5.勘違い
柔らかい陽射しが降り注ぎ、時折り、風の精霊から頬を撫でられているのかと思うくらい擽ったく、それでいて心地のよい風が吹いている。
見晴らしの良い丘の上にアカツキとコハルは並んで座り、サンドイッチを食べていた。
「…美味しい」
「お、お口に合いましたようで、何よりです…」
アカツキは薄切り肉が何層にも重なって挟まっているサンドイッチをゆっくり噛み味わっていた。そしてコハルは評判のスイーツサンドイッチを緊張しながら口に運んでいた。
コハルの緊張の原因はもちろん、隣にいる男性——アカツキにある。
2年以上もの長い眠りから突然目覚めてから、大広場でサンドイッチを買おうとするもお金がないことに気づき立ち尽くしてしまうまで、目覚めてからこの上なく慌ただしい。
結局、サンドイッチの代金はコハルが支払った。コハルがお昼ご飯を外で食べようとポケットにお金を入れていたからだ。それでもすべてのサンドイッチを支払うほどのお金は持ち合わせていなかったので、その数は大幅に減らしてもらったが。
サンドイッチを買った後、アカツキは抵抗するコハルを他所にまた横抱きに抱えて飛び立った。
そして空の上から、大広場から少し離れた場所に適当な丘を見つけ、二人で並んでサンドイッチを食べるに至ったという訳だ。
コハルは気づかれぬよう、チラリとアカツキを盗み見た。
透き通るような白い肌、長く艶やかな黒髪、スッと通った鼻筋に漆黒の瞳。陽の光が肌や艶やかな黒髪に反射して全身から発光し、ある種神々しさまで感じる。それが、薄切り肉のサンドイッチを食べている姿であっても、だ。
(たしかに、この容姿なら騒がれるのも無理はないなぁ…)
こんなに美しい男性から、間近で手を握り背中をさすって貰ったら、赤面のひとつやふたつしてしまうのも無理はない。
(少し…どころかだいぶ他人との離感が近い方だったとは…)
そっと息を吐き、コハルが視線を下げた先には色艶やかな花苺が挟まれたスイーツサンドイッチがあった。
(このサンドイッチ、食べるのを楽しみにしていたんだけど…)
花苺を切ると中心から外にかけて色が変化し、断面が花びらのように見えることから花苺と呼ばれている。
甘くて美味しいという評判のスイーツサンドイッチも、この特殊な場面では味がまったくなくなるらしい。そんなコハルの内心とは裏腹に、薄切り肉のサンドイッチを食べ終えたアカツキは次に、肉とチーズが挟まったサンドイッチを食べ始めた。
「…このサンドイッチも美味しい。聞いていた通りだ」
アカツキはそう言ってコハルに向かって微笑んだ。かと思うと何かに気づき、そっとコハルに手を伸ばす。アカツキの人差し指がコハルの口元へ触れた。
「…コハル、口にクリームが…」
そう言ってコハルの口元についていたクリームを指で拭い、その拭ったクリームをペロリと舐めた。
「!!!」
コハルは思わずアカツキに触れられた口元を手で塞ぐ。コハルが動揺するのも構わず、アカツキは微笑みかける。
「…もうクリームはついてないよ」
「お、お見苦しいところをお見せし…」
申し訳ございません、と言いかけ、はたとコハルはあることに気づいた。
(今、『コハル』って呼ばれた——…?)
どうしてアカツキはコハルの名前を知っているのだろう。
コハルは『天才魔術師アカツキ』の存在は知っていたが、意識不明の状態に陥る以前のアカツキとの面識はない。
コハルがキーストン家で働き始めたのはアカツキが眠りについてからで、有名でも何でもないコハルのことをアカツキが知ってる可能性は0だ。
(慌ただしくしていて自己紹介もしていないし、誰かが私の名前を呼ぶのを聞いていたのかしら…?でも部屋には私とアカツキ様しかいなかったし、部屋に入って来たのは駆けつけてきたカナメ様だけだし——…)
コハルがあれこれ考えていると、アカツキが声をかけてきた。
「…髪が解けてしまったね」
「?」
コハルが後ろに手をやると、ひとつに丸くまとめていたはずの髪が解けていた。
「…あら、本当ですね、いつから解けていたんでしょう…」
アカツキが目覚めてからお風呂の準備をしたり、アカツキがお風呂に入っている間に人を見つけてカナメ様に伝言をお願いしたりと駆け回っていたのだ。おまけに2回も空を飛んでいる。
食べ終わったら結び直さないと——…そうコハルが考えていると、アカツキはコハルの解けた髪をそっと撫で、そのまま一房指に絡めた。
「…コハルの髪はとても綺麗だ。陽の光を纏っているように輝いている…」
そう言って絡めた髪に軽く口を付けた。
「ヒュァッ!」
言葉にならない音を喉から出したコハルを見てくすりと笑ったアカツキは、絡めた髪からゆるゆると指を解き、食べかけのサンドイッチを改めて食べ始めた。
コハルは突然のことに動揺しながらもひとつの答えに辿り着いた。
アカツキは、コハルを、他の誰かと間違えている。




