地下書庫
ルシアンに先導され、クラリスは塔の地下に足を踏み入れた。
「地下は三階まで書庫になっているんだ。主に歴史書や国政に関わる資料が保管されている」
「私が見てもいいんですか?」
「地下一階にある資料はすべて帝都の図書室にも写しがある。帝国民なら申請すれば誰でも見られるものだよ。君を外に出すことはできないから、ここで我慢してほしい」
ルシアンの説明によると、塔の地下が書庫にされたのは5年前で、当時からずっとルシアンが管理をしているらしい。中に入ると、古い紙とインクの匂いが鼻腔をくすぐった。
整然と並んだ書架は天井近くまで隙間なく資料が並べられている。奥には扉があり、そこからさらに地下へ行けるのだろう。
「二階以降はあそこの扉から降りられるけど、管理の難しい貴重な資料もあるから鍵がかけてあるんだ。間違って入らないようにね」
ルシアンが指さした先には、頑丈そうな木の扉がある。クラリスが閲覧できるのは一階のみとはいえど、ここにある資料を調べると考えただけでもめまいがしそうだ。
「さて、何を調べようか?」
あまりの壮大さに呆然としているクラリスにルシアンは問いかける。どうやら資料を見せてくれるだけでなく、探すのも手伝ってくれるつもりのようだ。確かにこの膨大な量の資料を端から見ていくというのは非現実的だが、クラリスはどこから手を付ければいいのか見当がつかなかった。
「彼らは皇帝を害そうとしたわけではないと思います。私はマリウスに育てられたけど、その中で帝国に対する強い負の感情を感じたことがありません。もちろん、帝国や皇帝が讃えられるのを聞いて複雑そうな顔をすることはあったけど。でも、マグノリアを滅ぼしたのは前皇帝であって、今の皇帝ではない。当時子供だった皇帝を今になって殺すのは筋が通らないし、彼らはそんなことをする人じゃない。だから他に理由があるはず」
マリウスたちが皇帝を害そうとしたのなら、皇帝は話を聞くなどと言わないだろう。その場で斬られて終わりでもおかしくない。ルシアンは真摯にクラリスを気遣ってくれていて「手荒な真似をしない」という言葉がいい加減な慰めではないと信じられた。彼らを助けなければと焦る気持ちはまだあったが、今は他にやるべきことがある。
「マリウスがどうして皇帝に会おうとしたのか、私はその理由が知りたい。でも、一体どんな資料を見ればわかるんでしょう」
「彼らはマグノリア王国の旧臣だ。マグノリアと帝国の一番大きな接点は16年前、皇帝がマグノリアを滅ぼしたこと。他に思い当たることがないのなら、まずはその時期の資料を見てみよう」
ルシアンは迷いのない足取りで奥に向かう。クラリスは慌ててその後をついて行った。
ルシアンが見つけた資料を閲覧用のテーブルまで運ぶ。未整理のものもあるらしく、書籍の他に木箱に入れられた紙束もあった。いくつか取り出してみると、未整理のものは大きさも紙質もバラバラで全く統一感がない。皇室の正式な文書以外にも、民間の新聞やビラが入り混じって保管されていた。
クラリスが物心ついた頃には、マグノリア王国はとっくに帝国と呼ばれるようになっていたため、祖国を失ったという感覚は薄い。しかし、こうして資料を紐解いていくと当時の混乱をうかがい知ることができた。一日に何度も刷られたらしい新聞記事、真偽の怪しいビラ、顔の部分が黒く塗りつぶされた肖像画。何が必要な情報なのかもわからないので、ひたすら目を通していく。
その中で、ある新聞の記事に目が止まった。その新聞社はマグノリアが帝国になってからは帝都新聞と名を変えているが、ただのゴシップは取り扱わず信頼性の高い記事を載せると評判のところだ。記事はマグノリア国王夫妻の処刑の様子を報道したもののようだ。国王は処刑の間際、バルコニーに立つ皇帝を呪ったという。記者は国王の治世を讃え、このような為政者が臣下の裏切りによって命を落とすのは残念なことだと締めくくっていた。
「この、マグノリア貴族の中に裏切り者がいたというのは本当なんですか?」
ルシアンがクラリスの持っている記事を覗き込む。それから、同じ新聞社の記事を選び出し、クラリスの方に寄せてくれた。
「僕も当時のことを詳しく覚えているわけではないけど、その話は聞いたことがある」
「マリウスはその貴族が誰なのか知りたかった、ということはないでしょうか」
「その可能性は低いんじゃないかな。裏切り者を見つけるだけなら、そう難しいこととは思えない。マグノリアから帝国に残っている貴族の家は限られているからね。皇帝に接触するよりも貴族に接触するほうが簡単だ」
ルシアンは指先でとんとん、と記事の一面を叩いた。そこにはある式典の様子が載っており、新しく帝国貴族に加わった家柄について紹介されていた。
「彼らが知りたいのは、ここには書いていないことのはずだ。調べてわかることなら危険を犯して皇帝に会いに来たりはしない。何が書かれていないのか、それを考えなければ」
ルシアンは真剣な表情で紙面を見つめる。クラリスのためだけではなく、ルシアン自身の答えを、そこから見出そうとするかのように。




