14.怪しいのは
「私は何度現状を把握すればいいんだ?」
「…申し訳ございません」
コハルが眠ってしまったアカツキを下から抱え、途方に暮れていたところをキーストン家の者に見つけられた。眼下に広がる街は陽光を浴び、穏やかな風が吹く頃だった。
アカツキは前回同様、今朝まで眠っていたベッドに再び横たわり、コハルはカナメから事情を聴取されていた。
「君とアカツキは屋敷から歩いて大広場へ行き、サンドイッチを買って大広場の外れにある長椅子で食事をしていた。そして食事の途中、アカツキが眺めの良い場所があると言い、空を飛んで屋敷の裏山へと場所を変え、その後しばらくしてアカツキが意識を失ったということだが。間違いないな?」
「はい、間違いありません…」
眉間にひどく皺を寄せているであろうカナメに、コハルは気まずくて正面から視線を合わせることができない。
「アカツキは昏睡状態に陥った原因を何か話したりは?」
「ございませんでした」
「また原因はわからず、か…」
カナメは軽く息を吐いた。
「他に何か気づいたことは?」
「他に……」
『コハル、このことはカナメ様に報告しなきゃだめよ』
レイはアカツキの距離感の近さについて、カナメに報告するべきだと言っていた。
(…でも、何て言えばいいの?)
『寡黙で無愛想だと聞いていたのですが、アカツキ様は私の口元についていたクリームを指で拭われたり、指に髪を絡めてその髪に口付けをされたり、額や頬を私の頭にぐりぐり擦り寄せたりされました。戸惑ってしまうので、アカツキ様に距離感の近さについてご指摘いただけないでしょうか?』
(え、これを言うの?)
コハルは躊躇した。レイに話すのでさえ躊躇われたのに、雇用主にこの内容を話すのは難しい。
コハルはカナメをチラリと見た。カナメは眉間に皺を寄せたまま、コハルが話し出すのを待っている。
(…仮に話せたとして、カナメ様は私の話をまともに取り合ってくれるのかしら…?)
『寡黙で無愛想というのは噂にすぎない。本来のアカツキは生きとし生けるものすべてに深い愛情と思いやりを持つ博愛主義者だ。距離が近いのがアカツキの通常仕様だ。挨拶みたいなものだ。下心があるわけではない。蟻が相手でもアカツキは撫で回すだろう。君が特別だなんてことはない。むしろただの挨拶を意識している方が自意識過剰な反応と言えるんじゃないか』
(〜〜〜〜〜!)
全然話を取り合ってくれない全否定型のカナメを想像してしまい、コハルはひとり落ち込んでしまった。
(実際、私がおかしいと言われる可能性は十分にある…。その時私はちゃんと自分の意見を言えるかしら…?)
『……じ、自意識過剰だったかもしれません……』
言えなかった。
めちゃくちゃなことを言われているのはわかるが、それを指摘しうまく反論できるほどコハルは話術に長けた性格ではなかった。
(…ま、まずは距離感が近いという話じゃなくて、その一歩手前の、アカツキ様がどうして私と親しいと仰ったのかという話をして、それで様子を見てみよう、うん、それがいいわ)
コハルは前置きを加えることにした。
「ア、アカツキ様が私と親しくなったと仰っていたのは、アカツキ様がお眠りの間、私の独り言をずっと聞いていたからのようです…」
「…そうか」
コハルは部屋に沈黙が広がるのを感じた。
この次にアカツキの距離感の近さについて報告しようとするが、口が重い。
「……以上になります………」
コハルは報告を見送ることにした。
(…言えなかった……)
浮かない顔のコハルを他所に、カナメが眉間の皺を少し緩めた。
「…ところで、君がキーストン家で働き始めたのはいつ頃だったかな?」
思いがけない質問に、コハルは内心小首をかしげながら答える。
「…1年前くらいでしょうか?」
カナメは少し考える素振りを見せたあと、軽く笑みを浮かべた。
「そうか、ありがとう。今日は大変だっただろうからもう仕事はいい。休んでくれ」
「は、はい、失礼します」
コハルは内心ため息をついてアカツキの部屋を後にした。
・・・
コハルがアカツキの眠る別邸を後にし、使用人の宿舎に向かって歩く姿をカナメは窓から眺めていた。
(コハルが怪しい)
今回、カナメは黙ってアカツキとコハルを見送ったわけではない。キーストン家の者数名にアカツキとコハルの後を尾けさせていた。
流石に空を移動した時は追いつけなかったが、向かっている大体の方角がわかったため、前回よりも比較的早い段階で二人を見つけることができた。
アカツキは他人と親しげに会話するような性格ではない。ましてや女性とは話すどころか冷たくあしらっていたほどだ。
それがどうだ。原因不明の昏睡状態から目覚めてからというもの、やけにコハルという使用人にこだわる。
(独り言を聞いていただけであんなに心を開くとは考えられない。黒魔術で洗脳したか或いは操っているか…)
窓の外では、足を止めたコハルと、コハルの頭上を飛び回る白い鳥の姿が見えた。目をすがめてその様子を見ていたカナメは、視線を逸らして部屋に控えていた者に告げた。
「部屋に戻る。追跡していた者への現状把握を行う」
カナメは踵を返した。真っ直ぐ部屋を出ようとしたが、途中ベッドで眠るアカツキをチラリと見やる。
「…自分を開け渡すなよ、この馬鹿」
放たれた言葉はアカツキの耳に届くことなく、カナメの足音に溶けて消えた。




