統一郎の不安
***
「小春の体調はもう大丈夫なんですか。あの後どれくらいで落ち着いて——」
統一郎の部屋に招かれるなり、佐助は食い気味に尋ねてしまい、慌てて口をつぐむ。
「小春さんは医局に運ばれて20分も経つ頃には落ち着いていたそうだ。私が到着した時には、あれは何だったのかと首を傾げていたよ」
では、この人は小春の"あの姿"を見なかったということか。
佐助はなぜかホッとした。
「佐助。こちらに来い」
座布団の上に座った統一郎が、出入り口のところで立ち止まっている佐助を手招きする。
佐助が彼の前に膝をつくと、統一郎は長くしなやかな指を伸ばして、佐助の頬に触れた。
「本当にまったく見えないのか」
「はい。情けない限りです。申し訳ありません」
「責めはしない。小春さんを守ろうとしたのだろう」
統一郎の指先が眼帯にかかる。眼帯の上から、触れるか触れないかの弱さで左目を撫でる。
「よくやってくれた。あと少しお前が帰宅するのが遅ければ、小春さんは無事ではすまなかっただろう」
「……もったいない言葉です」
それは佐助の本心だった。
あと少し早く帰ってきていれば、彼女に怖い思いをさせずにすんだはずだ。
過ぎたことを悔やんでもしょうがないが、小春の"あの姿"を見てしまった佐助は、どうにも自分が情けなく思えた。
『助けてください、佐助さん……助けて……』
小春が苦しんでいるというのに、彼女に蕩けた顔でそう縋られた時、不埒なことを想像しそうになった自分が許せない。
俺なんか、彼女に触れることすら憚られる。汚れた妄想が浮かびそうになった自分への嫌悪感が止まらなかった。
「彼女のことが好きなのか?」
急に統一郎に核心を突かれ、佐助は心臓が止まるかと思った。
「……はい。彼女のことは好ましいと感じていますし、守りたいと思います」
隠してもしょうがないと思い、佐助は正直に言うことにした。
「ですがそこに"特別な感情"はありません。俺はただ、彼女の善良さと純粋さを守りたいんです。彼女こそ、魔性討伐軍が守るべき『善良なる江戸の民』の象徴だと思うので」
佐助は彼女への恋心は隠して、"庇護すべき一般人"として小春が大切なのだと伝えた。
その感情も嘘ではない。
彼女がいつまでも笑って暮らしていけたら、俺はそれで幸せだ。
世界が少しでも彼女に優しければと思う。
統一郎の掲げる『殺人鬼のいない平和な人の世』は、小春にとっても優しい世界だ。
彼女だけでも世界に祝福されてほしい。
彼女は生まれてきたこと、生きていることを祝福されるべき人間なのだから。
「そうか」
統一郎は柔らかな笑みを浮かべる。
「彼女の純粋さ、清らかさを守りたいという気持ちはよくわかるぞ。お前も同じように思っていたとは嬉しいことだ」
よかった。バレていない。
バレるわけにはいかない。俺が彼女を好きだということ、初恋の人だということを、この方にだけは知られてはいけない。
だってそれを知られてしまったら、俺たちの関係は変わってしまうかもしれない。
「これからも彼女のことをよろしく頼んだぞ」
統一郎の言葉に「はい」と強く頷く佐助。
「だがな……一応釘を刺しておくぞ」
優しい声色から、一瞬で冷たさを纏ったそれになり、佐助は総毛立つ。
「彼女とは適切な距離感を保ち、決して"分不相応な行動"はするなよ」
「はい。わかっています」
わかっている、そんなこと。
どんなに彼女を思っていても、あなたが恐れているようなことは決して起こらない。
そこまで心配しなくとも、いいのに。
「悪いな。まさかお前に限って、そんなことがあるわけないとわかってはいるのだ。いるのだが……まあお前も恋慕う者ができればわかるよ」
恋慕う者なら、いる。一つ屋根の下に。
口が裂けても言えないが。
「お前は私を裏切らない。そうだよな?」
「もちろんです。俺はあなたについていきます。五年前、あなたに救い上げてもらった時から、そう心に決めているんですから」
どれほど過酷な道のりであろうとも、どれほどの苦しみを抱えることになろうとも。俺はこの方の夢を叶えるための道具として生きてやる。
この誓いが揺らぐことはないと、佐助は力強い眼差しで統一郎を見返した。
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