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時計塔の猫  作者: なたでここ
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みんなで歌いましょう

私のお勤めはここから始まります。

誰にも私は止められないでしょう。

止められなかったことが、良かったのか悪かったのか。

今の私にはもう分かりません。

時計塔の中は壁も床もコンクリートでできていました。外よりも1、2度気温が下がったように感じます。入ってすぐ目の前には鉄の板が並んだような階段が続いていました。あんまり頑丈ではなさそうね。


「…トム、いくわよ」


「う、うん」


扉がしまると、先がほとんど見えません。私があらかじめ母さまに教えてもらっていたライトのレバーが壁にあるはずです。それを手探りで見つけ、下へおろすとジジジっと音がして、壁についていたライトがつきました。あわいオレンジ色の光は、少し心もとなく感じましたが仕方ありません。もう立派なレディーなのですから、ちっとも怖くなんてないわ。


階段を一歩一歩進むと、その度にカツーンと足音が響きました。さっきまで外の賑わいが聞こえたのに、今は何も聞こえません。まるであの街とは違うところに来たみたい。唯一聞こえる私とトムの足音と、バケツが揺れる音だけが現実味をもっています。


階段は初め感じたような、気が遠くなるほどの距離はありませんでした。登り始めて2分もしないうちに広い場所につきました。広いと言っても教室と同じくらいでしょうか、私たちが上がって来た階段とは別に左右と目の前に同じような階段が続いています。左右の階段は下りのようです。


「さて、ついにやってきたわね…」


「なんだか薄暗くて…ねえエニス、早く掃除を始めようよ」


怖がりなトムはキョロキョロと周りを見渡して、額には汗が滲んでいます。たしかにそろそろ始めないと、日が暮れてしまうわ。


「じゃあさらに上にいくわよ」


「え、ここから始めちゃだめなの?」


「ダメよ!掃除は上からやるの、学校で習ったでしょう?」


埃は上から積もっていくから、掃除の時も上からやらないと埃が落ちて二度手間になるって先生が言ってたわ。時計塔だって例外じゃないはずだし、ましてやこんなに高い塔なんですから埃は相当上に溜まっているはずです。


トムは何度も引き返したいと言いましたがそんなの私が許しません。街の12歳を過ぎた人はみんなこれをやってきたのです。たった1人の例外なく全ての人がやり遂げてきたのですから、トムだって必ずやり遂げられるはずです。


何度か似たような広間を抜けると、ゴーンゴーンと耳をつんざくような鐘の音が響きました。私もトムも急いで耳を塞ぎます。ここは時計塔の中、1時間ごとに鳴る鐘を忘れてはいけません。いつもはありがたい鐘ですが、今は早く終わってと願うばかりです。


鐘の音は10回、さあ早くしなければ。この階段がいくつ続くのか私は知りません。そろそろ景色にもあきてきて、実は最初の広間を繰り返しているんじゃないかと疑いはじめたころ、やっと先ほどまでと違う場所にでました。

広間というよりも廊下、むしろ橋と言った方がいいかもしれません。今回はコンクリートではなく、足元は階段と同じような鉄ででできていて幅は私がめいいっぱい手を広げたくらいしかありません。その両端には落下防止に柵が、これも鉄でできていました。つまり落下する危険があるということです。


「え、エニス!危ないよ!ここきっと時計塔の機械が詰まってるとこだよ!」


「そうみたいね!でもおかしいわ、1つも動いてない」


私達の立つ橋の外には大きな歯車や滑車、太いパイプによくわからないランプ。その他機械っぽいものがたっくさん!この橋から足を踏み外せば機械に挟まれてしまうかも。でも心配ありません。そのどれもが一切の活動を停止させています。


「鐘が鳴ったのだから時計塔は動いているはずよ。きっともっと奥があるんだわっ!」


その予想は的中しました。さらに奥の階段を上ると、今度は様々な音が聞こえてきたのです。


ガタンガタン

シューシュー

パタンパタン


期待に胸が膨らみます。けれど、その音のする部屋は扉で閉ざされていました。青い烏の描かれた扉です。


「さあエニス、ここが限界だ。掃除を始めよう?」


「…いいえ、もっと上があるわ。いきましょう」


「何言ってるの!?兵隊さんにもここより先は掃除しなくていいって言われただろう!?」


「確かにそうね。でもそれって私達が子供だからってことでしょう?なら大丈夫よ!私がいるんだから!」


意外にも扉に鍵穴らしいものはありません。扉に触ると今までの扉と違い少し暖かく感じます。真っ青なそれは木を掘って作られているようです。少し力を入れると、扉はキシキシと鳴って動きました。


「え、エニスだめだよ。そんなことしたら大人に怒られる…」


「もう、意気地なしね!じゃあトムはここから掃除を始めたら?3時になったらここに集合して一緒にパイを食べましょう?」


「そんなぁ…」


まだトムは何かをぶつぶつ言っていましたが私は構わずに扉を開けました。さっきの倍ほどの大きな音がします。私はもう掃除なんてどうでもよくなっていました。ワクワクが止まりません、はやく、はやくこの先を見たい!


中では忙しく、騒がしく、いじらしく。機械がめいいっぱい仕事をしていました。こんなにドキドキしたのは初めてです!私にはどれがどんな役割を持っているのかさっぱり分かりませんが、その全てがとっても素敵に見えました。


「すごいっ!すごいわ!どうしよう、ずっとここにいたいくらい!」


私はトムにも言ったつもりでしたが、意気地なしのトムはこの部屋へは入ってこないようです。しばらくするとしゅんと肩を落として扉より向こうの掃除をはじめました。その背中は少しづつ遠のいていきます。トムなんていなくたって私は平気。むしろせいせいするわっ!


さきほどと同じような鉄の橋ですが、まっすぐな一本道ではなくいくつかの分かれ道があるようです。さあ!どこを行きましょうか!


鼻歌でも歌いたい気分!機械達と合唱なんてきっと最高よ!誰もやったことないと思うのっ!


「あーっ!」


試しに叫んでみました。その声は機械の音にかき消されてしまったようです。やっぱりマスクがいけないのかもしれないわ。このマスクは食事のときとお風呂の時、それから水浴びのときしか外してはいけない約束です。でも、今は誰も見ていません!ちょっとくらい外したってバレないでしょう。


「私、なんて悪い子なのかしら!でも今日くらいいいじゃない!目の前にこんな素敵なものがあるんだから!」


マスクを外すとあったかい空気がすーっと鼻を通ってきました。きっとあまり気持ちのいいものではないでしょう。でも今は最高の気分なの!


「あーっ!」


もう一度叫んでみました。今回は機械にも負けない通った声が出ました。私の声は反響して、ぎーんっと揺れました。もしかしたら機械がびっくりしたのかもしれません。こんな綺麗な声で呼びかけられるなんて初めてでしょうから!


もう一度一緒に歌おう、そう思ったとき


「にゃぁ」


えっ?


「にゃー」


それは確かに猫の鳴き声でした。私の耳は機械の音に慣れてきているようで、それ以外の音が逆によく聞こえたようです。こんなところに猫がいるなんて、どこかから紛れ込んだのでしょうか?


今の私はとっても気分がいいので、猫の1匹くらいならお家に連れ帰ってあげようと思ったのです。しかし、残念ながらそれはかないませんでした。


「え」


その猫は私が想像した猫より50倍も大きく、黒くてテカテカと湿っていて、あるべきはずの目はなく牙のついた大きな口からぼたぼたと唾液を垂れ流していました。


逃げなきゃと思いました。


いまここから離れなければ、自分はどうなってしまうのか。考えなかったわけではありません。


でも、動くことはできませんでした。私の目はしっかりと彼女を捉えて離しません。彼女に2つの目があったなら、きっと見つめ合うような形になったでしょう。


私はただこう思っていました。


あぁ、なんて


なんて


美しいんだろう。


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