第156話 特務隊の影 ①
午後三時を少し回った頃。
渋谷エリアに広がる大きな公園には、臨時に設営された屯駐拠点が構えられていた。
隣接するマシン駐機スペースには、重装特務隊が運用する輸送マシンが十六機並び、
さらに周囲にはミサイル搭載型の武装マシンが十機、警戒網を張るように配置されている。
各機体のアンカーは地面へ深く打ち込まれ、いつでも即応射撃に移れる態勢だ。
拠点内には、深藍色の屋根を持つ宿営ユニット、臨時カフェレストラン、情報司令部などが並ぶ。
いずれも浮遊バスほどの全長を持つマシンを変形させたもので、横一列に組み合わされ、即席ながらも機能的な基地を形成していた。
その情報司令部の自動扉が開き、一人の女性が歩み出る。
赤星瑠衣――重装特務隊491部隊・現隊長。
紫を基調とした特殊武装スーツに身を包み、上腕部には〈491A01〉の部隊番号が淡く発光している。
鎖骨の下に刻まれた三本のラインは、彼女が直近で複数の重大事案を解決してきた証だ。
体調管理、部隊統率、戦果、そのすべてが高く評価され、
二か月前、副隊長から隊長へ昇進。同時に所属小隊も移籍したばかりだった。
瑠衣は曇った表情で小さく息を吐き、カフェレストランへと足を向ける。
現場戦術会議が続き、まだ食事を取れていなかった。
歩きながら、手にしたディバイスを確認する。
未読メッセージが一件――妹、実瀬からだった。
実瀬:
連日の屯駐警備お疲れさま。
お姉ちゃんは、いつも私の誇りだよ。
忙しいのは分かってるけど、ちゃんと食事も忘れないでね。
どうか無理しないで。
過去のやり取りを遡ると、会話は途切れがちだ。
瑠衣の返信は数時間後、あるいは一日の終わり。
それでも実瀬は、デビューを控えた忙しい日々の中、
毎日欠かさず気遣いの言葉を送ってきていた。
画面を見つめるうち、瑠衣の表情がふっと緩む。
張りつめていた神経が、一瞬ほどけたようだった。
「……今頃、デビューコンサートの準備で大忙しだろうね」
ディバイスを閉じると、宙に映った待ち受け画面が切り替わる。
そこには、高校の卒業式の日に撮られた一枚の写真。
卒業証書を手にした瑠衣の隣で、小学三年生だった実瀬が満面の笑みで寄り添っている。
――あんなに小さかったのに。
曇り空の合間から差す淡い光を見上げ、瑠衣は胸の奥で呟く。
(夢を叶えてるんだね、実瀬。
しかも、あのフェアリーズプロの一員として……本当に、立派になった)
指を動かし、短い返信を打つ。
瑠衣:
ありがとう。
アイドルの道は長いけど、私はいつでも応援してる。
頑張って、実瀬。
送信を終え、瑠衣はディバイスを収める。
姉妹の年齢差は大きく、瑠衣にとって実瀬は、
妹であり、時に娘のようでもあった。
カフェレストランへ向かう途中、マシンから降りる階段を上がる。
食堂スペースの巡回中、
マンバンヘアに学ラン姿、左腰に刀を佩いた武田覚が静かに通り過ぎた。
テーブルを見回し、空席を探していると、
「隊長! こちら、空いてます!」
声をかけてきたのは、馴染みの部下たちだ。
瑠衣はそちらへ歩み寄る。
「お疲れさまです、赤星隊長」
敬礼混じりの挨拶を返す二人に、瑠衣は軽く目を細める。
「君たち、休憩中か。Cチーム02、04」
茶色の瞳に、やや赤みを帯びたツーブロックの髪。
彫りの深いベース顔は、欧米系の血を思わせる精悍な印象を与える。
識別番号〈491B02〉――上田豊久
落ち着いた物腰と理知的な眼差しを持ち、部隊内では冷静な判断役として信頼されている隊員だ。
その隣に座るのは、無造作なベリーショートに丸みのある顔立ちの男。
識別番号〈491B04〉、久保重錬。
親しみやすい雰囲気とは裏腹に、戦場では大胆かつ鋭い判断力を発揮するタイプで、軽口の奥に、強い胆力と覚悟を秘めている。
特務隊では名より番号で呼ぶのが慣例だ。
戦場での指示伝達を最優先する、古くからの伝統。
二人とも年齢も出自も異なるが、
問われるのはただ一つ、実績と技量。
ジャスティスキーパー時代から活躍し、
怪人・怪物との実戦経験も豊富。
入隊五年で数々の任務を成し遂げ、
瑠衣はいつしか『特務隊の無双宝刀・赤星』と呼ばれる存在になっていた。
「いえ、警備ローテーションの合間です。今は一時休憩を」
豊久が落ち着いた声で答える。
「そうか。休むのは構わないが、気は抜くな。
相手はシャドマイラだ。いつ仕掛けてくるか分からない」
「承知してますよ」
重錬が歯を見せて笑う。
「それより、長い戦術会議続きの隊長の方が、よほど疲れてるんじゃないですか?」
部隊内でも人気の高い瑠衣の小隊。
堅苦しい上下関係より、同志に近い距離感が、
彼女にとっても束の間の癒やしだった。
弱音は吐けないが、疲れているのは事実だ。
豊久が察して言う。
「隊長、まだ食事を取ってませんよね。席は確保しておきます。注文、どうぞ」
「……ありがとう」
瑠衣は頷き、カウンターへ向かう。
ハンバーグ定食とサンドイッチを頼み、
料理が出来るまで、カウンター前で一人静かに立つ。
脳裏に浮かぶのは、先ほど、複数の小隊長と共に出席した対策会議。
堀田弘武部長からの厳しい指摘。
隊長になるのが、早すぎたのではないか。
小さく溜め息をついた、その時。
「お疲れさま、赤星さん」
声をかけられ、瑠衣は顔を上げる。
「沖田先輩……お疲れさまです」
深紫の着物風コートを羽織り、
中には黒に金の紋様が走る特製ボディスーツ。
手にはプラスチックカップ。
「席、空いてますけど? どうして立ってるんですか」
「疲れた隊員に譲ろうと思ってね。それに、ここなら情報画面も見られる」
「相変わらずですね」
瑠衣は、少し笑って言う。
「今回の任務も、参戦されるんですね」
「都市壊滅級のシャドマイラだ。君も分かってるだろ?」
軽い口調だが、目は真剣だ。
「それに、赤星さんも武蔵郡からネオ東京に調達してきたではないか。今度こそ、本気の討伐だな」
「はい、先輩とまた共闘できるなんて、光栄です」
「いや、今は君の時代だろ。昇進、おめでとう。立派なエイジェントだ」
瑠衣は一瞬、学生時代に戻ったような気分になり、
少しだけ肩の力を抜いた。
「まだ、実感はないですけど……今回の任務は神雷さんがいるなら、心強いです」
「特務隊こそ、社会公安の大黒柱だよ」
瑠衣は微笑んで言う。
「大英雄のくせに、相変わらず謙遜ですね」
「今は、子どもの世話役だから」
「それも、大事な仕事ですよ」
二人は自然体で言葉を交わす。
「……ところで」
純一がふと真顔になる。
「さっきから、少し顔が暗い。何かあったか?」
瑠衣は苦笑いを浮かべた。
「作戦会議が、情報不足で……結局、検討会議みたいになってしまって」
「堀田部長も、相当ストレスが溜まってるんだろうな」
「……士気が下がらなければいいんですが」




