第182話 親睦会 ①
翌日の夜。
新宿エリア――フェアリーズプロビル19階。
そこには二層構造の広いホールがあり、螺旋階段で上下が繋がっていた。
200人ほどが集まっても十分に余裕のある、豪華な宴会用の空間だ。
開放的なフロアには、ソファとローテーブルが六組ほど配置され、壁沿いには多数の椅子が並べられている。中央の長いバーテーブルには、五十種類以上の豪華なビュッフェ料理が美しく並んでいた。
コンサート終了後の親睦会が行われている。
会場にはフェアリーズ三十名をはじめ、事務所スタッフ、コンサート関係者、テレビ局、スポンサー企業、広告代理店など、多くの関係者が参加していた。
フェアリーズのメンバーたちは、ステージ衣装ではなくフォーマルな私服ドレス姿だ。
コンサートの打ち上げという意味もあるが、フェアリーたちにとっては
今後の芸能活動の仕事を広げるための重要な社交の場でもあった。
部屋の奥では、小さな即興ジャズ演奏が始まっている。
ドロテーア・クニュッペルがドラムでリズムを刻み、
今白栞成がキーボードを奏で、
四葉雫玖が柔らかな歌声を響かせていた。
さらに、亜麻色のミディアムヘアを三つ編みのハーフアップにしたフェアリー、福田優梅がサックスを吹いている。
ゆったりとしたジャズが流れ、会場の空気を柔らかく包んでいた。
会場では、フェアリーたちがそれぞれスポンサーと談笑していた。
凛音と話していた実瀬にも、何人もの広告担当者が声をかけてくる。
柚奈の周囲には、十数社の代表者が集まり、
まるで記者会見のような人だかりができていた。
モデル経験の豊富なクローディアには、
高級ブランドの広告関係者が次々と話しかけている。
その一方、部屋の隅では、小依と心実が静かに立っていた。
まるで飾られた花のように、
誰も声をかけてこない。
小依がぽつりと呟く。
「いいなあ……みんなスポンサーの人にいっぱい声かけられて」
心実が穏やかに尋ねる。
「小依ちゃんは、そう思う?」
「だって、それって仕事が来るって意味でしょ?」
心実は小さく笑った。
「去年の私も、誰も声をかけてくれなかったよ。でも……こういうパーティーって、ちょっと苦手なの」
「どうして?」
「人が多いと、落ち着かなくて」
小依が首を傾げる。
「でも、どうしてアイドルになろうと思ったの?アイドルって、人とたくさん関わる仕事だよね?」
心実はゆっくりと答えた。
「最初は、アイドルになるつもりなんてなかったの」
「でも、お父さんが勝手にフェアリーズプロのオーディションに応募して、うちのお父さん、重い病気で、ずっと病院に通ってるの。だから、少しでも元気になってほしくて……それで頑張ろうって思った」
心実の声は小さい。
だが、不思議と耳に残る柔らかな声だった。
気負いも、自己主張もない。
それでも、聞く人の心に静かに残る声。
「最初は絶対に落ちると思ってた。でも、気づいたらフェアリーズになってた。仕事が少しずつ増えていって……お父さんだけじゃなくて、病院の人たちも元気になってくれたの。それで思った」
「フェアリーズって、人を幸せにできるんだなって、だから今は、アイドルを続けたいって思ってる」
小依は感心したように言う。
「すごいね……じゃあ普段はどんな仕事してるの?」
心実は答えた。
「私、動物と話せる能力があるの」
「そうか、念者だもんね」
「うん。動物番組のロケとか、ペット相談の仕事とか。動物の気持ちを飼い主さんに伝えるの。気づいたらメディアに動物悩み解決エキスパートに呼ばられた」
小依が笑う。
「才能がちゃんと活かされてるね」
心実も微笑んだ。
「小依ちゃんも、お芝居上手いからきっと仕事増えるよ」
その時だった。
スーツ姿の中年男性が声をかけてきた。
「少しいいかな?」
二人は振り向いた。
「はい?」
「家庭雑貨メーカーの者です。ペット用品や虫よけ線香のテレビ広告を企画していてね。興味はありますか?」
二人は緊張しながら頷いた。
「はい……頑張ります」
「前向きに検討させていただきます」
名刺キューブを受け取る。
その様子を、少し離れた場所から実瀬が見ていた。
すると別のスポンサーが声をかける。
「赤星さん、当社の新型マシンのテレビCMに出演していただけませんか?」
実瀬は目を丸くした。
「えっ……?」
「私は、まだデビューしたばかりですが……」
担当者が笑う。
「あなたの動画を見ました。自然の中で歌う映像がとても印象的だった。新型マシンは、家族キャンプや旅行をコンセプトにしています。あなたのイメージにぴったりなんです」
駄菓子メーカーのテレビCM。
女子高生から二十代前半に人気のファッション誌のモデル企画。
化粧品ブランドが展開するJK向け新商品のポスター広告。
いずれも新人アイドルには悪くない案件だ。
だが、どれも芸能界ではいわゆる登竜門的な仕事で、
本格的なタレントとして扱われているとはまだ言い難い。
それだけに大手マシンメーカーから直接、広告出演の話が来たとき、
実瀬は思わず目を丸くしてしまった。
通常、この規模の企業広告は、名度のあるタレントやトップモデルが起用されることが多い。
デビューしたばかりの自分に声がかかるなど、正直、想像もしていなかった。
だが同時に、実瀬は胸の奥で小さく拳を握る。
新人アイドルとしては、決して悪くない仕事だ。
それでも、大手マシンメーカーの広告に出てほしい。
そう言われた瞬間、実瀬は思わず目を瞬かせた。
(……私でいいの?)
デビューしたばかりの自分が、そんな大きな仕事を任されるなんて。
胸の奥で、少しだけ不安が揺れる。
だけど同時に、それ以上に強い感情が湧いていた。
(でも、やってみたい)
もっと歌いたい、もっと多くの人に、自分の歌を届けたい。
そのためのチャンスなら、逃したくない。
実瀬は軽く息を吸い、笑顔を作った。
(……これはチャンスだ)
アイドルとして名前を売るには、
こういう大きな仕事を一つずつ積み重ねるしかない。
そう思い、実瀬は背筋を伸ばして答えた。
「はい。前向きに取り組ませていただきます」




