第183話 親睦会 ②
実瀬は窓のドアを開け、ベランダへ出た。
夜風が、ほんのりと涼しい。
足元の大理石の床には埋め込み型のライトが淡く灯り、都会の夜景と溶け合っていた。
青いドレスをまとった柚奈が、ガラス越しに街を眺めている。
遠くには無数のビルの灯り。
空には航路を行き交うマシンのライトが流れ、まるで星の川のようだった。
巨大なメトロポリスの夜景が、静かに広がっている。
「浅井さん」
実瀬が声を掛ける。
「ここにいたんですね」
柚奈は振り返らない。
「……何か用?」
「いえ。ちょっと探していただけです」
「気分転換ですか?」
柚奈は小さく鼻を鳴らした。
「あんな社交辞令ばかりの場所に、長くいたら誰だって疲れるでしょう」
実瀬は苦笑する。
「でも、二十社以上の人が声を掛けていましたよ」
「今夜一番人気だったのは浅井さんじゃないですか」
柚奈は肩をすくめる。
「ほとんどは両親への挨拶よ」
「私への仕事じゃない」
実瀬は少しだけ羨ましそうに言った。
「それでも、仕事につながるチャンスは多いでしょう。昔から芸能経験を積んでいる浅井さん、正直羨ましかったです。それに……仕事を相談できるご両親も」
柚奈は夜景を見たまま答えた。
「相談役じゃない、ただの評価者よ」
少し間が空く。
「むしろ。業界を知らない親なら、自分の好きに挑戦できるでしょ。自分の輝きを、自分のやり方で証明できる。そっちの方が自由よ」
実瀬は肩をすくめる。
「私は……家族の応援してほしいです。父も母もアメリカの研究所にいて忙しくて、デビューコンサート、知っていたのに来られなくて。お祝いの連絡もなかったんです」
柚奈は何も言わなかった。
二人とも恵まれている。
それでも、互いの持っていないものを羨んでいた。
実瀬は夜景を見上げる。
「でも、ここからの景色、すごく綺麗ですね。何度見ても飽きません」
柚奈は黙ったままだった。
だが、その横顔はほんの少しだけ柔らいでいる。
実瀬は続ける。
「こういうイルミネーションを見ると、観客席のライトを思い出します。昨日のコンサート、本当に最高でした」
「また、あんなライブを何度でもやりたいです」
柚奈はその言葉を聞いていた。
そして、ぽつりと言った。
「……昨日の勝負、私の負けよ」
実瀬は驚く。
「え?そうかな?私には浅井さんが勝ったように見えました」
柚奈は首を振る。
「いいえ、完全に負けた」
そして、まっすぐ実瀬を見た。
「あんたがチーフを説得して緊急プレイに参加した、それが想定外だった」
実瀬は慌てて言う。
「でも浅井さんも出ましたよね?」
柚奈は小さく笑う。
「あんたが出るなら、私が出ない訳ないでしょ。それだけ」
会話は自然に、ため口になっていた。
「でも、チーフを動かしたのはあんたよ」
実瀬は首をかしげる。
「私だけじゃないですよ。ゆうーちゃん先輩や、他の先輩たちもお願いしてくれました」
柚奈は再び首を振る。
「それだけじゃない、あんな怪物を相手にして、あんたは怯えなかった。異能もないのに、ステージに立った。その覚悟で、私は負けた」
実瀬は慌てる。
「違うよ、あの時、怖かったよ。でも、みんなが一緒だったから。ファンを守りたいって思って、歌に集中していただけ。緊急プレイが終わったあと、手も足も震えてたんだから」
それでも柚奈は言った。
「それでも、負けは負け」
敗北の認めも頑固だ。
実瀬は苦笑する。
「そんなに差があったとは思わないけど……」
「じゃあ、クイーンの席は浅井さんに譲ろうかな」
柚奈は即答した。
「いらない、クイーンはあんたが続けなさい。そして、必ず私が奪う」
実瀬は笑う。
「えぇ〜?じゃあ栞ちゃんとかクローディアさんに――」
柚奈は遮った。
「だめ!あんたじゃないと意味がない。私のリベンジの相手は、あんたよ」
そして強く言った。
「だから、実瀬、怠けたら絶交よ」
その言葉に実瀬は目を丸くした。
そして、満面の笑顔になる。
「今なんて言った?」
「そう言う言葉が二度言わせない」
柚奈はそっぽを向く。
「違う。今、私のこと何て呼んだ?」
柚奈は小さく答える。
「……実瀬」
苗字じゃない、名前だった。
実瀬は嬉しそうに笑う。
「嬉しいよ、柚ちゃん」
柚奈の顔が真っ赤になる。
「柚ちゃん言うな!!チャラい過ぎて、不埒だわ!」
その時だった。
「二人とも、何してるの?」
栞成が声を掛ける。
小依も来る。
クローディアは腕を組んで静かに見ている。
「別に」
柚奈が言う。
「クイーンの話だけど……どうやら、私が続けるしかないみたい」
栞成は呆れたように肩をすくめた。
「当たり前でしょ。うちのクイーンは実ちゃんしかいないんだから」
小依もその意見をフォローするように首をこっくりとした。
クローディアだけは何も言わなかった。
ただ静かに、クイーンの事より、自分の見せ方の完璧させることを追求するクローティアは無言で静かに二人を見守った。




