8.あの時の涙を返せ
「…現状を把握したい」
コハルはその後、アカツキとコハルを探していたキーストン家の者に見つけられた。陽気な昼下がりの頃だった。
アカツキは今朝まで眠りについていたベッドに再び横たわり、コハルはカナメから事情を詳しく聴取されていた。
カナメが今朝より眉間に皺が寄っているのはきっと気のせいではないだろう。
「アカツキと君は窓から飛び出した後、大広場の手前まで空を飛んで移動した。そこで君の体が緊張で震えが止まらなくなり、震えが収まるまで側道の木陰で休んでいた。その後は歩いて大広場へ行き、君のお金でサンドイッチを買って、また空を飛び、空から見つけた適当な丘の上でサンドイッチを食べていたところ、アカツキが少し疲れたと言って意識を失った、と。間違いないな?」
「はい、間違いありません…」
カナメは今朝より確実に鋭さを増した紅い瞳をコハルに向け、現状把握を続ける。
「それで、丘でご飯を食べているとき、アカツキは意識不明になった原因を何か話していたか?怪しい人間がいたり、不思議な感覚に陥った話だとか」
「特にそのようなことは仰られていませんでした…」
カナメは質問を終えると、チラリとベッドに横たわるアカツキの方を見やってから溜息をついた。
意識を失った状態で運ばれてきたアカツキを医者に診てもらったが、前回と同じく、息が止まっているわけでもないし命の危機に瀕している様子もない。気になる所も何もない。
今回も『しばらく様子を見ましょう』と診断が下された。
カナメは振り出しに戻ったような感覚を、首を振って追い払う。
(…アカツキ様が眠っている間に意識があったことをご報告した方がいいわよね?でもどう説明すれば…)
意識不明の眠りについていると思っていたら、意識はあった。だけど体を動かせる状態じゃなかった——
(違う…)
コハルはアカツキが倒れる直前に抱いた違和感を思い出していた。
『…働かせられるくらいなら、じゃあもう少し眠っておこうと思って』
(なんだか、体を動かせないというより…)
『…雨が止むのを待っていて良かったよ』
——アカツキはまるで、いつでも起きることができたような口ぶりだった。
(…あら?いつでも起きられる状態だったのなら、どうしてアカツキ様は目覚めなかったんだろう?)
コハルが頭を悩ませていると、カナメが大きく息をついた。
「…まぁ原因はわからないが、一度は意識が戻ったんだ。今回もしばらくすれば目覚める可能性は高い。大体2年以上も心配させたんだ。起きたら以前の倍、働かせてやる」
コハルはギョッとして、思わずカナメに声をかけた。
「あ、あの、そんなに大きい声を出してはアカツキ様に聞こえてしまいます…!」
カナメは訝しげな顔をコハルに向けた。
「何を言っている?むしろアカツキにも聞かせたいぐらいだ。一度起きたんだ、さっさと起きろ、とな」
コハルは慌ててアカツキの方をチラッと見ながら小声で続けた。
「あ、あの…!そんなことを言ったらアカツキ様はまた起きなくなってしまいます…!」
「また…?どういうことだ?」
コハルはアカツキが眠るベッドの方をチラリと見てから、意を決して口を開いた。
「あの…アカツキ様は意識を失っている間も意識があったようなんです」
「…何を言っている?」
「その、とにかく、眠っている間、誰がどのような会話をしていたのか、ご存知なんです」
コハルはアカツキがコハルの名前を知っていたことなど、かいつまんでアカツキに説明した。もちろん、カナメが現状把握の魔王と呼ばれていることを知って寝ながら吹き出しそうになった話や、コハルが晴れた日に起きたらいいのにと言ったことは省略して。
コハルの話を聞きながらカナメは肩を震わせた。
「…では、また起きなくなってしまう、の『また』とは…」
「アカツキ様が意識を失われた初めの頃、カナメ様がまだまだ働いてもらわないと困る仰ったとき…それを聞いておられたアカツキ様は…あの、その……」
コハルは自分の声がだんだん小さくなっていくのを止められなかった。
「働かせられるくらいなら、と起きるのをやめたそうです………」
「っっアカツキ!!!」
アカツキの胸ぐらを掴みにかかるカナメを止めるため周囲が大騒ぎをしていても、アカツキはすやすやと眠ったままだった。




