テロ事件
この国では、過去にあやかしによるテロや暴動が幾度もあった。
シキの遠縁の親戚がリーダーとなって起こした『桜田門暗殺未遂事件』もその一つである。
幕府の大老、井上正行があやかしの有村鉄二郎に桜田門付近で暗殺されかけるというセンセーショナルな事件は、江戸で暮らす人間とあやかしを大いに動揺させ、事件が起こって一ヶ月間は、町中その話題で持ちきりだった。
しかし、町中で大っぴらにこの事件について話すことは幕府に禁止されて、もしそれを破る者がいれば、役人が奉行所に連行することすらあった。
捕縛した有村鉄次郎を三日三晩拷問した末に、彼の他に三人の男がこの暗殺を企てて、虎視眈々と機会を狙っていたことが判明。
その三人の男は、いずれも血縁者だった。鉄次郎の弟、いとこ、叔父だ。
彼らは昔からよく集まって、酒を飲みながらたわいない話をする間柄だった。
いつからだろうか。たわいない話が、社会への呪詛に変わっていったのは。
「今に始まった話ではないが、この社会は俺たちに理不尽すぎる」
そうだそうだ、と互いに同調し合い、これまでの歴史を語り合っているうちに、彼らは具体的な行動を起こす意思を固めていった。
腐った社会を変えるには、腐った幕府を変えるしかない。幕府を変えるには、まずは幕府を腐らせている人間を消すしかない。
そんな意気込みで決行した暗殺は、しかし未遂に終わった。
有村鉄次郎は、初めは個人的な恨みから殺害しようとしたと主張していたが、そんな言い分が信じてもらえるわけもなく。幕府の敵である過激なテロリストであることを、すぐに自白させられてしまった。
そこからはもう早い。
彼と共に計画を立てていた三人の親族を捕らえ、急ごしらえの処刑場でその首を落とした。
なぜ急ごしらえだったのかといえば、公開処刑のために河原で斬首することに決めたからだ。
河原には大勢の見物人が押し寄せた。それを押さえる役人は、しかしその盛況ぶりを良いことだと思っていた。
見せしめとしての公開処刑なのだから、見物人は多ければ多いほどよい。
見物人の中には、あやかしも数多くいた。ますますよいことであった。
引きずられるように連れられて来た罪人たちは、近づかないと本当に目鼻がついているのもわからないほど、ボコボコに痛めつけられていた。
「ほら、さっさと歩け!」
死へと続く道を、彼らは抵抗するでもなく無気力に歩いていく。魂があることを感じない覇気のなさは、すでに死体となっているかのようだ。
「ちんたらすんなって言ってんだよ! てめえ自分が何したかわかってんのか!」
すでに反抗の意思を失った有村鉄次郎の傷だらけのすねを、役人が思いっきり蹴る。
これにはさすがに有村鉄次郎もうなり声を上げ、へたり込んでしまった。そんな彼を殴りつける拳。
「何優雅に座ってやがる! さっさと立って歩け!」
ただでさえこれから死ななければならないというのに、最後の最後までこの激しい折檻。こんな死に方はしたくないものだと、その場にいた見物人は皆そう思った。
三人の生首は一日橋の上に並べられて、たくさんの者が生首の前を通ることになった。嫌でも目に入る。最悪な死に方をした者の背筋も凍るほどの凄まじい形相が。
これだけでも凄惨なのだが、この事件には続きがあった。




