15.新たな噂
コハルが使用人の宿舎に向かっていると、頭上から短い鳴き声がニ、三度聞こえた。コハルが顔を上げると、真っ白な翼を広げた鳥がコハルに近づいてきた。
「シロ!」
シロはコハルの頭上をくるくる回ると、コハルの正面へと降り立った。
「元気だった?怪我はしてない?」
コハルが膝を曲げて手を差し出すと、シロはとことこ歩いてコハルへ近づいた。そしてコハルの手に、嘴に挟んでいた枝をポトリと落とす。枝には小さく真っ白な花が幾重にも重なって咲いていた。
「きれい…!いつもありがとう、シロ」
コハルはシロの首の後ろを優しく撫でると、シロは目を細め、頭をコハルの手に擦り寄せた。
「ねぇ、シロが好きな木の実が部屋にあるの。食べていかない?」
コハルは宿舎にある自分の部屋のあたりを指差した。シロは理解したのか体の向きを変え軽く地面を飛び跳ねると、コハルの部屋へと飛び立った。
・・・
コハルが部屋へ戻るとシロがカツカツッと窓を突いてコハルが来るのを待っていた。
コハルは机越しに窓を開け、用意していたシロのお気に入りの木の実を窓枠に置いた。シロは木の実を突くと、ひょいと摘み、ごくんと飲み込む。
コハルは椅子に座って机に頬杖をつき、その様子をぼんやりと眺める。
(なんだかすごく疲れたなぁ…)
アカツキが目覚めたのはこれで二度目になる。目覚めたその日にまた意識を失ってしまったが、二度目の目覚めは一度目に比べるとずっと早かった。三度目もきっとすぐに目覚めるだろう。
(次のお目覚めも今日みたいな調子だったら…)
『——コハルの声は心地良かった。まるで陽だまりに包まれているようだったよ』
『——…だめだよ、じっとして』
アカツキの精霊を思わせる繊細な美しい顔がコハルの頭の中を埋め尽くした。
「〜〜〜!!!」
コハルは思わず手に預けていた頭を上げ、固まってしまった。心臓の鼓動が全身に響いて騒がしい。
(…アカツキ様にとって人との距離感が近いのは当たり前のことかもしれないけど、私にとってあの距離感の近さは他人との距離感とは言えないから、もう…)
アカツキの息づかいが耳元で聞こえたときゾクリとした。コハルの頬に触れたアカツキの頬はほんの少し冷んやりとしていて——…それらの出来事が脳裏に再現され、コハルはボンっと顔を赤くした。
(もう、ほんとにやめてほしいわ…!)
コハルが両手で顔を覆う。その様子をシロがきょとんとした顔でコハルを見ていた。
「ご、ごめん、ごめんね、シロ。大丈夫だよ」
コハルはシロの嘴を撫でると、シロは嬉しそうに目を瞑った。嘴を撫でながらコハルは途方に暮れる。
アカツキは噂では無口で無愛想だと聞いていたが、実際の人物は対人距離が近い。いや、近いなんてものじゃない。もはやぴったり密着している。
寝ている間に独り言を聞いていただけで、親しみを感じ、距離感があんなに近くなるなんて。
(アカツキ様はとんでもない博愛主義者ね…)
コハルが深く息を吐き出した時、ドアをノックする音が響いた。コハルがドアを開けると使用人仲間のレイが立っていた。
「レイ!」
コハルが笑顔で迎えると、レイは無表情でコハルの肩に手をかけ素早く全身を確認する。その様子にコハルは苦笑いしながらレイに声をかけた。
「また使用人が攫われた噂が流れたの?」
レイは少し俯いて首を振る。
「…いいえ、もっと酷いわ」
「酷い?」
きょとんとしているコハルに、視線を下げたままレイが続ける。
「アカツキ様は長い眠りから目覚めてからとある使用人にご執心だとか。その使用人はアカツキ様が黒魔術によって意識を失くしている間、甲斐甲斐しくお世話をしていたらしいの」
「………え?」
尚もレイは暗い表情で話を続ける。
「そして今朝、再びお目覚めになったアカツキ様はその使用人へ結婚を前提にしたお付き合いを申し込み、その使用人は承諾したらしいわ」
「ええぇぇぇぇ!?」
驚くコハルを尻目に、レイは顔を上げニコリと笑顔を作った。
「ねぇ、コハル。婚約に至った経緯を詳しく聞かせてくれるわよね?」




