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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン
第二章

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一族根絶

 「有村鉄次郎の親類縁者は根絶やしにしろ」


 それが幕府が下した決断だった。


 処刑された三人以外にも、有村の親類には同志がいるかもしれない。そうして、また暗殺やら暴動やらを起こすかもしれない。


 お上はそれを恐れた。処刑された三人は、皆有村の親族だった。一族全体が反乱分子ではないかという疑いを捨てきれない。


 永爽家の例もあって、幕府は絶対に反乱が起きないように、一族を根絶やしにすればいいと考えた。それが一番安心できると。確実な方法だと。


 家族と共に暮らすシキのもとに、断りもなく役人が押し入ってきたのは、雪の日のことだった。


 父と母、8歳の妹と共に昼飯を囲んでいたシキは、突然侵入してきた役人たちに「何なんだお前ら!」と怒鳴ったが、彼らは無視。


 当時13歳になっており体つきも男らしくなり始めていたシキを、まず多勢で押さえつけた役人たちは、続いて怯えて動けずにいた家族を拘束する。


 和やかな団らんが一瞬で殺伐とした場面に変わってしまった。茶碗はひっくり返り、汁物に入っていた大根は役人の足に踏みつけられ、ぐちゃぐちゃになる。


 恐怖と不安に声を上げて泣き出した妹の背をさすることもできずに、シキたちは牛車に乗せられた。


 手足を縛られ口に布を突っ込まれたまま、家族は互いに目と目を交わし合う。


 幼い妹は、怖くて怖くて仕方ないのだろう。涙をポロポロとひっきりなしに流していた。


 これからどこに連れて行かれるの? 私たちどうなっちゃうの?


 そんな涙声が聞こえてくるようだ。しかし、こんな状態では元気づけることもままならない。


 シキは身を縮めながら、早く解放されることを願うしかできなかった。


 しばらく牛車に揺られて連れてこられた場所は、とある崖の上だった。


 波しぶきが岩肌にぶつかる音と、はらはらと雪が落ちる曇り空が、シキの不安をますます煽った。


 凍てつくような海風と落ちてきた雪が身体に染み込む辛さに、シキの役人に対する怒りは増していく。


 一体何なんだ。これから何が行われるというんだ。


 シキの目に留まるのは、一人の男だった。


 黒地の服を着た彼は随分背が高く、絹のように美しく長い髪を垂らしていた。


 役人たちはやけに丁寧な態度をその麗人に取っていた。目上の者の指示を仰ぐような役人たちの様子に、あの男が場を取り仕切る責任者なのだろうと察する。


 背中に縫われた金色の文字が目に入った瞬間、シキは嫌な予感に襲われる。


 ——魔性討伐軍だ。


 殺人鬼の捕縛だけでなく、時に討伐や粛清も行うという、対殺人鬼専用の治安維持組織。


 そんな物騒な奴が、なぜこの場にいる。なぜおれたちをここに連れてきた?


 答えは喉元まで出かかっていた。しかし、それを押し戻すようにシキは唾を飲み込む。


 「お兄ちゃん……」


 妹の(こま)が不安そうな顔でこちらを見た瞬間、そんな声が聞こえた気がしたが、それは確実に気のせいだった。駒も同様に口をきけぬようにされていたのだから。


 「これで全員か!?」


 そう部下に確認したのは、奉行所の役人だった。


 「はい。あの家に住んでいるのは四人で合っていました。父、母、長男、長女——事前に聞いていた情報と一致しています」

 「そうか。奉行所で拘束していた者たちも、そろそろ到着する頃だろう。——ほら来た」


 手を縛られた者が役人に連れられてぞろぞろとやって来る。その数の多いこと。ざっと見たところ、30人以上はいそうだ。


 彼らは一様に不安そうな表情をしており、自分たちと同様、説明もなしに急に拘束されて連れてこられたのだと察する。


 「さっさと歩け! ちんたらするな!」


 背中を蹴らんばかりの勢いで、連れてきた者たちを追い立てる役人たち。


 「揃ったな、いよいよだ」

 「今日は特別寒いよな。よりによってこんな日にこんな仕事とか、嫌になるよ」

 「寒くて凍死しそうだよ。さっさと帰って火鉢の前に行きてー」


 町奉行所から来た役人は全部で20人ほど。寒さに身を縮こませ、文句を言っている。


 自分たちと比べて、あまりの呑気さにカッと頭に血が上る。


 早く解放してほしいのはこっちだ。


 シキたちと船に乗せられてやって来た45人の者たちは、崖の上に整列させられた。


 父母とは離れてしまったが、妹の駒とは巡り会うことができた。手足を拘束された状態で、それでも兄妹は抱き合おうと試みる。


 「お兄ちゃん!」

 「駒!」


 互いを呼び合う幻聴すら聞こえてきそうなほど、切実に見つめ合う兄と幼い妹。


 「桜田門での暗殺未遂事件のことを、今の世の中で知らない者はいないと思う!」


 整列したシキたちの前に出てきた役人は、皆に聞こえる大声でそう言った。


 「お前たちは首謀者の有村鉄次郎の親類縁者だ。幕府はこう命令を下した。交流のあるなしに関わらず、一切の例外なく有村鉄次郎の親類のあやかしは根絶やしにしろと」


 は?


 根絶やしという言葉に、シキは牛車に乗せられた時から感じていた嫌な予感が的中していたことを悟る。


 一族皆殺し。


 危険分子かもしれないあやかしたちを、一族ごと殺す。蜂の巣を駆除するかのごとき気軽さで。


 自分の運命を悟ったシキだが、正直言って全く実感が湧かなかった。


 だってこんな馬鹿げたことがあるだろうか。


 つい数日前まで、顔も名前も知らなかったような、ほとんど赤の他人のおっさんがやったことが原因で、おれたちは殺されるのだ。


 何も知らない。何も関係ない。おれとその有村鉄次郎は話したことすらない。存在すら知らなかった遠縁の男だった。


 なのに殺される? おれたちには何の罪もないのに?


 "そうした方が安心するから"というだけのそちら側の身勝手な事情で、おれたちは声を上げることすら許されずに殺されるというのか。


 「あーっ! あああーっ!」


 甲高い泣き声にハッとすれば、母親が泣き喚く赤ん坊を抱きしめている。


 赤ん坊に触れることを怖がった役人が、母親の腕の拘束を解いたのだった。


 「あああーっ!」


 ただ一人、口を塞がれなかった赤ん坊の自らの運命を察したような泣き声が、しんしんと降り積もる雪景色の中に響く。


 その泣き声が引き金となったように、呆然としていた者たちが暴れ出す。いやだ、死にたくない、と訴えている。


 しかし、あっけなく役人たちに押さえつけられてしまう。


 「大人しくしろ!」


 なんて無慈悲なことを言うのだろう。大人しく殺されろと言われて、はいわかりましたと納得できる者がいるだろうか。


 だっておれたちは何も罪なんて犯していない。


 駒が寄りかかってくる。


 駒は痙攣を起こしたかのように激しく震えて、救いを求めるようにシキを見た。


 この子のどこに殺されなければならない理由がある?


 シキは抗議の眼差しを、前方にいる男に向けた。


 いつの間にか背の高い麗人の隣に、一人の少年が付き人のように立っていた。彼もまた魔性討伐軍の隊服を着ている。


 笠を深く被っていたため少年の顔はよく見えなかったが、わずかに見える口元から絶句していることがうかがえる。


 彼が焦ったような様子で麗人の袖を掴むと麗人は頷いて、彼と共に離れた岩陰に消えていった。


 その際「少しだけお待ちください」というように、奉行所の役人に断るのを忘れずに。


 少し経つと、二人は戻ってきた。


 背の高い男の隣を歩く少年からは、もう激しい動揺は感じられなかった。覚悟を固めたかのような雰囲気に、シキは鳥肌が立つ。


 そうして、処刑が始まった。


 一人ずつ崖っぷちに連れてこられ、役人によって首を斬られる。死体は崖の下へと落とされた。


 一人目の首が落ちて血しぶきがあがった時、集められた者たちはようやく状況を飲み込めたように、声にならない悲鳴をあげた。


 手足を縛られた状態ながらも懸命に暴れる者たちを押さえつける役人。


 そんな混乱のさなか、魔性討伐軍の隊服を着た二人の男は、手出しするでもなく前の方で静観している。


 この中で一番立場が上らしい長髪の麗人は、腕を組んで無表情で処刑の様子を眺めていた。


 一方少年の方は、俯いて自分の足元の地面を睨んでいるようであった。笠の下でどんな表情をしているのかはわからない。


 その時、絶望の色が一層濃くなった気がして処刑人の方を見ると、さきほどの赤ん坊を抱いた母親が何やら拒んでいるようだった。


 どうかこの子だけは、とまだ乳のみ子である赤ん坊を胸に抱え、引き渡さんと体を丸めている。


 その光景に、役人たちも目と目を交わして相談する。相手は物心もつかない赤ん坊。この日の記憶なんてどうせ残らないのだから、これくらいは見逃してもいいのではないか。


 彼らの間でそんな結論が下り、この場の最高責任者である魔性討伐軍の麗人のもとへ、役人は最終決定を下してもらいに行った。


 当然許可は得られるものと思っていた。しかし彼の口から出てきたのは、


 「殺せ」


 の一言。


 「し、しかし——」

 「関係ない。殺せ」


 なかなか持ち場に戻ろうとしない役人を、圧のこもった視線で見つめる男。


 「お上は皆殺しと言ったのだ。赤ん坊でも関係ない。万に一つでも可能性を残してはいけないのだ」


 この男にとって、自分たちは害獣と同じなのだ——。


 殺人鬼、ひいては殺人鬼になる可能性を持つ者。そのような存在を根絶したいという強い思いが、彼からは感じ取れる。


 こいつにとってこの処刑は害獣駆除と同じで、正しい行為なのだ。こいつの中では。


 赤ん坊が母親の手から奪われた瞬間、火がついたような泣き声がピタッと止んだ。


 シキがショックから抜け出せないでいるうちにも、母子が座っていた場所に新たな者が引きずり出される。


 一人ずつ殺されて、死体を海に投げ捨てられる。その中には駒と同じくらいの年頃の子もいた。


 「……ごめんな。本当はこんなことしたくないんだよ」


 シキの近くにいた奉行所の役人が、涙を流しながらつぶやいた。赤ん坊に触れることを怖がった役人だ。


 「今回の件は魔性討伐軍が言い出したことなんだ。あそこの局長が『懸念材料はなくすべきです』なんてしつこく言わなきゃ、将軍様も一族皆殺しなんて酷いこと、さすがに決めなかったはずなんだ」


 実はこの一週間前に、町奉行所の者たちは、有村鉄次郎と直接付き合いのあった親戚たちを訪問・調査していた。


 家宅捜査をしても、彼らが有村たちと同じような暴動を企んでいるという証拠は出てこなかった。町奉行所の役人たちは会議でそう発言した。


 その会議は、魔性討伐軍の局長や、町奉行を始めとする江戸の治安維持組織の重要人物が集まった物々しい会議だった。


 その中でも、直接将軍のもとで働く即用人という役職の者が列席していたことが、何よりも重要なことだったろう。


 調査の結果「クロとは断言できない」と町奉行が即用人に伝えると、統一郎がこう続けた。


 「しかし、シロとも断言できないでしょう?」


 確かにちょっと探してみて証拠品が出てこなかった程度で完全に警戒を解くのは、難しいことであった。


 即用人は不安に弱い人だった。彼が仕える将軍もまた、かなりの小心者だった。


 統一郎の発言に不安を煽られた即用人は狼狽して、ならどうすればいいのかと助けを求めるように統一郎を見た。


 統一郎が取り出したのは、5ページほどの厚さの本だった。


 今でいう戸籍謄本である。


 あやかしは、必ず奉行所に出生届を出さなければならない決まりになっており、人間よりも厳しく管理がなされた。届を出さないあやかしは戸籍を持てない。戸籍を持たないあやかしは、仕事や住居を得ることができない。


 社会で生きることがままならないことは不便極まりないので、多くのあやかしはちゃんと出生届を出して戸籍を得ていた。


 この本には、有村鉄次郎の親類縁者の名前と情報が余すことなく記されていた。


 「腐ったみかんを箱の中に置いたままにしておくと、周りのみかんも腐っていきます。みかんの場合、腐っていれば一目でわかりますが、見ただけではわからないものもあります」


 有村鉄次郎の縁者。特に血族の者。彼らが有村の思想を受け継いでいるのかいないのか、少し調べたところでわかるわけがないとそう言っているのだ。


 「魔性討伐軍としては、何事も起こらないことを願うしかありません。私はお上の決定に従うしかない身の上ですから」


 将軍にこの言葉を伝えろ。そして将軍の意見を仰げ。


 怖がりで小心者。自身の安心のためならば、他者の命など紙切れのように軽く扱えるあの将軍に。


 即用人の目を見た統一郎は、自身の発言が望んでいた効果をもたらしたのだと確信して、静かに微笑みを浮かべた。


 会議の後、即用人は新鮮な恐怖と不安を連れて将軍のもとに帰り、まるで今すぐにでも第二の暗殺事件が起こるとでも言わんばかりに、統一郎が提示した可能性について語った。その性格ゆえに、何事も大袈裟に悲観的に語る即用人だった。


 統一郎は短い時間の中でその性質を見抜き、自分にとって良い使い道を見つけたのだ。


 かくして事態は思い描いた通りに運び、魔性討伐軍局長である統一郎は、処刑の場面での監督役を仰せつかった。


 元凶を知ったシキは、全身の血が逆流するような怒りを覚える。


 魔性討伐軍はあやかしの敵だ。


 殺人鬼から人々を守る頼もしい集団だという世間の認識を、自分も正しいと思っていた。


 しかし、実際は何の関係もないあやかしを躊躇いなく殺せるような、血も涙もない輩だったのだ。


 つつましく暮らしているところに押し入ってきて、縛り付けて物のように運び、命乞いすら許さずに殺す。それを、それこそを良しとする奴ら。


 駒の首が宙に浮かぶのを見た瞬間、シキの中にハッキリと魔性討伐軍への憎しみが芽生えた。


 あいつらは、あやかしならいくらでも死んでもいいと思っている。間違いで殺してしまったところで何とも思わない。


 駒やあの赤ん坊のような者を殺しても構わないと、本気でそう思っている。


 この惨状を涼しい顔をして静観していることが、何よりもその本性を物語っている。


 シキの怒りは、処刑の様子を眉一つ動かさず眺めている統一郎と、俯いたまま顔を上げようとしない少年に向けられた。


 駒が殺されて、いよいよシキの番——となった時だ。


 突如、大地を震わす激しい揺れが訪れた。


 立っていられないほどの激しい揺れに、次々地面に伏す役人たち。


 視界の隅で、魔性討伐軍の局長を部下である少年が覆い被さって庇っている姿を捉える。


 誰も予期していなかった大地震の到来に、シキはこれは神様のせめてもの情けなのではないかと考えが浮かぶ。


 魔性討伐軍の指示に従う役人によって殺されるなんて、最悪の死に方だ。


 それだったら、自ら命を断った方が何十倍も良い。


 周囲は地震に気を取られて、誰も自分のことなど見ていない。


 シキは崖の向こうへと身を乗り出して、冷たい冬の海に一直線に落ちていった。


 海中には、落とされた死体たちが待ちかまえていた。首のない彼らの中には駒もいた。


 死に方すら選べなかった妹のことを思い、シキは猛烈に謝りたくなった。


 怖かったよな。痛かったよな。冷たかったよな。


 おれもすぐにそっちに行くから。


 しかし、次に目が覚めた時にシキが目にしたものは青空だった。


 シキは、人攫いの船の上にいた。


 波に流されていたシキを、たまたま通りかかった人攫いの男が引き上げたのだ。


 「思わぬ拾い物があったもんだ。こいつは高く売れるぞ」


 人攫いは舐めるような目でシキを見る。


 その眼差しに違和感を覚えて自身の体を見下ろして、ギョッとした。


 体が女のそれになっていた。


 シキは、小さい頃母親から聞かされたことを思い出す。


 『お母さんは男になることもできるの。私のお母さんもまた、そういう能力を持つあやかしだった。だからシキと駒にも受け継がれている可能性があるわ』


 性転換の能力——母方の先祖の力の存在は教えられていたが、このタイミングで発現するとは。


 母親にこの能力が発現したのは、7歳の頃だったと聞いていた。だから自分はこのまま発現しないものだと思っていた。


 なぜ今になって発現した?


 首を捻っていると、手足を縛る縄が乾いていることに気づいた。


 この縄は引き上げられてから巻かれたものだ。


 とすると、元々の巻き付いていた縄は消えたのか。


 「ああ……そういうことかよ。ハハハ……」


 突然笑い出したシキを、人攫いが気味悪そうに見る。


 女に変化したことで、体が小さくなって縄から抜け出すことができたのだ。


 おれは意識を失っていた。にも関わらず、体は勝手に生きようと眠っていた力を目覚めさせた。


 生存本能の成した技だった。


 本能——それはなんとたくましくて、忌々しいものだろうか。


 そうして拘束から解放された自分は、通りかかった船に引き上げられたというわけだ。


 己の生命力と幸運がうらめしかった。


 おれは助かりたくなんてなかった。あのまま死にたかった。両親や駒のいる場所に、おれも行きたかった。


 「もう……もういいや。どうでも……」


 シキは生きる気力を失い、かといって死ぬ気力も残っていなかった。


 人攫いによって船を降ろされる時も、売り飛ばされた先の吉原へと連行されている時も、シキの頭の中には何もなかった。


 吉原は女にとって厳しい世界だと聞いている。25歳まで生きられない遊女が多数だと。


 病気にかかって早々に死ねるなら、それも悪くないかと本気で思っていた。


 ほとんど死に場所を求めるような気持ちで、シキは吉原のあやかし女専門店——えなる屋に入ってきた。

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