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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン
第一章

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乗っ取り

 ***


 「う……ここは……?」


 薄暗い場所に目が慣れるまで、時間がかかった。


 宿菊男は、魔性討伐軍の道場の下にある穴蔵——そこにあるあやかしを閉じ込めるための牢屋に、手足を縛られた状態で入れられていた。


 あんこが閉じ込められた場所である。


 あの後、佐助は手刀であんこの体に入った菊男を気絶させた。


 次いで隊員たちが気絶した太郎坊を拘束し、菊男の本体はどこにあるのかを吐かせた。菊男の体は愛宕山付近の麓の空き家に隠されていた。


 その体をすぐに樹と卵井が持って帰ってきて、気絶しているあんこの体(中身は菊男)の傷口に菊男の血を垂らした。


 だから現在、牢屋に閉じ込められているのは元通りの体に戻った菊男だ。心も体も宿菊男に戻ってしまった。


 もうこれで誰かの体を乗っ取ることもできない。


 「なんか気持ちわりい……」

 「辛いだろ。あやかしの力を抑制する特別製の独房だからな」

 「お前……!」


 佇んでいる佐助を認めた菊男が、敵意を剥き出しにする。


 「犬なんかに乗り移らせやがって……! 弱い奴はすぐに卑怯な手を使う——」

 「どうも〜! 弱い奴でーす」


 暗闇から、もう一人の人物が現れる。


 短子である。医局で手当てを受けて、統一郎の許可を得てこの場にいさせてもらっている。


 「兄は処刑されるのでしょう? その前に少し話をさせてください」


 そう言えば簡単に許可はおりた。


 短子は、自身が菊男だと思われていることを訂正せずにこの場に立っていた。統一郎を含めた他の隊員たちはまだ勘違いをしている。


 真実を知っているのは相変わらず佐助だけ。


 あんこは、なんかよくわからんが何か事情があるのだなとだけは察している。


 「あんこには感謝しないとな。何もわからないのに言われるまま最高の仕事をしてくれたんだから」


 短子の言葉に佐助も頷く。


 落ち着いたら大福・団子食べまくり祭を開催してやらねば。


 短子は牢の中の菊男に近づくと、手を伸ばせば届きそうな距離に立つ。


 「嬉しいか?」


 菊男が口の片端を持ち上げて、皮肉っぽい笑みをこぼす。


 「捕まった俺を見て、近いうちに処刑されるって知って、さぞかし晴れ晴れとした気分なんだろうな? お前ごときに馬鹿にされる日が来るとは思わなかったよ」


 短子は、無表情で座り込む双子の弟を見下ろすだけだ。


 菊男の被害妄想はここにきていよいよ高まり、短子への罵倒は止まらない。


 「ふざけんなよ。物心ついた時から、俺の残り滓としてずっと惨めに生きてきたくせに。ずっと下だったくせに。なのに反逆しやがって」


 "反逆"とは、香澄に近づいて自分の知らないところで絆を深めていたことを指している。


 「人の物取るとか腐り果てた根性だな。このコソ泥が。お前が俺から奪うなんてこと、あっちゃいけないんだよ。たとえどんなにくだらない物だったとしてもな」

 「……だからあの人は物じゃないって言ってんだろ」

 

 短子はしゃがみ込むと、菊男に視線を合わせる。


 「なあ……聞かせてくれ。香澄の大切な体を物のように扱って、心を踏み躙ってきたことに対して——お前は今どう思っている?」


 説教が始まるのかと思った菊男が、鼻白んだ顔になる。


 短子は質問を変えた。


 「ここを出ることができたら彼女に何を言いたい?」

 「そうだな……まず改めて制裁を加えなくちゃいけないな。夫に隠れて他の男と逢い引きしていた阿婆擦れに、キチンと言い聞かせなくちゃいけない」


 「言い聞かせる」と言っているのに、菊男はなぜか肩を回してみせた。


 短子は唇を噛み締めた。


 「自分の息子を——菊之助を乗っ取るつもりだったのか?」


 菊男は、なぜお前がそれを知っている、と一瞬そう言いたそうな顔をしたが、


 「ああ、そうだよ」


 とあっけらかんと言った。


 「体なんざ若い方が良いに決まってるからな。今の体に未練なんかないし」

 「……そうか」


 短子は握りしめていた拳から力を抜くと、もう完全に諦めたようなため息を吐き出した。


 「お前は絶対に反省しないんだな」


 とても悲しげな笑みだった。


 「こんな奴は反省なんてしない。言っただろうが」


 佐助が呆れたような、しかしどこか慰めるような口調で言うと、短子が「十中八九わかってたけどさ」と言う。


 「でも心のどっかで期待しちゃうんだよ。こんなんでも長年一緒に育ってきた兄弟だからさ」


 「でも……まあ、しょうがないね」と大きく伸びをする短子。


 「お前に変わる気があるんならやめようと思ってたけど。……うん。残念だけどやるか」


 その時、牢屋の扉が開けられた。

 そして瞬く間に閉じられる。


 佐助は牢屋の隅に立ち、一緒に入った短子に話しかけた。


 「気をつけろよ。手足は縛ってあるが、追い詰められた奴は何をするかわからない」

 「はいはい」

 「な、なんだ!?」


 恐怖が込み上げてきて、思わず地面に尻をつけたまま後ずさる菊男。


 短子は菊男の前にしゃがむと、首筋に手を伸ばした。


 首の皮膚に爪を立てると、ポタポタと血液が落ちてきた。


 「は?」


 「え? えっ? え……?」と困惑する菊男。


 短子が何をしようとしているのか薄々察していたが、脳はまだ理解を拒んでいた。


 「俺肺の病があってさ。25歳まで生きられないって医者に言われてんだよ」

 「そんなこと知っている!」

 「だよね。生き続けるためには今の体を捨てなきゃいけないってこともわかるよね」

 「!? おい……!」


 短子は自身の指先を噛む。口から指を離すと、血が糸を引いてついてきた。


 「俺、初めて双子で良かったって思えたよ。物心ついた時からずーっとお前と比べられてきた惨めさも報われるくらいな」

 「や、やめろ。近づくな!」

 「ま、安心しろよ。香澄と子どもたちは俺が責任持って幸せにするからさ」


 そう言われた瞬間、菊男の頭にカッと血が上った。


 「やめろ! 俺から何も奪うな! 俺の名前も人生も何もかも奪うなんて、そんな酷いことがあってたまるか! そんな惨い結末が——」


 言葉の途中で、短子の赤い指先が菊男の首筋の傷と重なる。


 すかさず佐助が動き出し、短子の体を——中身は菊男の短子の体を地面に押さえつける。


 そして素早く拘束すると、今度は菊男の体に乗り移った短子に近づく。


 「こうして同じ格好をしていると、本当に見分けがつかないな」

 「まあ双子ですから。お前がそう言うくらいならきっと大丈夫だな」

 「ふ、ふざけるな……」


 菊男の声を無視して、二人は牢屋を出る。


 ここに来た時と何も変わらない。同じ姿形の男がうずくまっていた。


 微妙な違いはあれど、その違いがわかる者は魔性討伐軍にはいない。


 「お前の処刑は明日の朝行われる。言っておくが何を言ったって無駄だぞ。死を逃れるためにお前があれこれ作り話をするだろうことは、局長に口酸っぱく忠言しておいたからな」

 「クソ……! 違うんだ……俺は短子じゃない。菊男なんだ。そこで立ってる奴が短子なんだ! 俺は宿菊男なんだ……」


 菊男は全ての責任を短子に押し付けようとした。


 そのせいで、最後は短子として処刑されるのだから皮肉なものだ。


 散々他人の体を好き勝手扱ってきた菊男は、他人に体と人生を乗っ取られるという最後を迎えた。

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