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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン
第二章

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いつものこと

 一方その頃——。


 佐助は七男と任務に赴いていた。


 最近、近所に引っ越してきた一人ものの男がいるのだが、その男が殺人鬼なのではないかと住民から通報を受けたのだ。


 「手配書の顔に似てると思って。引っ越したのに挨拶もなしにずーっと家に籠ってるし、なんか怪しいよね、って近所の人もみんなそう言ってますよ」


 こういう通報を受けることはしばしばあるが、本当に殺人鬼だったケースは稀だ。


 通報の9割が杞憂に終わっている。


 それでも、こういった通報内容は多かった。それだけ人々が殺人鬼の存在に敏感になっているということだ。


 例の家を訪れると、家主は魔性討伐軍の隊服を見るなり、顔を真っ赤にして震え出した。


 「俺が殺人鬼だって言いたいのかこの野郎!」


 そう言うやいなや、桶に入っていた水を七男にぶっかけようとしてくる。


 バシャッという音を立てて、水は地面に落ちていく。


 「副長!」


 七男は、自分を庇って水を被った佐助を呼ぶ。


 真っ赤な毛先から水を滴らせる佐助は、平素から鋭い目つきで相手を見上げる。


 「な、なんだよ」


 七男が前に出ていた時の威勢の良さはすっかり失われていた。家主は佐助の背の高さに初めて気づき、明らかにたじろいでいた。


 佐助は男の顔を無言でじっと見る。すると男はハッとした表情になり、みるみる顔色が悪くなっていく。


 「お前……まさかあの事件の……」


 男の目に浮かぶものが戸惑いからハッキリと恐怖に変わった。殺人鬼を目にしたかのような表情で佐助を見る。


 佐助が口を開いた瞬間、彼は思わず身構えた。


 「本日は突然失礼いたしました」


 佐助はそう言うと、つむじが小柄な男に見えるほど深々と頭を下げた。


 どんな恐ろしげな言葉が飛び出してくるかと覚悟していた男は「は?」と間抜けな声を出してしまう。


 「捜査に協力していただき、ありがとうございました。では失礼いたします」


 佐助は踵を返す。懐から手ぬぐいを取り出し、濡れた髪を拭きながら去っていく。


 「きょ、協力ありがとうございました!」


 七男は慌てて家主にお礼を言うと、佐助の後を追った。


 ***


 「副長、さっきはありがとうございました。申し訳ないっす、俺の反応が遅かったばっかりに……」


 歩きながら、七男がペコペコ頭を下げる。


 「気にするな。こういうのは日常茶飯事だからな。むしろ説明を忘れていた俺のせいだ。すまなかった」

 「ええっ、こんなことが頻繁にあるんすか!?」


 隣人が殺人鬼ではないか、という通報は頻繁に受ける。


 どんなに信憑性の薄い通報でも、無視するわけにはいかない。だから「怪しい」と言われた家に必ず出向いて、家の者の顔を確かめる作業は避けられないことだった。


 しかし、それは「あなたが殺人鬼なんじゃないかと思われていますよ」と相手に伝えるようなもの。当然、相手は不愉快な気分になる。


 さっきの男のように、訪れた隊員に腹いせに水や暴言をぶっかけた例はたくさんある。


 「確か、棒で打たれそうになったとか言っていた隊員もいたな。最初から俺が前に出るべきだったんだ。軽率だった。こちらこそすまない」

 「いえ、そんな……! でも副長が近づいた瞬間、あの人も落ち着いてくれましたね。さすがです副長! 眼力だけで相手を黙らせるなんて!」

 「別に圧をかけたつもりはないんだけどな……」


 佐助としては、ただ相手と手配書の顔が一致するかどうかを確かめていただけだったのだが……まあ自分の見た目に威圧感があることは自覚しているので、初対面の相手に恐怖を抱かれることには慣れていた。


 高い身長に加えて服の上からでもわかる筋肉量。目つきも鋭い方だった。黒目が小さく吊り目なので険があり、黙っていると怒っているように見えるのだ。


 その上、人間ではまず見ることのない炎のように赤い髪の毛である。


 佐助は鬼と人間の間に生まれた子である。半分鬼の血が入っているのもあって、身体能力も人間より優れていた。体格の良さも鬼の血のおかげだろう。


 佐助自身は、この血を忌まわしく思っていた。


 父親にはろくな思い出がないからだ。


 それにこの血は殺人鬼の血でもある。


 佐助の祖父は殺人鬼だった。幕府の役人に捕まって、大々的に処刑された。生首は一日中外に晒されて、江戸中の人々に見られた。


 祖父の犯した罪を江戸の人々は決して忘れない。殺人鬼の孫であるという事実は佐助をずっと苦しめてきた。


 自分のような汚れた血の者は、一生社会の底辺で息を潜めて暮らしていくのだと諦めていた。


 そんな諦めをぶち壊してくれたのが、統一郎である。


 五年前。父親を殺した罪で死刑が決まっていた佐助のもとに、統一郎がやってきた。


 『鬼頭統一郎。全ての殺人鬼を滅ぼす男の名だ。覚えておけ』


 統一郎はそう名乗ると、佐助を解放するように奉行に取り計らってくれた。


 お前の力が必要なんだとあの方は言った。


 誰にも存在を祝福されず、居場所などこの世のどこにもなかった俺を必要だと言ってくれた上に、居場所をくれた。


 魔性討伐軍という組織を作り、世のため人のためになる仕事を与えてくれた。


 お前の力が必要だと言ってくれたことが何よりも嬉しかった。この呪われた血に宿る力が人々の役に立つだなんて、そんな希望を口にしてくれたのだ。


 元々生まれるべきではなかった自分だ。偉大なあの人の夢に貢献できるなら、自分ごときいくら擦り減ったって構わない。


 そんな思いで五年間あの人の隣にいたけれど、そんな生活に予期せぬ異物が混入してきた。


 佐助にとっては初恋の人の、永爽小春である。


 佐助6歳、小春4歳の時に二人は出会っていた。子どもの頃、ほんの一週間ほど遊んだことがあるだけで小春の中の記憶は朧げだが、佐助はずっと彼女とのあたたかい時間を忘れられなかった。


 彼女と過ごした時間は、汚泥にまみれた人生で唯一の清らかで楽しいだけの時間だったからだ。


 彼女との思い出は大切に胸にしまっておいて、時折取り出して眺めるだけで満足していた。それで十分だと。


 まさか再会するなんて思わなかったのだ。


 彼女は幸せに暮らしていると思いたかった。


 では再会したくなかったのか?


 でも——。


 「……ちょう? 副長!」


 七男の呼びかけにハッとする。


 「悪い。どうしたんだ」

 「どうしたんだって……こっちのセリフっすよ。浮かない顔して何か悩みごとですか?」


 佐助がボーッとしていたので、七男は怪訝に思ったのだ。何度か呼びかけても気づかないという心ここにあらずっぷりは、常に真面目に仕事に取り組む佐助らしくなかった。


 「大丈夫っすか? 水をぶっかけられたから寒いんじゃ……体調悪いなら俺が背負って屯所まで連れて帰るっすよ!」

 「いや、そういうわけではない。ちょっと顔が濡れた程度だしな。というか、お前の体格で俺を背負えるのか?」

 「うっ! 確かに俺は小柄で副長はデカいっすけど……俺だって隊員ですよ! 副長くらい背負って歩けます! ……多分」


 もし背負えて歩けたとしても、生まれたての子鹿のようにプルプルしてそうだな、と佐助は思った。


 佐助は185センチで七男は160センチだし筋肉量も結構差があるので、なかなか厳しいものがある。


 ちなみにこの他中七男、14歳の少年で隊員の中でも一番若い。そのおかげもあるのか、多くの先輩隊員たちに目をかけられているが——まあ、七男が好かれるのは何といっても本人の気質によるものが大きいだろう。


 素直で朗らかで先輩への敬意を忘れない七男は、入隊してすぐに魔性討伐軍に馴染んだ。


 ちなみに七男を入隊させたのは局長である統一郎だ。


 七男は以前より魔性討伐軍と局長である鬼頭統一郎にうっすらとした憧れを抱き、自分も危険なあやかしから人々を守る仕事ができたら格好いいな、と漠然と思っていたが、鬼頭統一郎本人から勧誘されたのが決定打となって、入隊を決意した。


 そのわりには、あの人は七男に会おうとしないな。


 別に避けているというほどではないが自ら勧誘したのだから、入隊した後に少し話しかけても良さそうなのに、七男と統一郎が話しているところを佐助は見たことがなかった。


 気にかけていないというわけではないらしい。俺に「七男にはできるだけ多くの隊員と仕事をさせろ」と指示したのだから。


 おそらくは、早く仕事を覚えさせよう、みんなと早めに打ち解けさせようという気遣いから、そう言ったのだろうから。


 その時、幼い子どもの笑い声が聞こえてきた。


 女児の笑い声に混じって、大人の男の声も聞こえてくる。聞き覚えのあるその声に佐助は思わず足を止める。


 「副長?」


 七男が不思議そうに佐助を見上げるが、自分たちが今いる場所に気づいて「あっ」という顔になる。

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