三話 赤銅の騎士
「最近悩み通しじゃないか」
ふと声がしたほうを見ると、見慣れた銀髪が立っている。
「誰かさんのおかげでな」
「なるほど!まさにいつも通りというわけだな!」
天啓はここ数日、王宮の図書館へと籠もっていた。大恵川の増水の原因を調べるためだが、それ以外にも書物から得るものは多い。ソレイユには継承されなかった技術が山のようにあったが、書物としては残っているものも多かった。といっても、そもそも文字を読めるもの自体が少なかったが。
「で、例の増水の原因はわかったのか?」
リュミエールはどさりと本の山の上に腰をかけた。罰当たりと言いたいところだが、天啓にはそんなことを言う元気もなかった。
「確証は得られていないが、可能性は掴んだよ」
その一言にリュミエールの目が輝く。
「で、どうなんだ!もったいぶらずに早く言え!」
天啓は苦笑して、一冊の本を手に取った。
【七つ峰の伝承】と書かれたその本は、ソレイユにまつわる伝説を記した数少ないものである。天啓はその中のひとつの章を指差し、リュミエールへと手渡した。
「七つ峰の魔手?」
「ああ。山を引き裂く巨大な魔獣さ」
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あるところに、大陸を包むほどの巨大な魔人がいた。
魔人はその威容を示し、ありとあらゆる災厄から人々を守った。
そんなある日、二匹の狼が平原を歩いていることに気がつかず、魔人はその妻のほうを踏み潰してしまった。
残された狼は憤怒し、魔人の体を七つに引き裂いた。
それでも狼の怒りは収まらず、人々は恐怖した。
そんな時、一人の魔女が現れこう言った。
―魔人よ、すべてはお前の罪、お前が心臓をささげるのならば、狼は怒りを静めよう―
魔人が心臓を捧げると、狼はその心臓へと食いついた。
そのとき心臓から無数の蔦が飛び出し、狼の体へと食らいついた。
魔女はその心臓と体を北風に晒し、永久に氷の中へと閉じ込めた。
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「よくわからんな」
リュミエールはすでに眠そうだ。この女はじっとしていることが出来ないらしい。
「まず、この魔人というのはソレイユの七つ峰のことだ」
ソレイユの最北には七つ峰と呼ばれる山脈があった。その壮大な姿はソレイユの象徴であり、豊かな水をソレイユにもたらした。そして、古い時代より、この七つ峰に異変があると、嵐や日照りといった災害が起こると言われている。
「そして大恵川もこの七つ峰から流れる水を源流としているわけだ」
「まさか、この七つ峰の伝説が今回に件に関係あると?すごいことを言い出すな」
「まぁな、だが、もうひとつ気になることがあるんだ」
そう言って天啓は一枚の手紙をリュミエールへと手渡した。
『少し七つ峰へピクニックに行ってきます』
そう一言書かれている。
「ジャンヌか?」
天啓は小さく頷いた。
「調べる必要がありそうだな!」
リュミエールはなにやら嬉しそうな声でそう言った。彼女がこんな顔をしたときは、ろくなことが起こらないことを天啓はよく知っている。
「待て待て、リュミエール、流石にお前を連れて行けば、バルバーニ殿下がなんと言うか…」
「よいよい!責任は私が持とう!」
詰まるところ、彼女は冒険というやつが好きな年頃の少女だということだった。
結局、天啓は彼女に押し切られ、共に七つ峰に向かうこととなった。と言っても、一国の姫君を無断で連れて行くわけにも行かない。天啓はバルバーニの元へと許可を求めに赴いた。意外なことに、バルバーニはあっさりと許可を出した。そのときのバルバーニの同情をたっぷり含んだ顔と言ったら、天啓はため息をつかずにはいられなかった。
ただ、それでも妹を預ける許可を出すあたり、バルバーニは天啓を信用しているようだ。
天啓は二日をかけてしっかり準備をすると、治水工事を親方達に任せ、ソレイユを発った。ともに連れ立つのはリュミエールだが、勿論二人でという訳ではない。
街を出たところで、一人の騎士が待っていた。
「げっ!アニザ!」
仮面を被った騎士だ。その顔は見えないが、赤く染められた髪がたなびき、赤胴色で彩られた鎧が、騎士としての美しさを高めている。リュミエールはその赤胴の騎士、アニザを見た途端に後退りをした。
「お久しぶりで御座います。姫様。今日もご機嫌麗しく」
アニザは跪いて礼をした。
「え、遠征に行っていたのではないのか!?」
リュミエールはかなり驚いた様子で焦っている。
「昨日戻って参りました。それと同時にバルバーニ殿下より勅命を賜りまして。しかし姫様、まずは申し上げたいことがあります」
アニザは立ち上がると、仮面の上からでも分かるほどの笑顔でリュミエールへと近寄っていく。それに対してリュミエールの顔が引きつっていくのがわかる。
「姫様。私がいない間に、かなり好き勝手やっていたようですね」
「ま、待てアニザ、誤解だ!」
「ほう?」
アニザが腕を組んで仁王立ちになる。
「お前が聞いたのはただの噂だ!実際に私がしたことからかなり飛躍しているのだ!」
その言葉にアニザはなるほど、と頷いた。
「ふむ、では、なにかの実験で王宮の一部を吹き飛ばしたというのは」
「あれは実験用のフラスコの火力を少し間違えただけだ!」
「では、農場の牛を逃がして、捕まえるために兵が総動員されたという話は?」
「あれはせいぜい一頭か二頭かという話だ!」
「なるほど。では、先日パーティーで近付いてきた他国の大臣を蹴り飛ばしたという話は?」
「あれはその…相手がそういう性癖の持ち主でな?」
ここまで言ってリュミエールの顔は汗だくになっている。まるで母親に説教される子供である。
そしてアニザはそんなリュミエールの様子を見て頷くと、天啓へと視線を移した。
「では、天啓殿、真相は如何に?」
アニザから溢れる圧力は、天啓に対してもかなりの力強さがあった。リュミエールは天啓に対してなにかを必死にアピールしているが、天啓にしてみればここでリュミエールを庇うメリットはなかった。むしろ、たまには怒られてほしいところである。
「噂の方が真実です」
天啓の言葉に、リュミエールが慌てふためいた。
「ば、馬鹿!なんてことを言うのだ!貴様は自分の主というものを…はっ!」
アニザから殺気が漏れている。
先ほど天啓に向けられたら威圧感とは段違いの気配である。
「姫様。このアニザ、姫様の性分を理解しているゆえ、姫様がトラブルを起こすことに対して、特別思うことは有りませぬ」
アニザの声は比較的穏やかだ。
嵐の前の静けさという奴だが。
「ですが!その事実をまるで子供のように隠し、あまつさえ天啓殿に嘘をつかせようとするなど、言語道断!これは強烈な仕置きが必要なようですな?」
アニザがリュミエールに詰め寄る。
その手には剣が握られており、今にも切りかからんばかりに殺気を発している。
その様子にリュミエールはオロオロと焦り、しりもちをついた。
アニザは幼いころからのリュミエールの教育係だった。
幼いころ母親を亡くしたリュミエールにとっては、まさに母親の代わりというところだ。それゆえ、彼女にとっては世界でも三本指に入る恐ろしい存在である。
「アニザ、そこらへんにしておいてやれよ」
そろそろリュミエールがかわいそうになってきたのか、天啓が口を挟んだ。それとも、流石にこれ以上は本当に切りかかりかねないとでも感じたのだろうか。
「今はまずやることもあるだろ?」
アニザは天啓の言葉に頷くと、腰にかけた剣から手を放した。
「ふむ、確かに。姫様、続きは帰ってからにしましょう」
この赤銅の騎士は分別をよく知っている。
それゆえに、リュミエールも苦手としているのである。
アニザが加わり、三人となった彼らは七つ峰へと向かった。峰の麓までは馬を走らせて三日と言うところで、その行程のほとんどは平原を走る道だ。最初こそ楽しそうに飛ばしていたリュミエールだったが、三日目になるとぶーぶーと文句を垂れながら進んでいた。
七つ峰へと近づくと、途端に森や川が目立つようになる。特に各山から流れ出る川が特徴的で、ソレイユでも有名な観光スポットである。だが、彼らは遊びに来たわけではない。
「様子がおかしい」
道中、ひとつの山から流れてくる川の量を見て天啓がそう言った。
「潤沢に水が流れているように見えるが」
リュミエールは川の流れを見てそう言った。
冷たく、涼やかな水が激しい流れを形成している。
「リュミエールはここまで来たことがないから知らないだろうが、この川はそこまで流れが急ではないん
だ。永氷山の氷は解けることがないことで有名だからな」
永氷山とは七つ峰の中央に位置する背丈の低い山だ。この山の氷は解けず、そしてその住人が排他的であることで有名だった。そのため、王都の力も多くは及んでいなかった。
「ほー、普通雪山と言うのは水が流れやすいものと聞いているがな」
「この山は普通じゃないのさ。しかし、あまり良い予感はしないな」
天啓はこの凍った山に、不吉なものを感じてそう呟いた。




