収束
宿菊男——表向きは宿短子が処刑されてから、一週間が経った。
町奉行所には、一連の事件は全て宿短子が引き起こしたものだと説明した。
父親を殺し。
天狗とグルになって魔性討伐軍を滅ぼそうとし。
隊員を乗っ取り、局長である統一郎を暗殺しようとした。
並べれば酷いもので、業務中ほとんど感情を表に表すことがない御奉行も眉を顰めるほどの悪行三昧だった。
魔性討伐軍は、死闘の末に宿短子を拘束した。
その際に大いに力になったのが宿菊男だった。
……以上がこの事件の報告内容である。
ちなみに、佐助が牢屋で菊男に計画の全容を訊ねると、今さら取り繕ってもしょうがないと判断した菊男はあらいざらい吐いた。
統一郎の死を望んでいた太郎坊は、宿家の能力と菊男の強さに目をつけて取り引きを持ちかけてきた。
弟を殺す舞台を整えてやる代わりに、鬼頭統一郎を暗殺せよ——それが取り引きの内容だった。
菊男が短子を嫌っていることを太郎坊は調べていたのだ。そして、それを取り引きの材料に使ってきた。
しかし、その時の菊男はそこまでして短子を殺す必要性を感じていなかったので、太郎坊の取り引きを蹴った。
だったのだが、香澄と短子の関係を知ってから一変する。
例の取り引きに承諾することを伝えに行くと、太郎坊は菊男にこう言った。
「戦闘のどさくさに紛れて隊員の体を乗っ取れ。お前の体はこっちで預かってやるから」
太郎坊は、菊男が靡かないので短子の方に取り引きを持ちかけようと思っていたところだった。数日前から短子を見張っていたから、屯所から逃げ出してきた短子を目撃できたのである。
太郎坊は何も知らぬ短子に、果たし状を出したから討伐軍が来訪するだろう、ということを短子に伝えた。
短子は戦闘のどさくさに紛れて太郎坊を乗っ取ろうと目論み、太郎坊は短子を菊男に引き渡した後に統一郎を菊男に殺してもらおうと目論み、菊男は短子を殺した後で隊員の体を乗っ取ろうと目論み——それぞれ思惑を胸に秘めていたのだった。
菊男が所持していた薬についても、説明しておかなければならない。
薬を振りかけられた者は、発見した悪事を誰にも話せなくなるという、きな臭さ全開の魔道具。
それは誰かに貰ったのか。それとも自分で作ったのか。
もはや逃げ出す気力も失った彼は、牢屋越しに小馬鹿にするように笑った。
「"魔性反乱軍"の奴らに売りつけられたんだよ。俺もこれはいつか役に立ちそうじゃん、と思って金を出した」
「なんだそれは」
「俺もほとんど知らねえよ。だがな。これだけは言える」
彼は佐助に人差し指を突きつけた。
「お前ら魔性討伐軍がデカい顔で正義の味方やってられんのも、今のうちだ」
魔性反乱軍とは、最近あやかしたちの間でポツポツと名前が知られてきて口上に上るようになった組織だ。しかし、ほとんど都市伝説的な扱いだった。
曰く、魔性討伐軍の消滅を願う者たちが集まっているのだという。
菊男が知っているのはそれだけだった。どれほどの規模の組織なのかも、組員の情報や活動内容なども不透明だった。
確実なことが一つだけある。
それは魔性討伐軍の敵だということ。
政府公認の討伐軍の敵ということは、すなわち政府の敵——テロリストだ。
弱小組織であってくれれば良いが、脅威になるようであれば、早急に居所を探り出して潰さなければならない。
そんなわけで新たな懸念が生まれたわけだが、それは一旦横に置いて、今回の騒動の顛末に戻ろうと思う。
"宿短子"は殺人鬼として処刑された。身内から殺人鬼が出たとなれば、近親者に向けられる眼差しも相当厳しく世間から迫害されるのが常なのだが、菊男とその妻子たちはそんな目には遭わなかった。
宿短子は勘当されていたと前々から世間ではそう通っていたのと、菊男自身も命をかけて討伐を手伝ったのが理由だ。
バッシングはほとんど受けなかった。むしろ殺人鬼と化した弟を断腸の思いで討伐した菊男は英雄として大衆に讃えられた。
短子の絵は殺人鬼が描いた絵として価値が跳ね上がり、短子の住居に散乱していた描き損じなどは高値で売れて、その売り上げは菊男のもとに入った。
ちなみに先輩の相談なしに宿短子の拘束を解いた七男は、一週間の謹慎処分になった。顔をペショペショにして「ごめんなさい〜!」と百点満点の土下座をした七男を佐助は許した。
佐助は統一郎にいくつか質問された。
「なぜお前は宿短子があやかしだとわかった?」
「菊男さんが愛宕山を登っていた時に私のもとに来て忠告したのです。自分の家はあやかし一族で短子も人間ではないと。だから人と思って戦うのは危険かもしれない、と。その後すぐに天狗との戦闘に入ってしまい、伝えるどころではなくなってしまいました。申し訳ありません」
佐助はあらかじめ用意してあった答えを、スラスラ口にしてみせた。
「そうか……なあ佐助。太郎坊と宿短子の間で交わされた"約束"とはなんだったと思う?」
——約束を破るのか!? 太郎坊!
戦いの最中発せられたその発言が、統一郎は少し引っかかっていた。
「局長はどのようにお考えで?」
「行き場のない自分を匿う条件として、太郎坊に私の暗殺を持ちかけたのだろうと——私はそう予想している」
「自分も同意見です。——もう真偽は確かめようもありませんが。しかし、もう解決したことです。今さらその程度の疑問は気にかけるまでもないでしょう」
「それはそうだな」
統一郎はかすかに顎を引いて肯定した。
気絶した太郎坊は拘束されて例の拷問部屋に連れて行かれたのだが、目を覚まして第一に飛び込んできた樹の顔を見るなり、舌を噛み切って自害してしまった。
敵の手に捕えられたと知るや否や、死を選んだのだ。拷問されて屈辱を受けるくらいなら自ら死んだ方がマシという思いが感じられた。
「狂気的だな。そこまでして俺たちを……」
佐助は言葉の途中で口をつぐむと、睨むように曇天を見上げる。
俺たちも同じだ。太郎坊に呆れる資格は俺にはない。
『鬼頭統一郎。全ての殺人鬼を滅ぼす男の名だ』
あの時の統一郎の顔も声も、昨日のことのように思い出せる。
俺の人生が変わった決定的な瞬間。
俺はあの人についていく。
『お前ら魔性討伐軍がデカい顔で正義の味方やってられんのも、今のうちだ』
どんな奴らが待ち構えていようと、今さら怯みも後ずさりもしない。
全ては殺人鬼を滅ぼすために。
この命、惜しみなどしない。最後の最後まで使い切ってやる。




