第155話 緊急プレイ会議
雫玖が席を立った直後、華恋が慌てた様子でパウダールームへ飛び込んできた。
「雫玖さん! チーフが呼んでる!」
華恋の言葉に、雫玖は眉を寄せた。
「……まさか、緊急プレイの知らせ?行きましょう、華恋さん」
「うん!」
二人はパウダールームを後にし、別の会議室へ入った。
中には神木綾香、五十嵐歌波、そして織田林檎、鬼塚雷葉。さらに各チームの
マネージャーたちも同席していた。
会議卓の中央席には、五十代に差しかかるスーツ姿の男が座っている。
襟の広い洒落たタキシード風スーツに鮮やかなネクタイ。ベース型の輪郭に、癖毛風のオールラウンドショート。ヴァンダイクスタイルの髭が、端正な顔立ちを引き締めていた。
目つきには堅毅さと学識が宿り、場の空気を自然と締める。
相賀賢紳、フェアリーズプロダクション総合プロデューサー、フェアリーズの中には通称「チーフ」だ。
「チーフ……緊急プレイ、本当に行うんですか?」
雫玖の問いに、賢紳は落ち着いた低い声で返した。
「ああ。まず座ってくれ、四葉さん」
「はい」
雫玖と華恋は空き席を見つけて腰を下ろす。最後に入ってきたフェアリーが、気を引き締めるようにドアを静かに閉めた。
「今回の緊急プレイ、ピックアップメンバーは揃ったな」
「はい。全員、集まりました」
「では始めよう。手短に説明する」
フェアリー七人の視線が、一斉に賢紳へ集まった。
「招集理由は、一部はすでに知っているだろう。二日前、UCBDから正式な緊急通知が入った。この数日、東京を含む世界各地を襲ったシャドマイラが、本日コンサート会場を狙う可能性が高い」
事情を聞きながらも、綾香と歌波は平静を保ち、静かに頷く。
雷葉は武道家らしく腕を組み、黙って耳を傾けていた。
林檎は堂々とした笑みを浮かべ、鋭い眼差しでプロデューサーを見据える。
雫玖は胸の奥がざわついた。正夢が来る。そんな気配が濃い。
予知夢を見た松坂水天も、難しい顔で小さく呟く。
「ホンマに来とんか……レナタ」
初めて“緊急プレイ”に呼ばれた華恋は、息を呑んだまま言葉を失っている。
「だからこそ、本日の緊急プレイとして君たちをここへ集めた。
仮にコンサート中に襲撃が発生した場合、タイミングを問わず途中からステージに上がってもらう。選曲は決めてある。フェアリーズプロ初期イメージソング――
『フェアリーズの花』だ。UCBDの対応が来る前に場を抑え、ステージを守る。そこを任せたい」
フェアリーズプロが危機に直面するのは、これが初めてではない。
対応経験のあるフェアリーズは、素直に頷いた。
外部の機関や協力者を頼れるとはいえ、何より守りたいのは、自分たちのステージと、愛してくれるファンたちだ。コンサートを成功させるために、恐れに飲まれるわけにはいかない。
「報告は以上だ。質問があれば、遠慮なく」
歌波が手を挙げる。
「チーフ。前例があるのは分かります。でも今日は、緊急プレイ用の衣装を手配していませんよね?」
「ネタバレになるが君たちは各チームの今回コンセプト衣装で立てる。アンコールとしても成立する」
「了解です。状況に応じて最適に動きます」
次に林檎が手を挙げ、気合を込めて問いかける。
「チーフ。私の異能は刀がないと使えません。でも今回のコンセプト衣装は洋風ドレスです。腰に太刀を差すのは、さすがに違和感が――」
ミディアムボブの右鬢で、自毛の三つ編みを根元クリップで留めた髪が揺れる。
ディルネの織田林檎の目は武士の血筋が譲れたかように、強いオーラを宿して賢紳を射抜いていた。
賢紳は少し考え、あっさりと言う。
「刀は別の台に載せ、エレベーターでステージに上げればいい」
雫玖が柔らかく笑う。
「舞台劇みたいに動けそうですね」
林檎は、その展開が気に入ったように鋭く笑った、小芝居するように言う。
「芝居ですか。途中で刀を取り、抜刀しますか……。妾の第七天『梵天王』のイメージに相応しいですわ」
次に、華恋が戸惑いながら手を挙げる。
「……質問、してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、クリフォードさん」
いつもの天真爛漫さが薄い。華恋は、苦しそうに言う。
「私、コンサートの緊急プレイに呼ばれるのは初めてです。戦闘経験なら、私より他の姉妹が……。どうして私が選ばれたんですか?」
綾香が代わりに答える。
「あなたの《バタフライフラッシュ》なら、大型シャドマイラの進撃を止められる可能性がある」
松坂水天は今回のコンサートステージの衣装を既に着替えた。
銀のファルコンのピンを付けた黒のキャスケット帽子を被ると裾が短い銀のジャケット、中身は黒の裾短いTシャツが覗き、それとジャケートセットしたズボンを着て、へそを見せる格好彼女は言う。
「今回の相手、デッカいアホ鳥やろ?真ちゃんと妙ちゃんたちの異能は相性悪いしな」
華恋は水天へ一度視線を向け、それから綾香へ戻す。
「私がアタッカー……?」
「いえ。むしろディフェンダー」
華恋の不安を察し、雫玖が落ち着いた声で励ました。
「華恋さんは、何度も怪人を撃退してきたでしょう。自信を持って。
それに、私の防御魔法と、歌波の超音波壁もある」
綾香も続ける。
「いつもの合同プレイと同じよ。ステージに立つ私たちは、ステージを守る」
華恋は左右の姉妹たちを見て、勇気を絞る。
「……分かりました。全力でやります」
左右の鬢毛は短くに切って、長い髪ローポニーテール二つを纏める雷葉は、
何でレナタがこちらに襲われた訳を気になるそうに呟く。
「しかし、どうして私たちのステージを狙うんだ?この会場に、あのバカ鳥が好む“餌”がいるのか?」
雫玖は答えない静かに視線を雷葉に移す。真相がフェアリー側にあるとみんなに分かれば、コンサートそのものが破綻しかねないだからだ。
対応経験のある綾香が慎重に言う。
「雷葉さん。理由はどうであれ、まず止める。それがフェアリーズのやり方でしょう」
水天が前向きに笑う。
「なんしか、ぶったおせばええんやろ。らいちゃん」
ここで賢紳が問いを受ける。
「チーフ。もし開幕前に襲撃が来た場合、対応は?」
賢紳は迷いなく答えた。
「その想定もしている。入場待ちのファンを誘導する“歓迎役”は、編成を変更する。
エアーリアルズの『イレアナ』、『グリーナ』を『ローレライ』、『アエス』に切り替える」
歌波が雫玖を見て言う。
「私と雫玖ちゃん、ですね」
「君たちの異能は最強の防御結界だ。このスタジアムは最適な避難場所でもある。来場者や近隣の人々を会場へ誘導し、保護・確保を優先してくれ」
二人は同調するように頷く。
「かしこまりました」
全体像がまだ掴めていない雷葉が続けて問う。
「それで、具体的な戦術ポジション配置は?」
綾香が隊長役のように、冷静に言いかける。
「それは、もし会場に攻めてきたら、私と雷葉は侵攻を抑え担当、そして……」
スタジアムのスチール梁に腰掛けたまま、目を閉じてでも、フェアリーズプロの
対応会議の様子は、まるでその場にいるかのように手に取るように見える。
「さすが相賀監督、これなら、コンサート側の配置はひとまず安心ね」
小さく笑ってみせたものの、その表情は長くは続かなかった。
雲に覆われた日差しのように、笑みはすぐ薄れ、眉間に重い影が落ちる。
「でも……フェアリーズプロより、いちばん心配なのは、
UCBDの隊員たちのほう、か……」




