本性を表した
「お前、短子と話してた奴だな?」
菊男が、佐助にだけ聞こえる声で尋ねる。
「あいつから全部聞いたの、お前だろ。いいよ、お前も殺してやる」
その言葉の後に、拳が風を切る音。
風圧が顔にかかり、佐助はヒュッと息を呑んだ。
聞かれていたのだ。愛宕山での短子との会話をすべて。
佐助はそのことを悟った。
菊男はあの時二人の近くにいて、天狗の救助を待ちながら、二人の会話を盗み聞きしていたのだ。
「俺が菊男だって知ってんのはお前だけだ。お前さえ殺せば、魔性討伐軍局長を殺そうとしたことも短子のせいだってことになる」
菊男は愉快でならないというように、下卑た笑みを浮かべる。
「お前を殺した後で俺は逃げ切ってやる。——俺の勝ちだ。ヒヤヒヤさせてくれたが、結局俺の勝ち逃げで決定だ。ざまあみろ」
舌を出す菊男を、睨み上げる佐助。
「この腐れ外道が……!」
佐助がそう吐き捨てた時、菊男の体が数メートル先に吹っ飛ばされ、道場の壁にぶち当たって止まる。
佐助の仕業ではない。
「局長……!」
統一郎が冷たい眼差しで刀を構え、菊男へ歩み寄る。
その刀は鞘に収まっていて、できるだけ岡田の肉体を傷つけたくないという意思が感じられる。
「やっぱ強いな、局長様は」
菊男は口内に溜まった血をペッと吐き捨てると、億劫そうに肩を鳴らす。
「二人がかりはさすがに勘弁だな」
「なら大人しく降参しろ」
「それはもっと勘弁。だからさ、呼ぶよ」
嫌な予感がしたのと、菊男がスッと目を細めたのは同時だった。
「来いよ、太郎坊」
もう嫌になるほど浴びた強風が吹き荒れたのは、その時だった。
「失敗か!?」
現れた太郎坊が菊男に怒鳴る。菊男は「いや?」と首を振ると、
「約束は守るよ。"鬼頭統一郎を暗殺する"って約束は必ず守るからさ。だからちょっとだけ時間稼ぎ頼むよ」
菊男が目配せすると、太郎坊は大きく空に舞い上がり、そのまま空中で助走をつけるような物凄い速さと勢いで、統一郎に向かっていった。
ガキィィン!
刃物同士がぶつかり合う剣呑な音が響くと、統一郎は対峙している太郎坊から視線は逸らさずに、佐助に叫ぶ。
「じきに隊員たちが駆けつけるだろう! それまで持ちこたえろ! 間違っても死ぬなよ!」
「承知しました!」
この騒ぎを聞きつけた隊員たちがやって来るのは、あと数分もしないはずだ。
その数分の間に決着をつけたい——いや、つけなければいけない菊男は必死だ。太郎坊が統一郎を引きつけている隙に、佐助を殺してしまおうと自慢の石化流を振るっていく。
佐助は迎撃することは諦め、ただ攻撃を避けることにのみ集中する。
避けた際に風圧が耳の穴からヒュッと音を立てて入ってくる感覚に、少しでも反応が遅れたら命取りだということを、否が応でも意識させられる。
まだ愛宕山で戦った疲労が体に残っている。30秒耐えられるかどうかも怪しい。佐助は上下左右あらゆる方向から繰り出される拳を紙一重でかわしながら、自身の限界を意識していた。
とうとう菊男の拳が喉元目掛けてめり込もうとした瞬間——。
「待てーーっっ!」
この声は、と思ったことは同じだったらしく、菊男も動きをピタリと止めて、声が聞こえてきた方角を見る。
「なんでここに……!?」
そこには短子が立っていた。
どうして屯所に来たんだ。来ちゃいけないだろう。
お前は今、殺人鬼として追われているんだから。
「菊男さん! 危ないので離れてください!」
統一郎の声に佐助はハッとする。
彼は今、突如乱入してきた短子を菊男だと思っている。
瓜二つの双子。隊員にも自分は菊男だと説明して、ここまでやって来たのか——。
短子は間違いを訂正する暇も惜しいのか、菊男に話しかける。
「お前が見つからなかったと聞いて、もしかしたらと思って来てみたら——予感は当たっていたんだな」
菊男は隊員の体を乗っ取っているのではないか、と短子は予想していた。
そして、その予想は的中していた。
「お前の本当の体はどこにある?」
「教えるかよ、そんなこと!」
菊男が地面を蹴って、一気に短子と距離を縮める。
その動きは予想できていたようで、短子は余裕を持ってかわす。
「こいつは太郎坊とグルだった」
佐助は短子の隣に立ち、抜刀して構える。
「そうだよ。お前をどうしても殺したかったから、太郎坊と取り引きしたんだ。お前を殺す舞台を整えてやる代わりに鬼頭統一郎を暗殺しろって言うから、俺はそれに乗ったんだ」
愛宕山で戦闘のどさくさに紛れて、誰でもいいから隊員の体を乗っ取れ。お前の体はこっちで回収してやるからと。
隙を見せない強敵である統一郎も、隊員相手になら油断するはずだから、お前の能力を使えば楽に暗殺できると。
「お前の企みを察したら、もう一秒だって生かしておけないだろ? 永爽家の生き残りがダメでも、誰か強力なあやかしにでも目をつけるかもだし。実際、お前は太郎坊に食いついた」
自分の命を狙う者がいると知れば、その者を排除しようとするのは当然だろ?
菊男は顎を持ち上げて短子を見下す。
「お前なんかに負けるほど俺は弱くないが、お前昔から逃げ足だけはそこそこだったもんな。そもそも勝負に持ち込めなきゃ殺せないわけで。だから太郎坊と契約してやったんだ」
「何とも思わないのか」
「は?」
短子の質問の意図が、菊男にはピンと来ていないみたいだ。
「殺人鬼でも犯罪者でもない——ただの人間の人生を奪うことに、お前は何の抵抗も感じないのか」
短子は弟の目を、その奥に隠れた心を探るようにじっと見つめる。
「気の毒だな〜、とは思うよそりゃ。でもさ、俺が殺されるわけじゃないんだし。俺には何の痛みも損失もないんだよ? そんな叱るような目で見られてもな〜」
そして菊男は、俺たちを失望させることを言い放つ。
「自分には何も関係ないことを考えるのって、めちゃくちゃ無駄な時間じゃない?」
菊男は屯所の方をチラリと見ると、構えの姿勢をとる。
「俺を殺しに来たんだろうけど無駄だよ。体の勝手は違くても、染み付いた技は離れねえからな」
「殺しに来た? 俺がお前を?」
「そうだよ。だから来たんだろ? 危険だってわかってても、俺をぶっ殺したい一心で敵陣にやって来たんだろ」
この気持ちを菊男は絶対に理解できないのだと考えると、短子は思わず笑いが込み上げて来た。
「はは……ちげえよ、バーカ」
急に笑い出した短子を、苛立ち混じりに眺める菊男。
「お前のやってることを止めなきゃなんないって思ったからだよ。誰かの人生を踏み躙ることも、人を殺すことも、許されないことなんだよ。これ以上他人の人生をぐちゃぐちゃにして、分厚い面晒してんじゃねえよ」
短子はそこで目を伏せると、
「ま、俺もその"許されないこと"しようとしてたんだけど」
と自身の過去の行いを後悔した。
「だからこそだ。ここまで多方面に迷惑かけまくった以上、お前をここで逃すわけにはいかないんだよ」
短子は腰を落とすと、臨戦体制をとる。
佐助も刀を握る手に力を込めて、全神経を菊男に集中させる。
一人では無理でも二人なら。
同じ希望を胸に抱き、いざ佐助たちは菊男に飛びかかった。
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