四話 少女と出会う
麓に着くと、あたりは涼やかな空気が流れていた。一行は馬を引きながら山道を登っていく。山道はひどく濡れていて、雪や氷というものはほとんどが解けかけていた。
「姫様」
ふと、アニザがリュミエールに声をかけた。
その顔は険しい。
「どうかしたのか?」
リュミエールはその言葉に身構えた。
「やはりおかしい。こんなところにこんな気配を放つ者がいるなど」
アニザがそんなことを言った。天啓がリュミエールの傍へと寄り添い、彼女の安全を確保する。
「…姫様、私の後ろへ…」
アニザがそう言いかけたときだった。
不意に物陰から飛び出してきたものがあった。
「覚悟!」
飛び出してきた物体はリュミエールへと一直線に向かっていく、が、それはリュミエールにたどり着く前に中空で弾き飛ばされた。
「なっ!」
地面にたたきつけられると同時に、その圧倒的な膂力によって押さえつけられる。
アニザだ。
彼女は不意の一撃に対し、即座に反応して見せた。
「貴様、何者だ?」
アニザは相手の首を片手で掴んでいる。普通に考えれば女性に首を掴まれた程度では大したことないが、このアニザに掴まれているのでは話が別だ。掴まれた相手はまるで身動きが取れていないうえに、自分を押さえつけているものが誰かを知る。
「お、お前はしゃ…くどうの…アニザ…ぐぅっ!」
「何者かと聞いている」
アニザの手に入る力が強くなる。
「ま、待って…く…」
「待てアニザ。他にもいるぞ」
天啓が道の上に目を移す。
そこには二人、剣を持った男と弓を持った男が立っている。どちらもその身のこなしから、なみなみならぬ気配を感じる。
「なるほど」
アニザは首を掴んだ手を軽くひねった。最初の獲物が気を失う。
「お、おいおい」
「大丈夫だ。殺してない」
異変のある山道でいきなり現れた人物。大事な情報源だ。アニザは次の標的に狙いを定め、まだ剣を抜いてすらいないにも関わらず、圧倒的な気配を発している。
「おい、アニザ。こんなところで剣を抜くなよ?間違えると山自体が…」
天啓が声を発し終わる前にアニザが飛び出した。
「なっ!」
構える間もなく一筋の閃光が一人を打ち上げた。
空中で数回転した後、地面へと落下する。
「さて、最後か」
「かわいそうに…」
決して雑魚ではない。もしここにいるのがアニザでないのなら、最初の一撃でリュミエールは絶命していただろう。だが、そうならなかったのは、まさにアニザがここにいるから、と言うほかない。
アニザが最後の一人に狙いを定める。
「お、おのれ!」
男はおびえながら剣を構えた。
「おい、二人とも」
と、リュミエールが戦いの空気に口を挟んだ。
「どうしたリュミエール」
「いや、なにやらバトルパートを楽しんでいるようなんだが、これでは一方的ではないか」
「「は?」」
周囲に微妙な空気が流れた。
「いや、遊びで戦っているわけではないし…」
「姫様、とりあえずお下がりを…」
するとリュミエールはなにかを思いついたように手を打った。
「そうだ。天啓、お前が戦え!」
「は?」
天啓が間抜けな声を出した。そして苛立ちと呆れが混じっている。
「いや、ほら、たまには戦っていないと腕が鈍るだろ?」
「なんだこいつ…」
「ほらほら、構えないと相手も困っているじゃないか!」
リュミエールが天啓へ戦うようジェスチャーをした。
確かに残った最後の一人も困ったようにぼけっとしている。
「やれやれ…」
天啓が相手を見定め、腰に手を当てた。そこには、手からはみ出るくらいの鉄の筒がさしてある。L字方に曲がったその筒は、並々ならぬ気配を発している。
「では、一発だけ」
「くっ!貴様なに…」
タンッ!
と短い破裂音が響いた。
その音とともに剣を構えた男が崩れ落ち、うずくまりながら腹を押さえている。
「ふう…これでいいか?」
天啓がリュミエールのご機嫌を伺う。が、彼女の反応は予想していないものだ。
「おい、天啓、私の言ってる意味、わかってたのか?」
なにやら不機嫌なようだ。
「私は戦えと言ったのだ!一発で仕留めろとは言ってない!」
天啓が頭を抱えてため息をついた。
「リュミエール、この話はここまでにしよう…」
「おい、待て!私の話を聞け!」
「姫様、いいからとりあえずお下がりを」
言いたいことはたくさんあったが、アニザの方も業を煮やしていたため、話をそこで切り上げた。
「さて、とりあえず俺の打った弾の麻酔が効いているだろうから、こっちの剣士は話せないとして…」
「こちらの奴に聞くか。なに、手加減はしている」
アニザが吹き飛ばした男へ向かって歩き出した。
「さて、お前らのことについて聞こうか」
「…………」
「おい?」
アニザが男をゆする。
だが、反応がない。
「…アニザ」
「ふう、少しだけやりすぎたようだ」
アニザの仮面の下からやっちまった感が出ている。
「なに、手加減はしている。だって…ぷぷっ」
「くっ…!」
リュミエールの煽りにアニザが拳を握った。
「(もう付き合いきれん…ん?この鎧の紋章は…)」
天啓はそんなことを考えながら伸びている三名の様子を見る。彼らの中に、見覚えのあるものがあったからだ。
「とりあえず、これは当分起きそうにないな」
天啓は「どうする?」とリュミエールに問いかけた。
「ま、起きても話すとは思えんし、そこらへんに縛っておくか!」
リュミエールはどこから取り出したのか、縄を使って三人を岩に結びつけた。
「さて、先を急ごう。これは面白くなってきたぞ!」
「いや、情報を引き出してからに…」
「だめだだめだ!こういうときは前進せねば!」
お姫様はなにやらご機嫌である。こういう顔をしているときは、なにかと悪いことを考えている。そのことを知る二人は、お互いに顔を見合わせたのだった。
そこからしばらく山道を歩くと、所々に人が通った後があった。山の麓にはなかったというのに、である。その痕跡は山を登るうちに段々と増えていく。
「ここは・・・?」
先導していたアニザが足を止めた。
なにやら広い空間に出たようである。
「野営の痕跡があるな」
そこには焚き火のあとや、兵士たちが食べたであろう食べ物のゴミがあった。しばらくの間ここにとどまっていたのだろう。他にも壊れた武器や壊れた鎧などが放置されている。
「ん、これは…」
アニザが折れた剣を手に取る。すでに使い物にならないが、その剣には紋章が刻んであった。
「これは、【帝心教会】の紋章か?」
「だろうな、下の奴らの鎧にもその紋章が彫ってあったよ」
「なんだと…!?」
紋章は三人の知るものだった。ソレイユと七つ峰、そして海を挟んだ先にある大国、【大越帝国】。その主要宗教である【帝越教会】の物である。必然的に、ここで野営をしていたのは、その帝越教会のものだということである。つまり。
「侵略ではないか!」
アニザが声を荒げた。
他国の兵士が、自国の領土内で秘密裏に野営をしているのである。
間違いなく侵略行為であり、ひとつ間違えれば即戦争というところだ。
「気づいたならなぜすぐに言わない?」
アニザが天啓を睨み付けた。
「いや、確信がなくてね」
「ほう…」
アニザの睨みに、天啓の目が泳いだ。
「まぁいいじゃないかアニザ。これでなんとなく話が見えてきた。そうだろう?天啓よ」
リュミエールが笑顔でそう言った。フレンドリーに方を組み、非常に楽しそうだ。
天啓は少し頭の中で話を整理すると、リュミエールに答えた。
「解けた万年氷、帝心教会の野営、」
ガサッ…。
天啓が話を言い終わる前に、物陰で音がした。即座にアニザが行動を起こす。
大きな音とともに、草むらに隠れていた人間を引っ張り出した。
今度はやさしく、気に体を押し付けて拘束した。
「さて、次は話してもらえるだろうか…ん?」
「ひっ!?」
アニザは自分が捕らえた人物を見て驚いた。
頭に帽子を被っているため顔は見えないが、どう見ても十三かそこらというところである。
見たところ、戦えそうな体つきもしておらず、武器も持ってはいなかった。
「まだ子供じゃないか?」
そういうと手を放し、少年へと剣を向けた。
「子供だからって、急に手を放しちゃだめじゃないか」
リュミエールが薄ら笑いを浮かべながら近づいていく。少年はおびえている様子で、とてもではないが会話の出来そうな雰囲気ではなかった。
「少年、まずは安心したまえ、とって食ったりはしないぞ?」
おびえた少年の手を握りそう言った。
「お、お前たちも奴らの仲間か!」
少年は掴まれた手を振り払ってそう言った。
「奴ら?」
「そうだ!いきなり俺たちの村を襲ってきたじゃないか!」
「ほう?」
リュミエールがにやりと笑った。その笑みに少年がさらに恐怖の表情を浮かべる。
「姫様、いたいけな少年をいじめるのはお止めになったほうが…」
アニザがそう言って少年に近づく、が、少年はさらに後ずさりをした。
「おや、アニザさん、どうやら怖がられているようですぞ?」
「くっ」
嬉しそうに言うリュミエールの言葉に、アニザも反論ない。仮面の騎士など、私は怪しいですと言っているようなものだ。
「二人ともびびらせてどうするんだ…」
天啓はいつもの呆れ顔で少年へと手を差し伸べた。
「それに、この子は少年ではなく少女だよ」
二人が顔を見合わせ、少年のほうを見た。確かに胸も少し膨らんでいるし、腰つきも女らしさがやや見て取れる。
「なるほど、さすがはソレイユ一のロリコン。少女には目がないというところか」
「あいつの妄言は無視してくれ。俺たちはソレイユの王宮からここを調査しに来たものだ。奴らってのは、ここで野営をしていた連中のことか?」
天啓はなれた様子でリュミエールの言葉を聞き流した。少年改め、少女はまだ恐れている様子だったが、彼らのやり取りが余りに間抜けなのもあって、だいぶ落ち着いているようだ。
「本当に奴らの仲間じゃないのか?」
「もちろん。だから奴らのことを教えてくれないか?」
「…ああ、奴らは奴等は、山の反対側から現れたんだ」
少女の話では、大体一月ほど前に彼らは現れたという。彼らは現れるや否や、この永氷山に住む人々を捕らえ、尋問をしていたというのだ。
「なんて聞かれたんだ?」
「…この地の秘密についてだ」
少女はそう言って目を逸らした。
わざわざ他国に侵略し、現地人を捕らえてまで聞いていることである。当然、彼らの目的につながるものなのだろう。天啓は秘密とはなにか、ということも聞いたが、それについては少女は口を開きそうになかった。
「すまない。村の掟でそれをいうことはできないんだ。」
「なるほど…ふむ。」
天啓は何か思い当たる節があるようだった。
「すまないお嬢さん、ええと…」
「私はニナだ。あんたたちは?」
自己紹介がまだだった、と天啓は自分と二人について紹介した。ニナの目が丸くなる。
「ま、まさか銀鋼姫様!?歩く大災害といわれるあの…あ!こ、これは失礼を!」
頭を深々と下げ、ニナは謝罪をした。まるで旅の御老公の正体を知った町民のような反応である。リュミエールは不思議そうな顔をしていたが、この銀鋼姫に対する反応としては至極真っ当なものだ。むしろ不思議だったのは、こんな山中にもリュミエールのことが伝わっていることだった。
「悪名は広がるということか」
「英名はの間違いであろう!」
リュミエールは自信満々にそう言った。
歩く大災害が悪名でないなら、なにが悪名なのだろうか。彼女は自分の二つ名については、全てポジティブに捕らえているようだ。
「で、天啓よ。なにかわかったか?」
「大体はな。とりあえず、あまりいい状況じゃないことは保障しよう」
天啓はリュミエールのほうを見てため息をついた。
ついで、
「(相変わらず、天命を持つ女だ)」
と、思ったものだった。




