。
諸国条約からの依頼を受け、各国軍と行動計画や行軍費用を算出し、人工衛星からの気象上を得た上で、自ら作成したクルス・ボランテスを随時改良し、丸々一台分以上の部品を用意した上で無理なく探索しているのだ。
周囲の人々の巻き込み方は、父親以上と言われている。
そんな彼は幾度目かの北方海岸をアモルメ軍と探索し、人工衛星が発見した集落へ着陸した。
すると
「ほー!これがリッちゃんご自慢のクルス・ボランテスって奴かあ!
ホントに空飛ぶんだな!はっはっは!」
流暢な西側諸国語を喋る人が来た…
「って、あなたはセプタニマ監督?!」
親と違って、人の顔と名前を覚えるブライ君であった。
「おう!ブライの坊ちゃんか!
俺はなあリッちゃんにはなあ、色々世話したぞ?!」
(ウソだ…)
英雄ブライにとっては、何かあったらクラン撮影所から鉄道で酒と肉を持って来たウルサイおっさんでしかなかったのだ。
「じゃ、俺をクランまで乗っけっててな!」
「断ります。
俺は…」
「固い事いうなよ」
「俺はアモルメ軍探検隊50人の命を預かってるんです!
先ず軍と国王の判断を伺います!」
英雄ブライは父に似ず、キッチリしていた。
いや、リック社長もキッチリすべきところ、特に人命にかかわる所はキッチリしていたので、親譲りかも知れない。
打診した結果、王命で最優先でアモルメ王都への帰還が命じられた。
軍の探検隊も帰還が命じられた。
即座に英雄ブライは疑った。
(アモルメ王陛下は、まさかこの人に映画を撮らせるお積りか?)
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その3日後。
「よう!」
凍った肉とキツイ酒を持って真っ黒になったセプタニマ監督、セプさんがクラン撮影所に帰還した。
「「「監督ー!!!」」」
嘗てのセプタニマ組のスタッフが駆け付ける。
いや、他のスタッフも駆け付けた。
「おお?何だよ!随分白亜の殿堂も寂しくなっちまったなあ!」
無論、リック社長以下トリック特技プロ組も、英雄ブライから連絡を受けて酒と肉を持って鉄道でやって来た。
その夜は主人がずっと留守だったセプタニマ邸で大宴会となった。
その宴で、セプタニマ監督は快気炎を上げた。
「俺は北国の映画を撮るぞー!
そのために帰って来たんだー!」
「「「おおー!!!」」」
キリエリア映画にこの人あり、映画の最高峰と言われたセプタニマ監督の帰還、そして新作への意欲を、古巣の皆が喜んだ。
同席した英雄ブライだけは、そんな巨匠に懐疑的だった。
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「やあ!これは相変わらずお美しゅう…若々しく…若すぎるというか」
「我が子は私の健康に細心の気配りをしてくれるのですよ。
どっかの行方不明の風来坊と違って!」
早速セシリア社長のお怒りが飛んだが、でもどこか嬉しそうであった。
「随分真っ赤というか真っ黒になりましたね」
「ああ。アッチは別世界でしたよ!それで!」
セプさんは用意していた手書きでただ1部の企画書を広げ、手書きのスケッチ、そしてここに来る前に焼いてもらった写真を示して新作への意欲を訴えた。
「あーちょっと待って!あなたの作品は何億デナリもするんでしょう?
ヨーホー映画の社長、マッツォさんにも説明して下さい!」
「えぇ?マッツォ?あの腐った豚…」
「そのお子さんで似ても似つかない冷静なお方ですよ」
「あのボンボンが社長?じゃ、公爵夫人は…」
「ヨーホー映画グループの映画製作部門、下位の責任者に過ぎませんわ」
「何だとー!あの餓鬼!ブン殴ってやる!」
「お待ちなさい!ちょっと誰かリックさんを呼んで!あとテンさんも!」
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「納得行かない!行くわけがない!
何だよ分社化って!」
「あなたが出奔した間の事です。
その場にいなかったあなたには意見する権利なんてないんですよ?」
「そりゃそうですけど!そうですけども!」
ヨーホー映画が分社化した事も、テレビ映画の方が多くなったことも知らなかったセプさんはしきりに悔しがった。
「まーまー、過去は変えられないよ。
だからこの後何を撮るか、ソッチ行って見よー!」
アッケラカンとリック社長が言い放つ。
その空気読まなささに英雄ブライ君も呆れた。
「お父さん…」
「そうか!そうだな!」
「え?」
「そうだよ、この企画、イケるんじゃない?」
「じゃない、じゃねえ!イケてるんだよ!
早速脚本会議に入るぞ!」
いつものセプタニマ監督が、数年のブランクを無視して帰って来た様だった。
「ちょっとお待ちなさい!昔みたいな予算ないのよ?!」
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数年に亘ってセプタニマ監督が北方諸国を彷徨った末に得た構想とは。
国が極寒豪雪の地に鉄道敷設を決定。
これに先行して調査隊が雪原、山脈に挑む。
しかし有力な敷設予定地は森林地帯と原野が続く場所で、この地域の原住民でも立ち入らない。
調査隊の士官は案内役の猟師と共に踏破に乗り出す。
人間を拒みながら、過酷な世界でも命を育む偉大な自然。
そこに文明を押し通さんと挑む人間。自然を愛し貴びながら生きる人間。
白と青、灰色の世界を70mmの微細で濃密な映像に焼き付ける。
「ついにセプさんも天然色か!」
ヨーホー映画時代からのスタッフの心に火が点き始めた。
「しかしこれ、アモルメが進めてる北国鉄道建設のタイアップですかね?」
「別に王様に魂売った訳じゃないよ!でも金は出してくれるってさ!」
「まあ、ゆる~いタイアップだな」
「見方によっちゃあ乱開発を戒めてる様にも見えるんだが」
「いやあ、人間そんな単純じゃないよ。だから、淡々と描くんだよ!」
確かに製作メモに描かれた人物の姿は、教条的な思想の持主ではない。
王命を果たさんとしながら、北国のあらゆる姿に心奪われる士官。
自然を畏れつつ案内役の仕事を淡々とこなす猟師。
しかし算出された製作費は、何と5億デナリ。
アモルメ王国の支援があって尚、5億デナリ。
最終的には10億デナリに膨らみかねない、いやそれくらいで済めばいい方だ。
「リックさん」
「はい?」
「あなた私が引退するにはまだ早いって言ったの、彼が帰ってくる事解ってて言ったんじゃないでしょうね?」
「まさか、俺は予言者じゃあるまいし」
「とっとと辞めるべきだったわ…」
アモルメの鉄道計画、キリエリアからの直行便の有無を調べ、ヨーホー運輸公社や観光商会と折衝し、資金繰りに腐心する事になるのかと考えたセシリア社長は…
「全部マッツォさんにブン投げようかしら」
と後ろ向きな事を考え始めていた。




