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第158話 レナタ・再来 ①

時刻は15:32分。

渋谷拠点・司令部。


 司令部中央には、広く長方形の会議卓が据えられ、左右と背後には複数の事務椅子が並んでいる。空席が目立つ中、席に着いているのは堀田部長をはじめ、三名の隊長、特務隊の情報管理担当、そして作戦指示などの内勤を担う男女四名だった。


 部長席の手前には、湯気の立たない鉄製のマイカップが置かれている。

 パワースーツを着込んだ堀田は、背を強張らせるように前屈みになり、両腕を会議卓へ突き、焦燥を帯びた猛虎のような眼差しで卓上に投影されたネオ東京の立体情報図を睨みつけていた。


「《レナタ》は、まだ現れていないのか?

 低周波レーダーの状況はどうなっている?」


 情報管理担当の女性隊員が即座に応じる。


「部長、こちらをご覧ください。現時点の低周波レーダーマップです。

 東京西部から南部にかけて広範囲が紺色に染まり、複数のポイントが黒化しています。《レナタ》出現の条件は、すでに満たされています」


「……だが、影すら見えない。どうなっている?」


(まさか、あの異形の女たちが言った通り、品川島に――?)


 堀田の鋭い視線は、品川島エリアに突き刺さる。

 レーダー表示を切り替えると、渋谷エリアが紫から濃紺へ沈む一方、品川島周辺は橙と赤が混じり、ところどころに青い雲状の反応が浮かぶのみ。

 とても、シャドマイラが出現する兆候には見えなかった。


 堀田は内心で舌打ちする。

 剣崎部長と綾瀬戦略長が、ルペライトと糸世の助言を採用し、特務隊を最小限の精鋭配置に絞った判断、それがどうしても気に入らなかった。


(《レナタ》は、必ず品川島のスタジアムを狙う……俺は、そう知っている)


 だが、その確信を部下に明かすことはできない。

 《レナタ》討伐の主軸を担うのは、

 異能歴わずか二か月未満のヤングエイジェント。

 しかも、足立エリアで撃ち漏らしを出したばかりの少年だ。


 堀田には、異能者を嫌っているわけではない。

 しかし今回の作戦は、異能者ばかりが重用され、特務隊の見せ場はほとんどない。

 功績は彼らが持ち去り、失敗すれば責任だけが特務隊と対策本部に降りかかる。


 ――それが、堀田の腹を最も苛立たせていた。


 責任は背負わされ、誉れは奪われる。

 長官として抑え込んできた妬みは、嵐に荒れる海のように胸中でうねっていた。



 同時刻、拠点内カフェレストラン。


 沖田純一と赤星瑠衣は、軽食を前に《レナタ》に関する情報を交換していた。


「しかし、沖田先輩は対策本部の会議にも出ていましたよね?

 本部では、具体的にどんな方針が決まったんですか?」


「予知能力者と、動物の心を読む経験者の情報を総合すると、今回の作戦は異能者主導が最もリスクが低い。今のところ、作戦は順調だ」


 左手の甲を右腕肘を支え、手を首に当てる瑠衣が言う。


「やはり、もう手は打たれていたんですね」


「決戦地点は、品川島だ」


「えっ……?」


 瑠衣は一瞬、言葉を失った。

 静かに考え込み、剣崎部長の戦術と、最近続いた検討会議の空気を思い返す。


「だから配置を精鋭化した……なるほど。

 それで堀田部長が、ここ数日ずっと不機嫌だったわけですね。

 特務隊としてのプライドもありますから、簡単に引き下がれないのも分かります」


 瑠衣は続ける。


「ただ……UCBD内部のシャドマイラ・データベースを読みましたが、

 《嫉妬》を糧に人を襲う、と書かれていても、範囲が広すぎます。

 本部は、もう具体的なターゲットを掴んでいるんですか?」


「アイドル絡みだ」


 その一言で、瑠衣の思考が一気に繋がった。

 品川島。スタジアム。妹のデビューコンサート。


「……まさか……!?」


「その通りだ。

 今はまだ姿を現していないが、君の妹、実瀬が狙われる可能性は高い」


「……実瀬……」


「だが、対策の布石はすでに打たれている。

 対策本部の判断を信じていい。

 それに、フェアリーズプロは普通のアイドルじゃない――」


 その言葉に、瑠衣が楽観に答えた途端、


 ドンッ!!


 地の底から突き上げるような衝撃が、拠点を揺るがした。



 日差しの差す高層ビル群の向こう。

 雲の影を引き裂くように、山のような巨躯が立ち上がる。


 ドシン――!!


 タワーの主柱しゅちゅうと見紛うほど太い二本脚。

 三つに分かれた鋭利な鳥脚が一歩踏み出すだけで、五階建ての家屋がシフォンケーキのように潰れた。

 衝撃波が走り、再び激震が広がる。


 背には、檜神木を思わせる太いワーム状の首が百本。

 イソギンチャクのように蠢き、薙ぎ払われた高層ビル群が、腹から折れて次々と崩壊していく。


 首脳である首が大きく伸び、嘴を開いた。

 大鷲の威嚇にも似た、耳を裂く咆哮が街に響き渡る。


キィイイ、キーャウゥゥゥゥ!!――――


 獲物を定めた《レナタ》は、屯駐拠点へ向けて再び脚を踏み出した。



 司令部では、激震により、磁力で固定されていたはずのカップから茶が跳ね上がる。


 揺れが収まるや否や、腰を席からを外せる堀田は雷鳴のような声で怒鳴った。


「何が起きた!?」


「シャドマイラ反応、発生!

 この反応……間違いありません、《レナタ》です!!」


 立体図に、小島ほどの巨大な赤色ポイントが点灯する。


「場所は!?」


 情報管理員が、震える声で報告した。


「……渋谷エリアです。至近距離……こちらへ向かっています……!」


「何だと!?」


 だが、堀田の胸に湧いたのは恐怖ではなかった。

 武者震いに似た、歓喜だ。


「来たか……!誉れを挙げる機会を、俺たちに与えたな、レナタ!」


 堀田は立ち上がり、声を張り上げる。


「直ちに干渉波発生装置を撃って!

 奴の脚を止めろ!

 全隊、出動だ!一気に討伐せよ!!」


「了解!」


 司令部に鋭いアラームが鳴り響く。


(感謝するぞ、レナタ。今回の実績を掴むのは、こちらだ。覚悟しろ、剣崎)


 堀田の瞳は、赤く燃え上がっていた。

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