私の街と大事なお勤め
私の住む街は昔数々の戦争によって何度も更地になったのだけど、その広大な更地を利用して多くの軍事開発施設が建てられました。その勢いのまま工業が発達して、今はどこを見ても工場だらけです。
厚く灰色の煙で空は覆われていて、ここ最近青い空を見ていない気もします。おかげで街はいつでも薄暗く、呼吸もままなりません。昔は煙を吸って肺をダメにしてしまう人が多くいたそうですが、今は生まれたときに特殊なマスクを国から支給されるので問題はありません。
日が落ちても気づけないような暗さでも時間だけは分かるように、街には大きな時計塔があります。残念ながら煙で時計盤は見えませんが、1時には1回、2時には2回と鳴る鐘の音があるので安心です。
私はこの街で生まれ、今年で12歳になりました。立派なレディーと言えましょう。今日から私は大事なお勤めをしなければなりません。例の時計塔のお掃除です。この街では12歳になった子供はみなそうしてきました。私の父さまも母さまも、お隣のジーンも、パン屋のシェリーも皆同様にです。たった1年間ではありますが、立派にこなしてみせましょう。何たって今年の12歳は私ともう1人、ぐずでノロマなトムしかいないんだもの。私が頑張らなくてはいけないわ。
今日はお掃除の最初の日。私とトムだけは学校もお休み。なんだかズル休みをしたみたいで特別な気持になっちゃう。街はいつもと同じように薄暗くてけむったいのに、今日だけは少し清々しい気分。
「おーいエニス!おはよう!」
「おはようトム。ちょっと!なによその格好!!」
トムはいつもと同じ、ダルダルのズボンにしわしわのシャツ、こげ茶の上着を羽織っている。歩きにくそうな硬くて大きめな革靴。お掃除するのに適してるとは言えないわ!
「まったくもう、途中で靴を落っことしても知らないわよ?高いところで作業するんだから、私みたいな服装がいいわっ」
この日のために母さまが繕ってくれた紺色のサロペットパンツに白いシャツ。靴は履き慣れたスニーカーを脱げないようにきつく紐を結んであるの。大事なお勤めだもの、服装だって気をつけなきゃ!これもレディーの嗜みよ。
「まあいいわ。たった2人であんな大きな時計塔をお掃除するのよ。足を引っ張らないように気をつけなさいよ」
「はーい、ちゃんとおやつは持ってきてあるから頑張れるよ。朝ママが焼いてくれたパイさ。エニスの分もあるからね」
呆れた!おやつですって?いい歳しておやつが無いと頑張れないなんて、だらしがないわ!
「叔父さんに貰った紅茶もあるよ?3時になったらお茶にしようよ。いつでも余裕をもって、優雅に過ごすのも大人の嗜みだよね」
「……まあいいわ。お掃除の道具を貰いに行くわよ!」
トムの母さまは確かにお料理上手だし、叔父さまが少し有名な紅茶のお店に勤めているのも知っているわ。きっと味は確かだろうし、残すのも失礼だもの、仕方ないわ。
私の2倍もある木の扉をお行儀よくノックすると、ギギギと音がして中から男の人が顔を出しました。この街を守る兵隊さんです。ここはこの町の関所で、いつでも兵隊さん居るので外から変な人は入ってこれないの。関所にはおっきな扉があって、この向こうにはまた別の街に繋がる道があるのです。私はまだここから出たことはないけど、もっと大人になったらきっと外へ行くの。
「やあ、エニスじゃないか。そうか、今年はエニスと…トムの番か」
私の街に子供は少ないので、大人はみんな私達のことを知っています。学校のホームルームだって学生全員の名前を呼ぶのに3分だってかからないのよ。
「おはようございます、兵隊のおじさま。今日から時計塔のお掃除係になりました。道具と鍵を貸してくださいませんか」
「あはは、エニスは相変わらず硬いなぁ。まあトムがぼーっとしてるから丁度いいか」
なぜかトムがマスクの下で照れたようにふふっと笑ったのでギッと睨んでしまいました。誰もあなたのことを褒めてなんていないのよ。兵隊さんはクスクスと笑いながら奥へ入って行きました。帰ってきた時にはアルミのバケツと2本のモップ、雑巾4枚にヘルメットを2つ抱えてきました。兵隊さんは乱暴に私達の頭にヘルメットをかぶせました。
「時計塔は老朽化…まあ古くなってきてあぶないから被っていけよ」
私達は2人の頭には少し大きかったけれどきっちりと顎下の金具を止めました。渡された道具は多かったけれど、トムがほとんど抱えてしまいました。兵隊さんは最後に時計塔の鍵をくれました。銀色の大きな鍵で、私の手のひらの半分ほどはあるでしょうか。木の札がぶら下がっていて、「時計塔裏通路・機械室」と掘ってあります。まだ私には読めないけれど、きっと大事なことが書かれています。
「ありがとうございます兵隊のおじさま。ではこれからお掃除に行ってきます」
「あぁ、いってらっしゃい。分かっているだろうけど、時計塔の上の方は行かなくていいからな。青い烏の扉より先は入るなよ」
「はい、分かってるよ。いってきまーすっ」
トムが手をぶんぶんと振りながら先に歩いて行くので、仕方なく兵隊さんに頭を下げて駆け足で彼を追いました。なんて礼儀知らずなのかしら!それにほとんどの荷物を1人で持って行っちゃうなんて、きっと街のみんなの視線と誉め言葉を独り占めするつもりなのです!
「トム!そんなに急がなくても時計塔は逃げないわ。鍵は私が持ってるんだから、待ちなさいよっ」
「あぁ、分かってるよエリス。でも早く入りたいと思わない?時計塔の中」
「…そうね!」
「あ、ちょっと!ずるいよ!」
あの時計塔の中、今まで見たことがないんだもの!入ってみたいに決まってるじゃない!私が1番のりになるの!トムが後ろでバケツをガシャガシャいわせながら追っかけてくるけど、私には勝てないわ!学校の女の子の中でもかけっこは2番目に早いんだからっ。
時計塔の入り口は関所からそう遠くありません。やっぱり私が1番にたどり着きました。鉄でできた扉は冷たくて、端っこが茶色く錆びていました。触るとポロポロと崩れそうなほどです。
遅れてやってきたトムははぁはぁと息を切らせて、ガシャンと道具を置きました。まったく、体力がないのねっ。
鍵穴はオシャレな猫の飾りで縁取られていました。そこに銀色の鍵を差し込み、右へガチャンと回します。ちらっとトムの方を振り返るとお先にどうぞとジェスチャーしました。レディーファーストだよ。トムのくせにいい事言うじゃない。
重い鉄の扉は意外にも音もなく開きました。




