第184話 親睦会 ③
室内に戻ると、親睦会は引き続き賑わっていた。
先ほどまでサックスを吹いていた福田優梅は、今は両手でハンドパンを奏でている。
長い前髪を分け、自毛で編んだ四本の三つ編みを根元でクリップ留めにした少女、
グレムリンチーム所属、ゲインの郭瑞甄。
彼女は台湾の原住民風の衣装を身にまとい、両腕を高く掲げながらリズムに合わせて細い腰をしなやかに揺らしていた。
その隣では、健康的な褐色肌の少女、セイレーンズチーム所属のシレナの比嘉丹璃が三線を爪弾く。短めのミディアムヘアを、鈴の付いたゴムで右後ろにまとめたプチポニーテール。
三人の奏でる音は、どこか異国の風を感じさせる民族調の旋律となり、会場の空気をやわらかく包み込んでいた。
その音楽が流れる中、タキシード姿の相賀チーフの周囲には、赤いショルダーレスドレスの優唯、シャンパンピンクの着物を纏った奈穂が寄り添っていた。
テレビ局の男性二人と、映画制作会社の女性二人が、グラスを片手に談笑している。
軽くグラスが触れ合い、澄んだ音が響いた。
テレビ局の男性が笑顔で言う。
「相賀さん、昨日のコンサートの大成功、おめでとうございます」
相賀は柔らかく微笑む。
「ありがとうございます。御局やスポンサーの皆様のお力添えのおかげで、フェアリーズプロの子たちも、最高のステージをお届けできました」
別の男性が続ける。
「いえいえ、相賀さんのプロデュース力あってこそですよ。六年間、ここまで成長させたのは見事です」
相賀は首を軽く振る。
「うちの子たちは、発想力も企画力も優れていますから。上下関係にとらわれず、経験を共有できる環境があったのも大きいですね。私は、ほんの少し背中を押しただけです」
映画会社の女性が感心したように言う。
「それこそ一番大事な役割ではありませんか。いくら才能が良くても、良き導く人がいなければ完成しませんから」
相賀は穏やかに笑った。
「むしろ、彼女たちと出会えたことの方が、私にとっては幸運ですよ」
話題は自然とフェアリーズの二人へ移る。
「喜多田さん、柳原さん。昨日のパフォーマンスも素晴らしかったですよ」
優唯がにこやかに応じる。
「ありがとうございます。皆さまのお力添えあってのステージです」
奈穂は控えめに視線を優唯へ向ける。
テレビ局の男性が続けた。
「新年度に向けて、お二人は何か目標はありますか?」
優唯は少し考え、自然に答える。
「そうですね……七年目に向けて、ナレーションのお仕事をもっと広げていきたいです。人文や自然、旅行紀行の番組などが好きで、仕事を通して知識が増えていくのが楽しいんです」
少し照れたように笑う。
「あと、この前出演させていただいた刑事ドラマも、とても良い経験でした」
「ああ、あの難波薔薇組のシリーズですね」
「はい」
映画会社の女性も頷く。
「拝見しました。確かに現場の第一発見者で容疑者に挙げられた、憧れの先輩に裏切られる、そして泣き顔で先輩の犯行を挙げるシーン、あれは本当に引き込まれましたよ」
優唯は軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。脚本と監督のご指導のおかげです。これから、もっと俳優のお仕事にも挑戦していきたいと思っています」
男性がさらに話を振る。
「実は、東鄉一希先生のサスペンスシリーズが映画化される予定でして」
優唯は少し驚く。
「動物に変身できる少女たちが事件を解決する作品ですよね?」
「ええ。そのキャストを探しているところなんです」
優唯の目が少しだけ輝く。
「ぜひ、挑戦させていただきたいです」
「では後日、正式に担当マネージャーの片桐さんに企画書を送りますね」
「はい、よろしくお願いいたします」
続いて奈穂へ視線が向く。
「柳原さんは?」
奈穂は背筋をすっと伸ばした。
指先まで無駄のない所作でグラスをテーブルへ置き、静かに答える。
「これまでの活動に加えて……自分の可能性を、さらに広げていきたいと思っております」
その声は柔らかいが、芯がある。
育ちの良さと、舞台を踏んできた自信が、自然と滲む。
テレビ局の男性が満足げに頷いた。
「実は、歴史ドラマシリーズで巴御前を扱う企画が進んでいまして」
その名が出た瞬間、空気がわずかに張り詰める。
巴御前――
源平合戦に名を刻む女武者。
武勇と気高さを兼ね備えた伝説の女性。
歴史ドラマの主演級となれば、
それは実力と格を兼ね備えた俳優しか立てない場所だ。
奈穂は一瞬だけ息を止めた。
これまで経験してきた舞台や映像作品とは、明らかに重みが違う。
それは、女優としての格を問われる領域。
だが、すぐに視線を落ち着かせ、相手をまっすぐに見つめる。
「……私で、よろしいのでしょうか?」
驚きはある。
だが、声は揺れない。
テレビ局の男性は続けた。
「フォーチュンナイツ新撰姫での演技。それに、水戸黄門の映画で演じた“かげろうのお銀”。適度が良いあの存在感は高く評価されています。それに、柳原さんは華族のご出身ですよね。その雰囲気が役にぴったりなんです」
奈穂の胸の奥が、わずかに熱を帯びる。
あの撮影の日々。
時代劇所作の稽古。刀の扱い、立ち姿、目線の置き方。
血筋に甘えず、積み重ねてきた努力が、今こうして評価されている。
それでも、奈穂は静かに頭を下げた。
「そのように見ていただけて光栄です。もし機会をいただけるのであれば、全身全霊で務めさせていただきます」
その姿は、まるで武家の姫君が出陣を命じられたかのように、凛としていた。
奈穂は深く頭を下げた。
「もし機会をいただけるなら、全力で務めさせていただきます」
その華やかな空間の中、ひときわ異質な存在が、静かに現れた。
黒いスーツに身を包んだ大柄の男。
その後ろには、無言のガードが二人。
三人組は、スタッフの案内を受けながら会場へ足を踏み入れる。
空気がわずかに変わった。
先頭の男はサングラスを外す。
鋭い三白眼。無骨な顔立ち。
その口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「ふん」
低く呟く。
「クライアントの商品は、ずいぶん元気そうじゃねぇか」
その視線が、ゆっくりと会場を舐める。
神木綾香。五十嵐歌波。鬼塚雷葉――
次々とフェアリーズの面々を観察する。
その多くが異能持ち子だ。
さらに、緊急プレイで注目を浴びた実瀬に目を向ける。
「面白ぇな」
わずかに目を細めた。
「新しい顔にも、使えそうな奴がいる」
その言葉は、祝宴の空気とは明らかに異質だった。




