隠し通す覚悟
「ここ、宿先生の実家……ですよね」
そう言う七男の顔は曇っている。
宿短子。一週間前に処刑されたその殺人鬼は、佐助とは短くない付き合いの男だった。
七男も会話を交わしたことがあり、彼はまだ知り合いが殺人鬼として処刑されたショックから抜け出せていなかった。
しかし、七男よりもよほど短子と付き合いの長かった佐助は、短子の処刑にまったく悲しみもショックも感じていない。
なぜかといえば——。
「あれ、誰かと思えば佐助じゃん。七男も」
庭にいた男が、門前で立ち尽くしていた佐助たちに近づいてくる。
その姿を見た七男の表情が、一瞬だけ固まる。
「菊男さん——どうもっす」
「ん。今日も今日とておつかれ〜」
宿菊男は宿短子の双子の弟で、妻と四人の子どもを持つ20歳の男だ。
短子を捕える際、菊男にはかなり力になってもらった。
この男がいなければ、江戸は大混乱に陥っていたかもしれない。
宿短子は、天狗とグルになって魔性討伐軍局長である統一郎を暗殺しようとした。
天狗たちは魔性討伐軍を壊滅させた後、江戸の町を襲撃し、天狗が迫害ではなく崇められていた時代を蘇らせようとしていた。
それをやっとのことで阻止したのが、佐助たち魔性討伐軍と宿菊男だ。
——あくまでも表向きはそういうことになっている。
「ちょっと。なんで佐助がいるの?」
菊男の足元に目をやれば、そこにいるのはわたあめのようなモフモフの小型犬。
あんこは朝に「菊男たちのとこに行ってくる!」と佐助に言って屋敷を出ていた。
あんこは化け狸だというのに化けるのが致命的に下手で、この可愛さに全振りしたポメラニアンの姿にしか化けられない。
しかし、人に化けてイタズラをする話が多く残っている化け狸なので、人の言葉を喋れるのは当然だった。
あんこは、大好きな小春の前では口の悪さを隠すために喋れないフリをしているが、それ以外の者の前では人間の言葉をペラペラ喋る。
「ウチを連れ戻しに来たんじゃないだろうね。やだやだ! まだ遊ぶもん!」
イーッと歯を見せて駄々をこねるあんこを抱き上げる菊男。
「可愛いなあ〜あんこ。もううちの子になっちゃう?」
「あ、それは無理。ウチは小春のとこに帰らなきゃだから」
「秒で振られた。かなし」
よよよ、と泣き真似をする菊男を七男は驚きの目で見ている。
「なんか菊男さん……雰囲気変わりました? 前会った時はこう……もっと真面目そうな感じだったような……」
「え? 今の俺が不真面目そうだっていうこと? 酷いじゃん、俺はクソ真面目クソ堅物だよ。具体的に言うと佐助と同じくらい」
「お前馬鹿にしてるだろ」
漫才のツッコミ担当のように、菊男の頭をピシャリと叩く佐助。
「は? めちゃくちゃ褒めてるんだが? 真面目は言わずもがな、堅物も——まあ褒め言葉でいいだろ」
「いや、後ろ向きな印象が強いだろ。てか褒めてるつもりなら、枕詞にクソとかつけないからな」
二人のやり取りを見ていた七男は、ますます不可解そうな顔になる。
「お二人って宿先生の件で初めて会ったんすよね? いつそんなに仲良くなったんすか?」
「まるで数年来の友人みたいっすよ」と鋭いことを言う七男に、二人はギクリとする。
「い、いや〜。二人で力を合わせてきく——短子と戦ってから、なんか友情が芽生えちゃって。な! 心の友よ!」
「そ、そうだ。あれから話すようになったんだが、意外と馬が合ってな」
菊男の言葉に合わせて、佐助は頷いてみせる。
一人——いや一匹事情を知っているあんこだけは、ニマニマとやけに癪に障る顔をしていた。
七男が怪しく思うのも仕方ないこと。目の前にいる男は、菊男ではなく宿短子である。
一連の事件の犯人は、短子ではなく菊男だった。菊男は数々の悪行を犯した末、それらを全て双子の兄である短子に押し付けた。
すったもんだの末、あやかしの短子は菊男の体を乗っ取ることに成功し、短子の体に入れられた菊男は処刑された。
処刑前夜、二人の体が入れ替わったことは佐助とあんこと小春しか知らない。世間的には宿短子は死んだことになっている。
しかし、短子は生きている。双子の弟の体の中で、彼は生き続けている。
ああ、双子が入れ替わったことを知っている者たちがまだいた。
「お父さーん! なにしてるのー?」
帰ってこない父にしびれを切らしたなつ——菊男の娘だ——が門に駆け寄る。
幼女は佐助たちをチラリと一瞥した後、隊服を着た年上の男に威圧感を覚えたのか、父の後ろに隠れた。
父の服の裾をキュッと掴み、不安そうな顔で父を見上げている。
その様子だけで、彼がちゃんと"親"として子どもに信頼されていることが感じ取れた。
菊男と短子の入れ替わりを知っている者。それは菊男の家族たちだった。
菊男の残忍さはまず一番に家族に向けられており、妻は平穏を脅かす彼がいなくなってくれたことにむしろホッとした。子どもたちとはほとんど会話をしなかった父が死んだと聞いた時も、子らはすんなり受け入れた。
元々短子の方に懐いていた子どもたちだ。新しい父親を受け入れるのに時間はかからなかった。
「お父さんの友達だよ。挨拶しような」
菊男がなつの背中を優しく押すと、彼女は前に出てきて佐助たちに「なつです。5歳です」と指で5、と示して目の前に突き出した。
「佐助だ。よろしく」
「お前さあ……そっけなさすぎじゃね? にこりともしねえじゃん」
「うるせえな。俺が笑顔で愛想良く、なんて性格に見えるか? そういうのは——」
佐助が七男を見る。七男はしゃがみこみ、すでになつと打ち解けたようで、笑い合いながら何か話していた。
「なあ」
菊男が神妙な顔で言ったので、佐助は彼の小声が聞こえる距離にまで顔を近づけた。
「本当に七男には言わなくていいのか?」
七男は短子を信じようとしていた。
宿先生がそんな酷いことをする人とは思えない、と隊員たちの誰も疑いを持たぬ中で、七男だけは短子を信じていたのだ。
それだけに、短子が処刑された時はショックが大きかった。
「……言わなくていい。そうホイホイと口にしていいことじゃないとお前だって理解しているだろ」
「それはそうだけどさ……」
宿短子処刑の真実は、決して明るみになってはいけない。
七男が周りに言いふらすとは思えないが、それでも不用意に真実を口にするわけにはいかないのだ。
「今の生活を守りたいだろ?」
「それはそう。……香澄とこいつらの笑顔を守るためなら、俺はなんだってやってやる」
妻の名前を口にして、彼は拳をキュッと握りしめた。佐助は、家族を守り抜く覚悟を彼の目の中に見て取った。
「でも……七男に悪い気がしてさ。色々迷惑かけたし」
「そう気に病むな」
これからも魔性討伐軍にいるなら、こういうことには慣れておいた方がいい。
佐助はそう思ってもいた。
魔性討伐軍は殺人鬼を捕えるのが主な役割だ。
そうして、捕えられた殺人鬼は処刑される。そういう運命だ。
どんな理由があれ、人を殺したあやかし——殺人鬼は死ななければいけない。それは法によって定められていて、変えられない常識なのだから。
線引きをしっかりしなければならない。間違っても情など湧かないように。罪を犯した者は罰せられなければいけないのだ。それに例外はない。
今回は裏に事情が隠れていて、短子は実は犯人ではなかった。たまたま七男の直感は当たっていたが、もし"次"があるとしたらわからない。
たとえ知人が殺人鬼だったとしてもやるべきことは変わらないと、七男にわかってもらわなくては。
公私混同せず、魔性討伐軍としての務めを果たさなければならない。
佐助は自戒の意も込めて、つぶやく。
「たとえ相手が友人だったとしても、な」
「ん? 副長、何か言いました?」
「なんでもない。ただのひとりごとだ」
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