18.襲撃
アカツキの眠る部屋がバレていたとは…!
カナメは執務室から飛び出すとアカツキを寝かせてある部屋へと急ぐ。
今、アカツキは別邸ではなく本邸のある一室に寝かせてある。もちろんコハルの目から隠すためだ。
コハルが怪しいと疑い始めてすぐ、カナメはアカツキとコハルの接触を断つための対策を取った。コハルにはアカツキの身体検査をすると偽り別邸から離れた仕事をさせ、その間に眠っているアカツキを本邸へと移動させた。
執務室からアカツキを寝かせてある部屋は近い。執務室から中央階段を挟んで一番奥の部屋だ。
「一体どうなっているんだ…!」
カナメが立ち止まって見渡すと、アカツキの部屋の扉は壊されており、廊下には女性の使用人が一人倒れていた。
「一人は彼女を保護、後の二人は私と一緒に中へ入るぞ。怪しい人物がいないか確認し、アカツキの安否を確認する」
カナメは引き連れてきた護衛に小声で指示を飛ばし、壊れた扉を静かに踏んでそっと部屋の中に入る。
部屋には、ベッドの上で身を起こし、座っているアカツキの姿があった。
「アカツキ…!起きていたのか?」
カナメは部屋の中を素早く見渡しながら、ベッドに近づく。
他には誰もいない…いや、隠れている可能性もある。それよりもアカツキだ。アカツキが洗脳されている状態なら厄介だ。
カナメの背中を冷たい汗が伝う。そうした中、アカツキが静かに声をかけてきた。
「…コハルはどうした」
「…コハル?彼女がどうかしたか?」
またコハルか…!カナメは下唇を噛んだ。コハルと少しの間引き離しただけではアカツキの洗脳は解けなかったようだ。
「…どうしてコハルがいないんだ」
「…彼女は今、違う仕事をお願いしている」
カナメはアカツキの質問に答えながら後ろの護衛を手で制し、アカツキとの間合いを調整する。アカツキがもしコハルに操られている状態だとしたら、アカツキを制圧できるか——?
「…違う仕事——?なぜだ」
アカツキはカナメに鋭い視線を投げる。カナメの全身から汗が噴き出した。
「ちょっと手が足りない作業ができてね。別にお前はいつも寝ているんだ、少しくらい彼女の手を借りてもいいだろう?」
カナメは素知らぬ風を装い、アカツキを刺激しないよう細心の注意を払う。
「それよりいったい何があったんだ…?ひどい状況だ。現状を把握したいんだが」
アカツキはカナメを睨みつけたまま、右手を動かす。カナメはアカツキの右手から放たれる魔力を警戒し、その射程からさっと体を逸らす。
「…あの女が…」
カナメは目だけを素早く動かして倒れている使用人をチラリと見る。
「あの使用人がどうした…?」
「…俺を襲ってきた」
「何?!」
コハルの仲間か!
アカツキの言葉で倒れている使用人を介抱しかけていた護衛の動きが警戒に変わる。
「魔族か?!その女を厳重に確保しろ!」
幸いにも、使用人は気を失っているようだ。
「お前が倒したのか?大丈夫だったのか?!」
アカツキは倒れた使用人を忌々しげに見ながら呟く。
「…大丈夫なものか。寝ている俺にのしかかり、頬にキスをしてきた」
「…………きす」
「…この変質者め……!」
「「「「………………」」」」
部屋全体の緊張感の色合いが変わった。
一拍置いて、正気を取り戻したカナメは急いで詳細な現状把握に努める。
「あー…アカツキ。お前は彼女に襲われたのか?」
「…あぁ」
「他に彼女の仲間は?」
「…アイツひとりだ」
「彼女がコハルに黒魔術をかけられ操られているという可能性は?」
コハルの名前を口に出した途端、アカツキが怪訝な表情でカナメの方を振り向いた。
「…コハルが黒魔術…?何を言っている。コハルが使える魔力は風だけだ」
「お前は…今のお前はわからないかもしれないが、コハルは黒魔術を使えるんだ」
カナメは険しい表情を浮かべ、唇を固く結ぶ。アカツキはカナメを訝しげに見やる。
「…いや、使えないだろう。何を言っているんだ?」
「違う、お前は操られているんだ、毎日黒魔術をかけられ洗脳されていたんだ!お前、寝ながら意識があるという訳のわからん状態でコハルの声をずっと聞いていたんだろう?!」
「…聞いていた。それがどうした」
「目を覚ませ!お前はコハルに操られているんだ!」
「…何を言っている?……コハルはどこだ?」
アカツキはゆっくりベッドから降りると、立ち上がって部屋の中を見渡す。そんなアカツキの前に、カナメは距離を取って立ち塞がった。
「アカツキ!お前はコハルに、もしくはコハルに扮した魔族に、ずっと黒魔術をかけられ洗脳され続けていたんだ!」
「…話にならない。ここはどこだ?別邸に帰る」
「待て!アカツキ!今はここで大人しくしていてくれ!」
カナメが目配せすると、護衛達がアカツキの周りを取り囲むよう立ち塞がった。部屋の外にも激しい音を聞きつけた屋敷の警備の者達が続々と集まってきている。
「…どいてくれ」
立ち塞ぐ存在を気にすることなく、部屋を出て行こうとするアカツキ。カナメはアカツキの肩を強く掴んだ。
「待て。ここで、大人しく寝ているんだ、アカツキ…!」
「………」
アカツキはチラリとカナメを見ただけだった。無言でカナメの手を肩からどけると、壊れて開けっ放しになっている扉の方へと歩いて行く。
カナメは歯軋りを一度すると、部屋の外に出ようとするアカツキの背中に向かって手を振りかざし思いっきり魔力を放った。
「!!!」
ドゴォンッ!と音を立て、まともに魔力を受けたアカツキは一直線に部屋の外の廊下の壁に激突した。カナメは魔力を弱めることなくそのまま両手をかざし、さらに魔力の圧力を強める。
「……っ!」
周囲の壁からミシミシ軋む音がし、アカツキはそのまま押し潰されるような勢いで壁に張りつけられ身動きが取れなくなった。
カナメは汗をたらし、息を荒げて周りの護衛達に叫ぶ。
「全員でアカツキを確保しろ!アカツキが洗脳されていたら…っ!!キーストン領はお終いだ!!!」
キーストン領は魔物の住処と隣り合わせの地だ。キーストン領を守るためには、魔物に対抗する絶対的な力が——アカツキが必要不可欠になる。
アカツキが洗脳され魔族側に付いてしまったら、キーストン領は一夜にして壊滅してしまうだろう。
——それだけは絶対避けなければ…!
護衛がアカツキに近づこうとした瞬間、ゴウッと強い突風が吹き、護衛は風に煽られ壁に叩きつけられた。
壁に押し付けられていたはずのアカツキは床に膝をつき、ゆっくりと立ち上がった。服は擦り切れ、所々に血が滲んでいる。服の隙間から覗く手足は擦り傷だらけだ。
「魔力を相殺したか…」
唇から流れる血を親指で軽く拭うと、アカツキはカナメを見据えた。
「…カナメ、どういうつもりだ」
「どうもこうもない。俺はキーストン領を守るため、キーストン家当主として必要な行動をしているだけだ」
カナメとアカツキが睨み合う。二人の足元から静かに風が起こり、アカツキとカナメの髪を揺らした。その風は段々激しさを増し、部屋のカーテンを激しくはためかせ、窓硝子をガタガタ大きく揺らす。
「っく!」
威力を増した風は部屋の調度品を吹き飛ばし、窓硝子を割った。
アカツキとカナメの近くにいた護衛はまたも壁に打ちつけられ、物音を聞きつけて集まっていた警備の者達はどんどん風で吹き飛ばされていく。
勝負は一度きり。最初の一撃でアカツキの意識を奪わなければ…キーストン領はお終いだ——…
カナメは深く息を吐き出し、意識を右手に集中させる。
カナメの魔力は高い。トップクラスの魔力を所持していると言ってもいいだろう。しかし、そんなカナメでさえアカツキの魔力には遠く及ばなかった。カナメとアカツキの間にはそれぐらいの魔力差があり——だからこそアカツキは『天才魔術師』と呼ばれるに至ったわけだが。
あとはアカツキが万全の体調ではないことを願うだけ、か。
カナメが手をすっとアカツキにかざす。アカツキの瞳が鋭くなり、さらに風が強く吹き荒ぶ。
「……っ」
猛烈な暴風が吹き荒れるなか、遠くから微かな声が響いた。
誘われるように視線を向けた先に、アカツキは予期せぬ光景に瞠目した。
そこには、両手両足を縛られて床に転がる、淡い茶色の髪の使用人の、後ろ姿があった。




