306.新たな消費の起爆剤
トリック特技プロでは郊外の荒野で撮影を続けていた。
困難が迫る度に神への信仰を幾度も無くす愚かな民に預言者が激怒する場面。
それを神にとがめられ、預言者だけは故国の地への立ち入りを禁じられる場面だ。
幾度も神を裏切った民が歓喜の歌と共に故国へ向かう。
預言者を愛し、共にいると誓ったヒロインも、預言者に促され故地へ向かう。
ただ一度、神を蔑ろにする民に怒った主人公だけが割を食う理不尽な結末。
「神の教えっていうのはそういう所にあるんだろね」
広がる暗雲の中、一点だけ光がさす。
荒野で朽ちて死ぬ事を悟った主人公を照らす光だ。
ロケ撮影と曇天の光は作画と光学合成で描かれる。
「ハイカーット!撮影終了!」
「お疲れ様でーす!」「完了デース!」
「「「おおー!!!」」」
本編スタッフも、応募で集まった群衆役の人々も歓声を上げた。
この本編のラストカットに合わせて特撮班が合成素材を撮影し、バーサタイル70を駆使して映像が完成する。
更に雄大な音楽が映像に命を与えて完成する。
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完成間近なのは映画だけではなかった。
リック監督のもう一つの超大作、「株式制度」だ。
商会の価値を株で評価し投資する「株式制度」が開始され、膨大な資金を管理統制する「王立金庫」が設立された。
金貨、銀貨そのものが価値を持つ貨幣制度から、国が発行した紙幣へ交換される。
先行して各領主が個別に行っていた信用紙幣も、各領主の合意の下に王国紙幣へと統一される事が決まった。
消費心理を喚起するため各国とも多めに換金する事となり、相当な税金が導入された。
しかしここに来て王国の期待は大きく外れる事になった。
庶民の多くはそれを消費に回す事なく、節約や貯蓄に回してしまったのだ。
消費増を当て込んでいた各商会は慌てた。
生産量を減らすにも減らせず、売れた分で何とか利益を確保する他なかった商会は、最も安直な道を選ぶ。
値上げ、だ。
戦争が起き不安が広がり値上げした、戦争は終わったが不安は尽きなかった。
株式制度、貨幣制度改革が行われ庶民の手持ちの金は増えたが不安は尽きなかった。
結局不安は不安を呼び、値上げは終わらなかった。
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「あーもー畜生ー!」
「リックさん、どーどー、よしよし」
「そーよねー、あたしらに国や世界の財務の専門家いないもんね~」
「そんなもん1000年経ってもいやしないよ!
経済なんてのは人間の欲次第なんだよ!
景気が良い時にはその裏に欲張りがいるんだー!
景気が悪い時にはその裏に欲張りがいるんだー!」
「どっちもそうじゃない、ねえ」
半ば呆れつつセワーシャ夫人はお腹の中の赤ちゃんをあやしていた。
相変わらずリック邸には撮影が終わって身重になったセワーシャ含め、英雄チーム一同が集まっていた。
「リックさん、あんまり大きな声をだすと、セワーシャ様のお腹の赤ちゃんに障りますよ!」
「あ!ああ…ごめんねセワーシャ」
「いいのよ。あんたはみんなのために怒ってくれているんだし」
「いやただ特撮の予算が底上げされるのがイヤなだけなんだけど」
「ウソおっしゃい。
アンタいなけりゃ世界の暮らしなんかとっくに今頃30年前位に逆戻りよ」
「「「うんうん」」」
そしてリック社長は考え込んだ。
「またまたやって来る不況をブっ飛ばすためにはだなー。
買いたい。
金を払いたいと思わせる商品が必要だけど」
それが一つの答えだった。
「そんなもんあるか?」
「安くてデカイテレビか?」
「自宅で楽しめる映画館?」
「もっと手軽に買える自動車とか」
「今言ってくれたものを全部試そう。
ただ、今すぐ出来るってもんじゃないから、もう少し手近なものも考えよう」
「じゃあ、小型の蓄音機、とか?」
「自動車で音楽が楽しめれば長旅も楽しめるわね!」
「旅先で、野宿でもテレビが見られればいいかもなあ」
「おお、兵も喜ぶ!」
「考え方が騎士団よねえ」
「いやいや。
小型ラジオだけじゃなくて、個人が楽しめる音楽再生機はいいかも知れないな」
「知れない、じゃないでしょう。
そういうの、あったんでしょ?あんたの頭ン中に」
リック社長の誘導尋問にセワーシャ夫人が乗って来る。
「今ならさ、できるかもよ?
磁気テープをちっちゃくして、蓄音機を録音して、自分の好きな音楽だけ集めるとかさ」
「ホレホレ!やっぱりできるんじゃない?」
何故かセワーシャ夫人は食い付き気味だ。
「出来なくはないけど計算機の信号を記録再生するのと、音質を良くして録音再生するのとじゃあ大違いだよ?」
「うーん。無理言っちゃったかな?」
「てか、欲しい?」
「お腹の赤ちゃんにも色々な歌を聴かせたいのよね!」
音盤を取り換えるのが身重になると中々に難しいのだ。
「よし!ここは一つ、聖女様に捧げる、ラジオからもテレビや音盤からも音楽を録音して、磁気テープに録音する、テープ式録音再生機を作るかあ!」
「高すぎると買えませんわね。1万デナリ以内にしないと」
「目標は仕事を始めた若者や、出来れば学士でも買える2~3千デナリだね」
「「「安ッ!」」」
映画も終わったし、やるかあ!
「ちょっと社長!次回作も考えて下さいよ!」
「そうだった!」
「あー、あたしも、次のロケットそろそろ」
「「「ロケットー???」」」
「地球の姿をね、地球を何周かして撮影して、そんな長持ちしなくてもいい、最後地球に落っこちて役目を果たす、そういう短期任務の人工衛星を積むんだよ」
「テレビカメラとフィルムカメラ両方を積んで重くなるからさ、長持ちさせられないんだよ~。
勿体ないけどさ~」
またしても夫婦合作である。
「ブライちゃんがガッカリするわねえ」
「いいえ。ブライちゃんが言い出したんですよ」
「人工衛星と自分で未知の領域を探索するって言うの?」
「後、現地の軍と、ね。
むやみに危険で何もない所に行かずに済むって」
何と親子合作であった。
「はあ~。人の使い方では父親以上ねえ」
「よくそう言われます」
「「「それでいいのか」」」
一同に突っ込まれた。
一応映像用磁気テープもテレビ放送開始後に、音声録音磁気テープも立体音響誕生後に実用化されている。
しかし、べらぼうに高価だ。
よって最大の問題は、いかに安く、そしていかに小さく、出来る事ならいかに音質を良くするか。
音楽用の民生品は、既存の技術の延長でそれなりに上手くいくだろう。
また、新たなロケットで…ロケット自体は今まで同じものだが、本体ロケットの左右に補助ロケットを接続する事で、今まで以上に重い人工衛星を飛ばす事にしたのだ。
衛星は地上を撮影して地上に映像を送る。そして地上でそれを記録し、解析する。
過去に観測された場所から離れ、様々な未知の大地の上空を飛んで、最後は落下、消滅する。
万一に備え、35mmカメラを搭載し、落下時は燃えつきない耐熱素材で切り離され、地上へ帰還する予定だ。
上手く行けばこの地球上の正しい姿を知る事が出来、夜間撮影の出来次第では、未知の街の灯を確認できるかもしれない。
「全部、上手く行けば、だけどね~」
「すごいわディー!きっと上手くいくわよ!」
「それが出来ればみんなの気持ちも上向く、そう祈りますわ!」
世間が暗くなろうとも、このリック邸周辺だけは未来への希望が明るく輝いていた。
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そんな灯は、徐々に形になっていった。
まず、磁気テープ式録音再生機、ラジオ付き。
磁気テープを樹脂製の、手のひら大の箱、「カセット」に納め、放送用や映画用のテープの様な慎重な扱いをする必要がない、素人でも簡単に扱える「カセットテープ」に音楽を記録する。
最初期型は5千デナリ。
他に、これに電気式蓄音機付き、そして2チャンネルステレオ、分離型拡声器のちょっと高い機種。
その代わり蓄音機の曲を磁気テープに録音出来る。複数の音盤を連続して録音し、30分、大判音盤と同じ時間、異なる音盤でお気に入りの音楽を楽しめる。
こちらは1万デナリ弱。
例によって真っ先に貴族層、富裕層が飛びつき、予約は一杯。
レイソン電機は「社会の消費志向を刺激するため」と直ちに設計と製作工程を安価で公開し、他の競争もあって価格は数割落ちた。
各社が発売を始め、貴族子女を中心に売れた。
ただ他社品はレイソン電機の注意事項を無視して安易な大量生産、コスト減に走ったため初期不良が多く、レイソン電機に苦情を申し立てた。
即座に財務卿から「注意事項を守らなかった各社が悪い」と叱責され、技術支援を求めて来た商会には支援を行い、有力貴族をけしかけて来た商会には反訴し、中には立ちいかなくなる電機商会も出た。
このため乱立していた機械商会は大々的に改組され統合され、同時に品質管理の重要さを学ぶ事になった。
更に、2チャンネルステレオを切り捨て、より安価なモノラルラジオカセットテープ録音再生機を開発し販売した商会は、青年層、若年労働者にも売れた。
「思い切りよくモノラルとは、やるねえ」
「てか何でやらなかったんだ?」
「いや、このまま放って置いてもステレオ版の価格も下がるだろうから、それなら買った人が数年後モノラル音源のテープを抱えて、寂しい思いをする様な事したくなくてね」
「それじゃあモノラル版作るなって言えばよかったのに」
「そこは安くても聞きたいかどうか、選択肢が広がったって思う事にしたよ」
リック社長は平然と答えた。
「モノラルのカセットテープも、いずれ大事な思い出になって欲しい。
今この時の思い出は、例え後になって悔しく思っても、金じゃ買えないんだ」
異世界の記憶につられてか、リック社長は遠い目をした。
「ジジ臭い事いうわね」
「それもリックさんの魅力です!」
「そだよー!」
「あ…ゴメンね」
「ていいますか、ホントよくココにきますよねセワーシャ様」
「だってみんなと居た方が落ち着くし楽しいもの」
もうセワーシャ夫人のお腹はすっかり大きくなっていた。
「ぽんぽん、うまれますよー」
「ゆーりかごー、うたうよー、おほしさまーのうたー」
ちびっこ組が歌ってくれる歌を、皆が笑顔で聞きほれた。




