一章完結
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その晩、小春が眠る寸前になって統一郎が帰ってきた。
「おかえりなさい、統一郎さん! ……まだ右腕が不自由なんですから、こんな遅くまで無理なさらなくても……」
「不自由なことがあれば部下に助けてもらっているので、案外大丈夫ですよ。気遣ってくださりありがとうございます」
ここのところ小春の顔を見れていなかったので、彼女に出迎えてもらった統一郎はうっとりと目を細める。
あまりに妖艶な表情に、小春は一瞬たじろいでしまう。
統一郎の右腕は骨折していて、仕事でも日常生活でも不便な思いを強いられていた。
小春と二人きりで話したいだろうと上司の心を察した佐助は、自身の部屋へと下がる。
襖を閉めれば二人の会話は耳に入らないとわかっているのに、そうすべきだとわかっているのに、佐助は襖に手をかけて固まった状態で二人の会話に耳をすませていた。
「ここのところ話せていませんでしたね。貴女の声を忘れそうでした」
「今日はお会いできて良かったです。お仕事、大変なんですか?」
「バタバタしていたのがようやく落ち着いた感じです。明日から少し休みをもらいますので、ゆっくりできそうですよ」
「良かった……」
小春は統一郎の体を労っているだけ。
「お会いできて良かった」にも、特別な感情は込められていない。
小春にとって統一郎は恩人でしかない。少なくとも今の段階では。まだ彼と仲が深まるほどの何かがあったわけではないのだから。
そうわかっているのに佐助はこう思ってしまう。
小春は統一郎に惚れたのではないか、と——。
「小春さん。明日、私と一緒に出かけませんか」
「えっ」
「予定があるなら構いませんが——」
「いいえ大丈夫です。どこに行くのでしょうか」
「そんなに身構えることはないですよ。町をぶらぶらするだけですから。私の息抜きに付き合ってください」
何のことはない。デートの誘いだ。
佐助は、音を立てぬようにそっと襖を閉じた。
小春は統一郎に恋愛感情は持っていない。
しかし、すぐに小春はあの方を恋慕うようになるだろうと佐助は予想した。
あの人は欲しいものは必ず手に入れる。どんな手を使ってでも。
小春が統一郎をうっとりした眼差しで見つめる日なんて、すぐそこまで迫っているだろう。
その日が来たとしても、俺にできることは何もない。俺に何かする権利も資格もない。
自分の立場を、目的を忘れるな。
佐助は小窓から、真っ暗な屋外を睨みつけた。
夜の闇の中に、殺人鬼が大量に潜んでいる気がした。
その全員を引き摺り出して殺すまでは何があっても死ねないと、佐助は思った。
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