一話 ソレイユの銀鋼姫
【グース半島】。
エウロペ大陸の北西に位置し、その肥沃な大地と海の恵み有するその半島は、その地に住む人々に多くの富を与えた。そのグースに根ざす小国、【ソレイユ王国】はまさに今発展のときを迎えようとしていた。ソレイユの王都【セントレア】では、日夜多くの人々がその力を遺憾なく発揮し、日進月歩を続けている。そんな王都のさらに中心、三つの塔が目を引くその王宮で、なにやらひと悶着起きているようだ。
「ちすいこうじ?」
背丈にしてニメートルを越えるだろうか。その腕は子供の腰ほどの太さもあり、並々ならぬ膂力を備えていることがわかる。が、なにやらその返事は呆けたものだ。
「ちすいこうじっていうと、誰かの血でも吸うのか?」
『………』
その解答を聞く物が二人。一人は頭を抱える少女、もう一人は目を逸らしてその少女の後ろに控えている男である。「ここから逃げ出したい」といった面持ちだ。
少女の名は【リュミエール・エル・ソレイユ】。その白銀に染められた髪は美しく、その銀の目は人を魅了し、その上白く染められた雪のような肌は、この少女の高貴さを際だたせていた。といっても、端整な顔立ちがまさにこの瞬間ゆがみかけているわけだが。
「違います兄上、水を治めると書いて治水工事です。川の流れを治めるための工事をしたいというのです」
「あ、ああ!そっちか!初めからそう言えばよいのだ!」
明らかに意味が分かっていない様子である。
「して、妹よ、急にどうしたというのだ?今はブールとの戦で忙しいというのに」
水などに手をかけている場合ではないだろう、とこの兄は言うのだ。連日の嵐と、それによる被害を見ても、彼はそれがどういう意味を持つのか理解していないようだった。
「兄上、戦の準備も大事ですが、連日の大雨で作物は荒れるばかりです。このままでは、飢餓で民は滅びます」
「あ、ああ、なるほど、そうか、そうなのか」
ここまで説明してやっと、意味を理解したようである。
「しかし、妹よ、今は本当に忙しいのだ。小事に手をかけている場合ではないのだ」
この言葉を聞いたリュミエールは拳を強く握った。その眉がピクリと動く。
「兄上、御安心を。許可さえいただければ、私の手勢のみで行いますゆえ」
口調は穏やかだが、どこかトゲのある言葉である。
「うーむ、そこまで言うならいいだろう」
リュミエールの兄は手元にあった羊皮紙に筆を走らせると、そこに印を押して命令書を書き上げた。
「では兄上、こちらはお任せを。戦のことは勇猛果敢な兄上にお任せしますので」
そう言うと彼女はそそくさとその場を離れ、部屋を退場した。それに従うように、彼女と共に立っていた男も部屋を出る。と、リュミエールの兄がそれに声をかけた。
「お前も大変だな。リュミエールの思いつきに付き合わされて」
兄は妹がいつもすまない、という面もちでそう言った。
その言葉に男が振り返って返答する。
「いつものことですので」
男はそう言って頭を下げると、リュミエールを追いかけた。
さて、二人はそのまま城を出ると、少し離れた屋敷へと移った。このソレイユには珍しい、木造の屋敷である。屋根には瓦が敷き詰められ、壁や柱には立派な木々が使われている。なんでも東の民の家をモデルに作られているらしく、庭には立派な松の木もあった。ソレイユでは【魔女屋敷】と呼ばれ、なにやら親しまれているようだった。
だが、その屋敷の主と、さらにその主人が現れると、周囲の人々は屋敷の傍から引っ込んでしまった。その組み合わせがろくでもないことを知っているからだ。それを証明するように、二人が屋敷に入った途端、けたたましい破壊音が響いた。
「あの脳味噌筋肉馬鹿兄貴がっ!そんなことをしているヒマがないだと!?軽々しく戦争など起こしおって!内事があっての外事であろうに!」
そう叫びながらリュミエールは家中のものを蹴飛ばした。外に聞こえるほどの大声である。こんな声でその国の王を批判する者は、おそらく彼女くらいなものだろう。ついでに言うと、人の部屋のものを癇癪で破壊して回るのも、彼女くらいなものだろう。
「まぁ待てリュミエール。むしろ自分がやると言い出さなくて良かったじゃないか。邪魔をされなくて済む」
「天啓、そういう問題ではなかろう!」
家の主人、天啓はそうやってリュミエールに問い詰められる。
「確かにそうだが、今に始まったことでもないだろ?」
「次の国王があの調子では国が滅ぶわ!蛮勇王などと言われ浮かれおってからに!」
リュミエールの怒りは収まるところを知らない。
結局、家中のものを壊され、天啓は深いため息をつくこととなった。
リュミエールはソレイユの第三位王位継承者である。
ソレイユの【銀鋼姫】と呼ばれ、近隣諸国にその名を知らない者はない。銀鋼姫というのは、彼女の髪が銀色であり、鋼のように強い彼女を称えてつけられた二つ名だ。ソレイユでは銀に特別な意味があり、そういう意味でも、彼女は特別な存在であるといえる。ついでに言うと、彼女はある出来事によって英雄と言われており、名実共にソレイユを代表する(意味は別として)存在であった。
そしてそのリュミエールの兄であり、第一位王位継承者こそが、【蛮勇王】と呼ばれるバルバーニである。彼はその胆力と、豪勇によって、まさに王たるに相応しいと称賛されていた。すでに彼らの父親は病に倒れており、彼が王位を継ぐのは時間の問題である。だが、彼は内政に興味を持たなかった。
「さて、リュミエール。一つ聞いていいだろうか」
天啓は落ち着きを取り戻したリュミエールに問いかけた。
「なんだ」
ギロリと天啓を睨むリュミエール。落ち着いたと言っても、まだ腸は煮えくり返っているようだ。
「我々の手勢で治水に出ると言ったが、バルバーニの言うとおり今は戦争中だ。部下はかなり出払っているし、資材もなかなか確保できないだろう。どうするつもりだ?」
天啓の言うことは最もで、まさにそれこそが課題である。
だが、リュミエールは、さも当たり前という顔でこう言った。
「それを考えるのが、お前の仕事だろう?」
「ああ、そうですか…」
天啓はため息をついた。
「して、どうすれば解決する?」
リュミエールは逆に、そう問いかけた。その顔は、なにやら期待に満ちている。
「まずはしっかりと調査をしよう。というか、人集めからだな」
「なんだ、何か案があるわけではないのか…」
そう言って残念そうな顔をする彼女に、天啓は苦笑するほかなかった。何事もしっかりとした準備が大事だ、と諭してもなかなか納得しなさそうな雰囲気だ。といっても、リュミエールに策があるわけでもない。ここは、まず天啓の出番というところだった。
前回が初話と題したプロローグ、今回が一話となります。
改めて始めまして、謎謎です。
小説の投稿は初めてで、しかも長編という茨の道ではございますが、少しずつでも彼らの物語を紡いで生きたいと思いますので、何卒長い目でお楽しみいただければと存じます。
それでは、今後ともご贔屓に。




