第163話 心を通わせる付き合い
万璃愛がレナタと交戦を開始する、その10分前。
場所は、609スクエア内スポーツセンターのボウリング場だった。
女子ペアと男子ペアに分かれた四人は、すでに五ゲーム目に突入している。
各チーム二人ずつの合計点で勝敗を競っており、現在は二勝二敗。
5ゲーム目に入ってからは女子チームの調子が良く、三フレーム連続ストライクを決め、その勢いのまま第4フレームを進行中だった。
テーブルにはポテトとハンバーガーのセットが並ぶ。
高さ十二センチはあろうかというハンバーガーにかぶりついている陽太の隣で、次の順番を待つ凱斗が、Lサイズのコーラを片手に楽しげに声をかける。
「いやあ、盛り上がってるな。日野くん、妹さん、相当うまいじゃないか」
アプローチに立った陽菜は、右手でボールを持ち、左手でそっと支える。
淀みのないステップで助走し、呼吸と動きをぴたりと合わせ、最後まで一気に投げ切った。
強い回転をかけられたボールは美しい曲線を描き、十本のピンをまとめて弾き飛ばす。
「よし!これでまたフォーバーガー取れたわ!」
「日野さん、すごいです!また全部倒しましたね」
内気な真夢が嬉しそうに微笑む。
女子チームの二人は顔を見合わせ、両手を打ち鳴らして歓声を上げた。
「ありがとう。次は近衛さんの番ですよ。ゆっくりでいいですから、体をリラックスさせてくださいね」
陽菜の穏やかな笑顔に背中を押され、スポーツが苦手な真夢も、少し自信を帯びた表情でうなずく。
ボールを丁寧に拭き、アプローチへと向かった。
「……はい。頑張ります」
その様子を見ながら、凱斗が陽太に声をかける。
「日野くん、5ゲームも続けてフォーバーガー出すなんて、妹さん本当に運動神経いいな」
「はい。僕よりずっと得意です。種目を問わず、全体的に」
天井のモニターを見て、5ゲーム続ける全体の採点成績を見て言う。
「それに比べて、日野くんは……予想以上に苦戦してるな?」
「異能を覚えてから、初めてのボウリングなんです。普通のスポーツだと、
力加減のコントロールが難しくて……」
そう言って、陽太はハンバーガーを大きくかじった。
異能者になる前の陽太は、平均より小柄で、特別スポーツが得意だったわけでもない。
周囲から評価されることもなく、運動に強い関心を持つこともなかった。
今は違う。全力で投げれば、ピンどころかレーンや制御機構ごと破壊しかねない。
だから奇妙なフォームで力を抑え、結果として8割近くのボールがガターに落ち、スコアは1ゲーム40点にも届かなかった。
陽太には床が割れ、機械が壊れ、公衆パニックを起こすよりは、ずっとマシだと思ったからだ。
そんなことを考えていると、真夢の投げたボールが三本のピンを倒し、回収装置が静かに残りのピンを掃除する。
それを見て、凱斗が肩をすくめて笑った。
「異能を覚えたばかりの超人系は、だいたい同じ悩みを抱えるもんさ。
気をつけないと、すぐトラブルになる」
陽太は飲み込んだ食べ物を落ち着かせてから、尋ねる。
食べ物を飲み込んだあと、陽太は凱斗へ視線を向けて尋ねた。
「凱斗先輩も……そんな悩みを抱えているんですか?」
ボウリングを楽しむ合間、初対面の壁が少し崩れたように、凱斗は肩をすくめて苦笑する。
「俺の力は、単なる物理的被害の問題じゃない。
それ以上に厄介な“副作用”を考えなきゃならない」
「副作用……ですか?」
そう聞きながら、陽太は再びハンバーガーにかぶりついた。
「確かに聖人の力はほぼ無敵だ。でも人間界で起きる人災の因果に
干渉すると、その事件に介入した分、別の代価を払うことになる」
食べ物より話の方が気になってきた陽太は、ろくに咀嚼もせずに飲み込み、続けて問う。
「つまり……凱斗先輩が人災を止めると、その因果が別の形で現れて、
結果として、別の事件が起きることもある、ということですか?」
「そうだ。だから俺は、自分の都合で好き勝手に力を振るえない。
特に公安案件の9割は人が起こした事件だ。
普通の傷害や殺人なら代価は比較的軽いが、
大型シャドマイラ級の大規模壊滅事件は、協力しても簡単には止められない」
陽太は、手に持ったハンバーガーを食べるのを忘れたまま、さらに尋ねる。
「摂理的な力の使い方って、難しいんですね。
でも……凱斗先輩は、普段どんな事件を追っているんですか?
同じナイド・ガディアンズでも、黒川先輩や松原さんは
『鋼骸教団』みたいな改人絡みの事件を追っていると聞きました」
凱斗は隠すことなく、堂々とした口調で答える。
「分かりやすく言えば、俺は悪魔退治をしている。
俺たち聖人は、天使が転生した人間だ。
因の種をばら撒く悪魔を止めるのが、俺たちの役目だ」
「……あまり普段聞かない分野ですね。
つまり、人が悪魔と条件を交わして因果が成立する前に、止めるんですか?」
陽太は、知っている知識を総動員して話についていく。
ただの怪力型ではないと分かり、凱斗は内心で安堵したように微笑んだ。
「その通りだ。よく理解できたな」
伊達先輩のことを思い出し、陽太は首をかしげる。
「それなら……うちのチームの伊達先輩は、地獄の使者と人間のハーフで、
西洋では悪魔に分類されると聞きました」
「確かに分類上はそうだ。だが、彼の事情は俺たちが追っている悪魔とは違う。
地獄界にも管理階級があってな……
分かりやすく言えば、彼の血筋は“地獄界の警察官”が人間界に残した子だ」
「俺たち聖人とは系統が違うが、似た役割で人間界を守っている。
そもそも、悪魔のハーフかどうかは、
《《血筋じゃない。本人が何をしたか、それがすべてだ》》」
陽太は静かにうなずく。
「《《血筋に関係なく、力の使い方が問われる》》んですね……
詳しく聞くと、すごく興味深いです」
その時、陽菜が近づいてきて、二人の会話を遮った。
話の途中から聞いていたらしく、理解できないわけではないが、
興味と疑問が入り混じった表情で身を乗り出す。
「なんだか……お二人、難しい話をしてますね?」
「ああ、仕事の話だよ。日野さん」
「私も聞いてみたいな」
「ごめん。ヤングエイジェントの案件は、一般人には話せない。
それに、命が関わる内容だからね」
空気を察した陽菜は、軽くうなずき、自然に話題を切り替える。
「そうですか。じゃあ、次はお兄ちゃんの番ですよ」
「もうそんな時間か……凱斗先輩の話に夢中になってた」
半分残ったハンバーガーを包み紙に置き、
陽太はウェットティッシュで口元と手を拭いてから席を立つ。
自分の十六ポンドのボールを探そうとした、その時、
ポケットのMPデバイスが着信音を鳴らした。
画面に映る名前を見た瞬間、胸がざわつく。
『瑤妤お姉さん』
陽太はすぐに通話を取った。
「瑤妤お姉さん……レナタが現れましたね?」
<ええ。渋谷エリアの屯駐拠点に接近中。
今のところ、姫路さんが出動しているわ>
――沖田さんたちも、もう交戦を始めたか。
「そうですか。
今、ナイド・ガディアンズの綾瀬先輩と近衛先輩と一緒にいます」
<分かった。君のスーツはすでに完成している。
こちらも後から出動し、現場で合流する>
「了解しました」
通信を切ると、話の流れを察した真夢が凱斗を見て言う。
「……綾瀬くん」
「ついに来たか」
「凱斗先輩、近衛先輩……行きましょう」
「お兄ちゃん、私も行きたい」
陽太は少しだけ考え、首を振った。
「陽菜、前の約束を少し変えよう。
今は一刻も早く観測ポイントに向かわないと」
「ごめんね、日野さん。ボウリング代は後で必ず返すから」
元々の約束では、レナタが都心に現れた場合、
兄妹で観測ポイントへ移動し、陽菜はそこからシェルターへ避難することになっていた。
異能を持たない自分への歯がゆさを胸に抱きながらも、
陽菜は心配をかけまいと笑顔で答える。
「……分かった。お兄ちゃんの言う通り、ボウリング代を払ってから追いかけるね。
観測ポイントの場所は分かってるし」
「うん。でも、途中でレナタを見かけたら、無理せず、すぐ避難して」
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい。
ドラファイオン戦法で、あの怪物を消し炭にしてきて」
「うん。戦法通り、行ってくる」
しばらく兄妹で言葉を交わしたあと、
陽菜を残し、陽太たちはボウリング場を後にした。
場内のテレビでは、
ネオ東京がシャドマイラに襲撃されている緊急ニュースが流れている。
画面の中では、巨人へと変貌した万璃愛が、火煙が広がる街へと降り立つ瞬間が映し出されていた。




