第164話 実瀬の本物 ①
時刻はまもなく16時。
フェアリーズプロのデビューコンサート開演まで、あと二時間。
実瀬はパウダールームで、来場者を迎える歓迎役に選ばれていた。
髪型もメイクも整え、華やかなコンサート用コスチュームへ完璧に着替えている。
開場前、手元のMPデバイスにはマリアンヌとレナタの戦闘を報じるニュース中継が映し出されていた。
それを見た瞬間、実瀬から笑顔が消える。
「お姉ちゃんが……シャドマイラと戦ってる……大丈夫、かな……」
怪人や化け物を退治してきた経験が豊富な姉だと分かっていても、
ビルの谷間にそびえる巨大なレナタの姿は、彼女の不安を容赦なく煽った。実瀬は眉を寄せる。
そのパウダールームへ、マネージャーの潤軌が入ってくる。
「赤星さん」
実瀬は振り向き、胸元に手を添えて応じた。
「どうしたんですか、マネージャーさん?」
「君と浅井さんの歓迎役は、事情により交代になった。
サイレーンズの四葉さんと五十嵐さんに任せる」
「ええ?どうして……?」
「UCBDから通達があった。
この会場がシャドマイラに襲撃される可能性がある。
その場合に対応できるフェアリーズへ変更した。相賀チーフの判断だ」
「……それなら、緊急プレイも?」
「もしコンサート中に襲撃が起きたら、対応する」
離れた机と椅子に座っていた柚奈は、歓迎役の負担が先輩に移ったことを知り、
コンサート本番に集中できるとばかりに涼しい笑みを浮かべた。
実瀬は再びニュース映像へ視線を戻し、静かに言う。
「マネージャーさん……私、チーフと話がしたいです。今、会えますか?」
「相賀チーフの決定だ。赤星さんは、チーフに何を言うつもりだ?」
実瀬は椅子から立ち上がり、きっぱり言い切った。
「私は……守られるだけのアイドルになるために、ここへ来たんじゃない。
チーフを探してきます!」
正装のまま、実瀬はパウダールームを飛び出した。
「待って、赤星さん!」
潤軌も慌てて追いかける。
同じ部屋にいた小依は、駆け出していく実瀬の背中を呆然と見送った。
「……みちゃん?」
イヤホンで本番用の音源を聴き、集中していた栞成も異変に気づき、片耳を外して尋ねる。
「何が起こったの?」
柚奈は実瀬の言葉を聞き、目を見開いた。
動揺を隠しきれないまま、彼女も後を追ってパウダールームを出る。
実瀬は廊下を走り抜ける。潤軌が後ろから必死に追う。
フェアリーが駆け、マネージャーが追う。その光景に、通りがかった稲穂晴妃、日比野葵、吉峰葵結が思わず足を止めた。
「実瀬ちゃん?!」
「彼女、今は何の風が吹かせるつもり?」
葵結と晴妃が言葉を交わす傍で、葵は黙って視線を走らせた。
賢紳が休憩している個室の前に着くと、実瀬は扉をノックする。
「誰だね?」
「チーフ、赤星です」
「イレアナか。入りたまえ」
内側のスイッチ音とともにドアが開く。
個室には四人掛けのソファとローテーブルがあり、テーブル上の投影画面にはステージ平面図が映し出されていた。
緊急プレイ時の最終配置を確認しているのだろう。綾香、優唯、歌波、雫玖、そして他にも緊急プレイ要員と思しきフェアリーズたちが揃っていた。全員がすでに衣装を着用済みだ。
賢紳は実瀬の衣装姿をひと目で確かめ、穏やかに笑みを浮かべる。
「完璧にクローズアップ・マジックを掛けたな。君に似合うよ、イレアナさん」
「ありがとうございます」
賢紳は実瀬の顔色を読み取ったように、言葉を添える。
「君たちエアーリアルズのファーストコンサートを、前向きに立ち上げたまえ。
私は楽しみにしている」
だが実瀬は一歩踏み込み、眉を寄せて切り出した。
「チーフ……相談があります」
「用件は?」
「私を、緊急プレイに出演させてください」
場の空気が変わる。
賢紳は即答せず、静かに言った。
「赤星さん。緊急プレイは安全確保のために、異能を持つ子にしか任せられない。
ステージとファンを守るための手段なのだ」
実瀬は深く頭を下げ、90度のお辞儀のまま、真っ直ぐに言い切った。
「命に関わるリスクがあることは分かっています。
それでもお願いします。私を出演させてください」




