惨めな男
「局長! 副長!」
騒ぎを聞きつけた隊員たちが、ようやくやって来てくれた。
太郎坊の姿を認めた隊員たちの間に、どよめきが起こる。
「そこを動くな雑兵ども!」
太郎坊は統一郎の届かぬ上空へと舞い上がると、全員に見せびらかすように羽団扇を掲げてみせる。
「邪魔した瞬間に、この建物ごとお前らを吹っ飛ばしてやるからな!」
その時、ほんの一瞬だが、統一郎の視線が確かに自身の屋敷の方へ向いた。
「お前たち、一歩もその場を動くな!」
太郎坊よりも大きい統一郎の声が響く。
「何があっても絶対に手を出すなよ」
「しかし局長——」
「手を出すなと言っているんだ!」
これほど統一郎が自分たちに対して怒気をあらわにしたのは、初めてのことだった。
有無を言わせぬ口調に、隊員たちは大人しく従うことを決意して、ただ戦いを見守るだけにとどまる。
佐助と短子に視線を移した隊員が、怪訝な表情で言う。
「あそこにいるのは副長と……菊男さん?」
「なんであの二人と岡田が戦って……?」
その声が耳に入った菊男は、嬉しそうに口角を上げる。
「誰一人として短子だと気づかないらしいな。可哀想に! 我が兄よ」
「気色わりー!!」
急に弟ぶってきた菊男に渾身の一撃を振るうも、うなぎが手から滑り落ちるようにかわされてしまう。
「でもお前を見てると、本当に可哀想に思えてくるよ。幼い頃から早死にが約束されてて? 武術の才能もなくて? 初めて真剣に好きになれた女は弟の物で?」
「ッ……! あの人は物じゃねえ!」
怒りに任せた拳をあっけなく手のひらで受け止められ、まずい、と思う暇もなく短子は地面に叩き込まれる。
「ガハッ!」
「おい!」
短子を助けるべく、佐助は刀を菊男めがけて振り下ろす。その刀身は鞘に収まっていて、殺傷能力はない。
「他人の体も便利なもんだ。勝手に弱体化してくれるんだから」
「くっ……!」
いまいち力が入らない理由を説明され、佐助の神経が逆撫でされた。
部下の体を使って好き勝手やるこの男に、激しい憤りを覚える。
「お前は俺の出涸らしだ。いっそのこと生まれてこない方が正解だったのかもな。俺がお前の立場だったら惨めすぎて生きていけねえもん」
菊男が短子の頭を踏みつけると、口元を楽しげに歪める。
「そうか? 俺はお前の方がよっぽど惨めだと思うけどな」
「はあ?」
「お前はその恵まれた才能で何をした?」
「……何が言いたい」
菊男が距離を取って、どこか腹立たしそうに尋ねた。
「誰かに喜ばれるようなことの一つでも成し遂げたのかよ。自分より圧倒的に弱い生き物ボコることは、よちよち歩きの赤ん坊でもできるぞ。お前、赤ん坊の段階で止まってんだよ。そのまま年だけ食ってくって考えたら、お前の方がよっぽど惨めで泣けてくるね」
「はああ? まさかとは思うが……お前ごときが俺を憐れんでるのか? 意味がわからないんだが」
苦いものを大量に口に流し込まれたような顔で吐き捨てる菊男。
「生まれてこない方が正解だった、だと? たとえそうだとしても、俺は生まれてきてよかったって思ってるけどな」
心からそう思っていることがわかる短子の晴々とした表情に、菊男の怒りゲージが一気に溜まった。
「負け惜しみはやめろ! 俺よりも幸せそうな顔をするんじゃない!」
「ッ……!!」
「! おい」
佐助は目を押さえてうめく短子を庇うように、彼の前に立った。
「おい大丈夫か!?」
「うーん……大丈夫じゃないかも。これは」
喘ぐような声の合間から、切れ切れに答える短子。
菊男は短子の目を突いた。
短子の視界は赤色のほかは何も見えない。
一時的なものとはいえ、菊男は視力を奪うことに成功していた。
ボタボタと垂れる血を見た佐助が「もういい。あとは俺が……」と言いかけると——。
「局長!」
複数人の悲鳴があがり、佐助はハッとして統一郎の様子を窺う。
統一郎は血が滴り落ちる右腕を押さえて、端正な顔を歪めていた。
それを見つめる菊男の瞳が、キラキラと輝きを放つ。




